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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第四章:存在の証明

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144:裏切者が潜む船内

 意識が覚醒していく。

 チカチカとする視界。掌で目の前を隠しながら、俺は薄く目を開けた。

 ゆらゆらと揺れる電球の下で、硬いベッドの上で寝ている。

 湿っぽい臭いの空間で目が覚めて、視線を横へと向けた。

 灰色の空間で、誰かが椅子に座っている。

 ゆっくりと体を起き上がらせて視線を向ければ、彼女は気が付いたように視線を向けてきた。

 その手には黒光りするナイフが握られている。

 変装は解かれていて、何時もの濁った瞳をしたサイトウさんが座っていた。


 下に視線を向ければ、余分な肉をつけた腹が無い。

 顔をペタペタと触れば、顔につけた肉も取られていた。


「……此処は」

「船の中」

「……アサギリ先生は?」

「飛行船の中。私たちは正体がバレた可能性があるから別ルートで帰る」

「……見て、いたんですか」

「ん」


 全てを思い出した。

 ショーコさんと会って話をして。

 その帰る途中で彼女の身に危険が迫っていると知り。

 その危険を知らせようとしたところで、彼女は背後から近寄って俺の意識を刈り取った。


 船の中であるのなら、此処は海上か。

 どれくらい意識を断っていたのかは分からない。

 しかし、彼女が独断で行動したとは考えにくい。

 恐らくは天子より俺の監視を命じられていたのか。

 別ルートで帰る事を考えて、予め船を用意していたのならそう考えるだろう。


 U・Mの人間と接触していないのであれば、帝都から出てから別の港で船に乗り込んだのか。

 入国するよりも出国する方が簡単で。

 一度入り込めたのなら、出るのも容易いだろう。

 記録には残っているだろうが、どうせ俺たちは身分を偽っている。

 敵に情報が洩れる事は無く、ゴースト・ラインからの追手の心配もない。


 俺は頭を押さえながら、サイトウさんに質問した。

  

「……俺はどれくれい眠っていたんですか?」

「十五時間十三分三十五秒」

「……睡眠薬を使ったんですか?」

「うん。勝手な行動をして欲しくなかったから」

「……俺が裏切ると?」


 俺が試すような口ぶりで言えば、彼女は手を止めた。

 ナイフを研ぐのを止めて、ジッと俺を見て来る。

 濁り切った瞳からは何の感情も感じられない。

 言葉を発することも無く、彼女はただ俺を見つめてきた。

 俺の頬を汗が伝う。言葉を間違えれば、彼女は俺を平気で殺す。

 幾ら気に入られていようとも、彼女は邪魔になる存在を許さない。

 今まで一緒に過ごして忘れかけていたが、彼女は告死天使と長くいた。

 それはつまり、俺や他の人間以上に多くの人間を殺してきたと言う事で。

 拷問の方法を知っていたのも、それを使って敵を尋問していたからだ。


 俺はごくりと喉を鳴らす。

 すると、サイトウさんは口を動かした。


「裏切るの?」

「……裏切りません……いや、天子側についているので、裏切ってはいますけど」

「ならいい」


 彼女は俺から目を逸らして、再びナイフを研ぎ始めた。

 俺は心の中で安堵しながら、ベッドから起き上がって――


「――裏切ったら殺す」

「…………分かりました」


 ぼそりと呟かれた警告に身震いする。

 俺は端末を取り出して……メール?


 大陸から離れて海の上を進んでいる。

 この船が電波を受信できるのかは分からないが。

 見れば、新しいメールが一件表示されていた。

 

 この端末はあの少女から渡された特別製で。

 他の人間からのメールは受信されないように設定されている筈だ。

 悪意ある人間からのメールならば、尚の事、これに受信される事は無い。

 この端末にメールを飛ばせるのは、告死天使を含むメンバーと天子やミネルバ。

 後は開発主任であるクロウ・ハシマくらいだろう。

 俺は怪しみつつも、誰のメールなのか確認した。

 すると、宛先人は不明で……件名すら書かれていない。


 未登録のアドレスであり、警戒心が強くなる。

 添付されているコードには触れないのが賢明で、ゼロ・ツーなら解析出来る……いや、アイツは敵か。


 告死天使を裏切っている今、ゼロ・ツーも敵で。

 奴を頼るのは危険で……いや、そもそも奴とは連絡がつかない。


 氷結地帯を調査しているのであれば、暫くは連絡が出来ないだろう。

 するつもりはないが、出来たとしても奴には解析を依頼できない。

 ならば、己の力で解決するのが手っ取り早い。

 が、俺にはそんなスキルは無い。

 だからこそ、帰ったら東源国の技術者を頼る事にした。


 そうして、コードに触れる事も無く端末を仕舞おうとして――違和感が発生した。


 体の動きがスローモーションになっていく。

 周りの人間の動きもゆっくりとなっていって。

 音が聞こえなくなっていき、やがて世界が静止したかのように全てが止まった。


 意識はハッキリとしている。

 しかし、周りの時間だけが止まっていた。

 これは何か、敵の攻撃を受けているのか。

 そんな事を考えていれば、何も無い空間から何かが現れる。

 足元から形を形成していって、やがて人の形になったそれは――ファーストだった。


 笑みを浮かべながら、奴はジッと俺を見つめる。

 俺は警戒心を強めながら、何をしたのかと考えていた。


「いやはや、コードには触れないか。まぁそうだろうとは思った。まぁそれは別にいい……さて、手短に話そうか」


 ファーストはパンと手を叩く。

 すると、何も無い空間に一つの椅子が現れた。

 奴はそこに座ってから、俺に話しかけて来る。


「本当はもっと君と話がしたかった。しかし、君は警戒心が強い。これから私が何度会おうとも、君は逃げていくだろうね。だからこそ、私は考えた。まどろっこしい事が嫌いな君の為に、私は何をすればいいか……こうすれば良かったんだ」


 ファーストは指を鳴らす。

 すると、俺の視線の先に数字が表れる。

 数字が示しているのは恐らく時間であり、きっかり一時間であると分かった。

 ファーストは笑みを浮かべながら、ゆっくりと俺に近づく。


「君に選択肢を上げよう。一時間以内に決めなさい。私の元へ来るか。私の誘いを断わるか……もしも断ったり、時間内に選択できなければ」


 奴は俺の肩を掴む。

 全くと言っていいほど感触が伝わらない。

 恐らくは立体映像であり、奴は俺の耳元に顔を寄せる。

 そうして、恐ろしいほどに冷たい声で囁いてきた。



 

「――君の大切な友人が大勢死ぬ」

「――ッ!!?」




 囁かれた言葉によって心が急激に冷える。

 友人が大勢死ぬ。それはつまり、奴の射程内に仲間が入っているということで。

 一体どうやって、仲間を殺そうというのか。


 問いを投げようにも体の自由は聞かない。

 奴は一方的に説明をして、俺から離れていく。

 冷たい手で心臓を握られたかのように、全身が震えそうになる。

 そんな俺の状態を見透かしているのか奴はくつくつと笑う。


「怯えろ。存分に震えるといい。恐怖を感じているのは生きている証拠だ……君の選択を楽しみに待っている。心の準備が出来たら、メールを開いてくれ。それでは、失礼するよ。マサムネ君」


 奴はそれだけ言い残して姿を消した。

 すると、時間は再び動き出す。

 端末を仕舞おうとした俺は呼吸を大きく乱す。

 そうして、その場に膝をつきながら、片手で顔を覆った。


 行き成りの変化に、サイトウさんは俺を見る。


「……どうしたの?」

「……ファーストが。ゴースト・ラインの幹部が、今、俺に接触してきました」

「……何をされたの」

「何も……奴は俺に選択を迫ってきました。自らの元に来い。断れば、大勢の仲間が死ぬと……ショーコさんたちが危険だ」


 俺は震える足を動かして立ち上がる。

 そうして、ショーコさんたちがいる港へ戻ろうとした。

 すると、一瞬で立ち上がったサイトウさんがナイフを俺の首に当てる。

 冷たい目で俺を見ながら「何処に行く」と問いかけて来る。

 俺は目を鋭くさせながら、仲間に危険を知らせに行くと伝えた。


「……今から行っても間に合わない。この船には救命艇しか積んでいない」

「それでも、俺は、行動しなければいけない」

「……殺すって言ったよね」

「裏切るつもりはありません。でも、信じられないのなら――好きにすればいい」


 恐怖を感じていない訳ではない。

 彼女が俺を殺さない保障なんて全く無いのだ。

 それでも、俺は彼女を助けにいかなければならない。

 例え殺されようとも、俺は絶対にショーコさんやゴウリキマルさんを見捨てない。


 ジッと俺を瞳を見つめて来るサイトウさん。

 俺は臆することなく彼女の目を見つめる。

 こんな事をしている間にも、タイムリミットは刻一刻と迫っていた。

 流れる汗が頬を伝い。床にぽたりと落ちていく。

 彼女はゆっくりとナイフを下げてから、ポケットから何かを取り出した。


 暫く何かを考えていた彼女だが、やがて諦めたかのようにそれを渡してきた。


「……ポケットに入ってた……好きにすればいい」


 押し付けられた紙切れを受け取る。

 彼女はそれ以上何もいう事なく部屋を後にする。

 ばたりと閉じられた扉を見つめてから、ゆっくりとくしゃくしゃになった紙を広げる。

 そこには、緊急用の連絡先と書かれたコードが刻まれていた。


「服に入っていた……そうか、あの時に」


 森林公園でショーコさんと会った時。

 彼女は俺の腕を掴む時に、俺のズボンのポケットにこの紙を入れたのか。

 彼女はもしも俺が戻ってこなかった時の事を考えて……いや、今はどうでもいい。


 彼女の心情を考察するよりもやるべき事がある。

 俺はそのコードを入力して連絡を繋げようとする。

 メールが届いたのなら、電波は通っている。

 俺は繋がってくれと念じて――繋がった。


《……おじさん?》

「ショーコさん。落ち着いて聞いてくれ。今、君たちの身に危険が迫っている》

《え、どういう事? 何言って》

「冗談じゃないんだ……今、そこにオッコはいるか?」

《……いるよ》

「代わってくれ」

《……何か分からないけど……分かった!》


 彼女はオッコに代わってくれた。

 ガヤガヤと騒がしかったから食堂だと思った。

 だからこそ、オッコも近くにいると考えたが、当たりだったようだ。


《よぉ、マサムネちゃん。危険が迫っているんだって……詳しく話せよ》

「あぁ、そのつもりだ」


 俺は事情を理解してくれたオッコに心の中で感謝する。

 そうして、ファーストからのメッセージを伝えた。

 何が起きているのかも俺には分からない。

 大切な友人が死ぬと言う事は、恐らくはU・Mのメンバーの身が危ないと言う事で――そうか。


 何故、奴が帝都博物館を訪れていたのか。

 それは何も趣味で博物館に観覧しに来た訳ではない。

 U・Mの母艦が帝都の港に停泊しているという情報を聞きつけて。

 奴は母艦に何らかの細工を施したのか……いや、まだ分からない。


 偽装した船を見つけたとして、潜入できるのか。

 ファーストの体は大きく、あの威圧感からして潜入には向いていない。

 それとも、メリウスでの襲撃か。いや、そもそも帝都に未登録のメリウスを持ち込む事は出来ない。

 ならば、あの青年が潜入を……いや、違う。


 奴らが潜入した可能性は低い。

 メリウスでの襲撃も計画はしていないだろう。

 ならば、考えられる事は一つだけだ――裏切者の存在。


 バネッサ先生のメッセージに、追放された筈のスパイ。

 もしも、真の裏切者が追放を逃れていたら……ファーストはそいつに指令を与えた可能性がある。


 海に面した帝国の首都で、大型の船が来れば嫌でも情報が渡る。

 コンテナ船に偽装したとして、アレほどの大きさの船が一月に何隻入港するか。

 奴らはU・Mの船を特定した。それは事前に、スパイから連絡を受けていたからだ。


 俺は短い時間で考えを纏める。

 そうして、自分の考えを話そうとした。

 しかし、オッコの方から先に言葉を発した。


《マサムネちゃんの言いたいことは分かるぜ……この船に紛れ込んだスパイの事だろう?》

「……あぁ、幹部からの指令を受けて、スパイは何かをしようとしている」

《……はぁぁ、先延ばしにした罰かねぇ……実は、スパイの疑いがある人間は、何人か候補に挙がっているんだ》

「本当か? なら、早く」

《待て。よく考えろ。此処で間違った人間を指摘すればどうなるか……最悪、俺たちは死ぬ》

「……くそ、ならどうすれば……」

《……お前、本は読むか?》

「は? 何を言って」

《良いから答えろ》


 オッコは急かすように質問してくる。

 俺は戸惑いながらも、その質問に答えた。


「……読む」

《なら、お前の知識が役に立つかもしれねぇ》

「どういう事だ?」


 オッコの言葉に首を傾げる。

 すると、奴はにやりと笑って俺に説明する。


《バネッサ先生からのメッセージ。あれには意味がある。恐らくは、彼女が話した言葉の内容、それこそがスパイに関する情報に繋がっているんだろう……バネッサ先生はよく本を読んでいたらしい。難しい本から童話なんかも読んでいて。恐らくは、その本の中からメッセージの内容を考えた可能性がある……ただ、俺が調べても旧時代の書物は閲覧できなかった。今のリアルの制限されたネットの海には、旧時代に関する本の情報はほとんどねぇ……そこでだ。本を良く読んでいたお前なら、この世界に散らばった本の中で、バネッサ先生の話した内容に関する本を割り出せる筈だ》

「……時間はあまり無いぞ。一時間で見つけなければ、お前たちは」


 俺が心もとない発言をすれば、オッコはハッキリと言う。


 

《俺たちはお前に命を預ける。間違ってもいい。どうせ、俺たちじゃ分からねぇんだ……懸けてやるよ、マサムネ》

「……分かった。少し、待ってくれ」

《あぁ待つぜぇ。だが、なるべく早くで頼むぜ?》



 俺は端末を降ろしてスピーカー状態にする。

 そうして、顎に手を当てながら考えた。

 今まで読んだ本の中で、バネッサ先生の発言に関連した内容の本。


 思い出せ、思い出せ――絶対に見つけ出す。


 俺は頭をフル稼働させる。

 オッコたちのから預かった命。

 大切な仲間たちを救う為――俺は過去の記憶を探っていった。

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