表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第四章:存在の証明

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

144/302

143:振り払われた手

 手紙を受け取り中身を読んだ。

 そこにはただ一言だけ、帝都にある森林公園にて待つと書かれていた。

 俺はその内容を誰にも話すことなく、一人で公園に来た。

 時刻は午後五時を回っていて、閉園時間までは残り僅かだった。

 自動の券売機でチケットを購入してから、中へと入る。


 茜色に染まった空の下で、ゆっくりと歩を進める。

 人がいない森林公園の中には、色とりどりの花々が咲き誇っていた。

 甘い蜜の香りと上品な花の香りが混ざり合った落ち着く匂いだ。

 コツコツと石畳の上を歩きながらそんな花々を見ていれば、一人の女性が立っていた。

 

 綺麗な花々の前には誰かが立っている。

 背中を向けているが、誰なのかは一目で分かった。

 ピンク色の頭髪をサイドテールにして、三年前よりも少しだけ伸びた身長。

 女子高生は最強だと言った彼女も、今では立派な大人だ。

 俺が気配を消すことなく近づけば、彼女はゆっくりと振り返る。


 真っすぐで綺麗な青い瞳が俺を見つめる。

 彼女はにししと笑いながら、手を顔の横で開け閉めした。

 久しぶりに会う彼女の顔は少しだけ大人っぽくなっている。

 しかし、その綺麗な瞳は昔と変わらない。


 別人のような顔をした俺。

 でっぷりと太った腹を見ても彼女は顔色一つ変えない。

 その瞳には俺が映っていて、彼女は俺が誰であるかを認識していた。


 何故、どうして……疑問が出ても、それは口に出さなかった。


 俺は彼女と再び会えた事を喜んで。

 そんな疑問を解消する為に、彼女と会えた時間を使いたくないと思ってしまった。

 俺は薄く笑みを浮かべながら、彼女を見つめていた。

 

 俺は彼女――ショーコさんの前で足を止めた。


「……やっと会えたね。おじさん」

「……久しぶりだね」


 目を細めながら微笑む彼女。

 怒っている筈の彼女は笑っていて。

 今までの事が嘘であったかのように思えてしまう。


 三年もの間、俺は彼女たちの前から姿をくらましていた。

 碌な説明も無く、一方的に姿を消して。

 ゴウリキマルさんもショーコさんも怒っている筈だ。

 しかし、久しぶりだと言った俺に彼女は怒る事は無く。

 静かに頷きながら、思い出話を始めた。


 俺がいなくなってから色々な場所を巡って。

 ゴウリキマルさんと共に沢山経験を積んだと。

 あれから始まった治安部隊とテロリストの紛争。

 様々な人間と出会っては別れ、彼女たちは多くの悲劇を見てきた。

 俺という存在を探し続けて、危険な目にも遭ったと言う。

 俺が眉を顰めれば、彼女はゴウリキマルさんは無事だと言った。

 彼女を守り続けて、多くの傭兵とも戦って……彼女は目を細める。


「……何処に行ってもおじさんはいない。いたとしても、立ち去った後……女二人で一人の人間を探すのは、思っていたよりも大変だったよ」


 風が吹いて、彼女は髪を抑える。

 彼女の綺麗な髪がさらさらと凪いで。

 俺は謝罪すら口に出来ず。ただ黙って彼女を見つめていた。

 

 自分たちの力の無さを痛感して、彼女はU・Mに再びコンタクトを取った。

 今はU・Mの母艦に戻ってきて、仲間たちと共に動いていると言う。

 立ち寄った場所で情報を収集したり、そこから独立して行動したりしていたりと。

 オッコやトロイやレノアとも色々な場所へと行ったと語る。

 ゴースト・ラインの情報を集めながら、俺を探して。

 あと一歩のところで、俺の姿は霞のように消えていく。

 寂しかった、辛かった、泣いたこともある。

 でも、一番辛かったのはゴウリキマルさんと俺だと彼女は言う。


「……リッキーは凄いよ。最初はしょげてたのに、今じゃ誰よりも頑張ってる……おじさんも、頑張ってたんだよね」

「……俺は、何もしていないよ」

「嘘。おじさんは頑張ってた……たった一人でゴースト・ラインと戦っていた。今も、何かをしているんでしょ?」

「……」


 彼女の質問に俺は何も答える事が出来なかった。

 そんな俺を見て、彼女は悲しそうな目をした。


「まだ信じられない?」

「……信じているよ」

「……うん、知ってる……はぁ、私って嫌な女だなぁ」


 彼女は大きくため息を零しながら、悲しげな笑みで地面を見つめていた。

 その言葉の意味は何か。

 彼女の事を嫌な奴だと思った事は一度も無い。

 彼女は誰よりも真っすぐで、誰よりも正直で優しい女性だ。


 俺が彼女の事をジッと見つめていると。

 彼女は笑みを消して真剣な顔を作る。

 一歩ずつ前に進んで、俺のすぐ目の前に立つ

 そうして、手を差し出しながらしっかりとした言葉で俺を説得してきた。


 

「一緒に帰ろう。おじさんの居場所はそこじゃないよ」


 

 一緒に帰ろうとまた言われた。

 その言葉を聞く度に心が動かされる。

 戻る場所がまだあると聞かされて、迷いが生まれるのだ。

 もう戻らないと決めたのに、もう巻き込まないと決めたのに……俺は彼女の手を振り払う。


 彼女は小さく口を開けながら固まっていた。

 そんな彼女の表情に眉を顰めながら、俺は背を向ける。


「……久しぶり会えて嬉しかったよ……でも、もう俺の事は忘れてくれ」

「何で、何で頑なに突き放すの? そんなに私たちは……頼りない?」


 悲し気な声で彼女は聞いてくる。

 俺はギュッと拳を握りながら、静かに言葉を発した。


「……頼りないよ。足手まといだ」

「――っ」


 言いたくなかった。

 彼女を傷つけるつもりなんて無かった。

 しかし、俺の口からは拒絶の言葉が出る。

 彼女を巻き込まない為、彼女を遠ざける為に、言いたくない言葉を吐き捨てた。


 足を動かして去ろうとする。

 すると、彼女は足を動かして――手を握られる。


「行っちゃ駄目! それ以上、一人で進まないで! 行きたいなら、あーしも連れて行って!」


 子供のように彼女は駄々を捏ねる。

 強く手を握られて、彼女の温もりを掌から感じる。

 ゆっくりと視線を手に向ければ、彼女の手は小さく震えていた。

 これ以上、拒絶されるのが怖いのか。これ以上、自分の知らない所で危ない事をしないで欲しいのか。

 恐らくは、二つとも正解で……俺はゆっくりと彼女の手に触れた。


「……ごめん」


 彼女の拘束を解いて、彼女の体を振り払う。

 彼女は短い悲鳴を上げて尻もちをつく。

 背後から彼女が俺を呼び止める声が聞こえる。

 必死になって手を伸ばしているのか……でも、俺は振り返らない。


「待ってるからッ! 船はまだ此処に停泊しているからッ!!!」

「……っ」


 彼女の叫びに近い声を無視する。

 奥歯を噛みしめながら、俺は足を動かす。

 決して振り返ることなく、俺は森林公園を後にした。




 足早にホテルへと向かう。

 追って来る気配は無い。

 彼女の事だから、またホテルに来る可能性もある。

 俺は端末を取り出してサイトウさんにメールを送る。

 予定を切り上げて、明朝に此処を発とうと提案する。


 送信してから暫く待つ。

 すると、すぐに返事は帰って来て……分かったと記されていた。


「……船が来ているって言ってたな」


 恐らくはU・Mの母艦が停泊しているのだろう。

 あの大きさの船が港に停泊していれば嫌でも注目を集める事になる。

 恐らくはコンテナ船と偽って港に停泊しているのか。

 或いは、光学迷彩などを使って船自体を隠しているのか。

 港と言っても大型の船が停泊できるポイントは限られている。

 小型船であろうとも入港するのであれば、帝国から正式な許可がいるだろう。

 恐らくは、港への人の出入りを制限しているのか……いや、U・Mの人間が監視しているのか?


 一度に全ての船を同じ港には停泊できない。

 だからこそ、他の船は別の場所に停泊しているとして、彼女の乗った船は帝都の港に停泊しているのか。


 どうやって俺の居場所を特定したのか。

 いや、そもそも俺は変装をしている。

 元の人相を特定できないほどの変装で……妙だ。


 ショーコさんは本当にどうやって居場所を割り出した?


 いや、そもそも俺であると何故分かった。

 この変装した状態で俺だと分かる人間は限られる。

 東源国の一部の人間と仲間であるサイトウさんやアサギリ先生。

 そして、俺の変装を看破した男であるファースト。

 この限られた人間だけで……誰かが情報を流している?


 可能性は大いにある。

 東源国で潜伏していて、如何に情報を統制していたとして。

 入国してくる人間の素性を完璧に把握できるかは定かではない。

 その中に敵国のスパイやゴースト・ラインの人間が紛れていたとして……いや、それよりも深刻だ。


 俺たちの変装に関わった人間は極僅かだ。

 その中の人間に裏切者が紛れていたとするなら、東源国の幹部クラスだ。

 何故、ショーコさんに俺の情報を渡したのかは分からない。

 しかし、裏切者が存在するのなら、確実に何かを企んでいる。


 俺は足を止めた。

 もしかして、ショーコさんの身に危険が迫っているのではないか?


 もしもそうであるのなら、すぐに知らせなければならない。

 だが、何と言って知らせればいい。

 情報を渡してきた人間を教えろと言うのか。

 そもそも、それは俺の推測で、彼女は別の方法で俺の所在を知った可能性もある。

 考えられるのはオッコがこの帝都で調査をしている過程で、偶然、俺の存在を知ったか……可能性は低いな。


 オッコなら職業柄、調査には向いている。

 その人間の素性を調べるのも得意だろう。

 しかし、ごく短時間で調べる事は不可能だ。

 俺が潜伏している場所は特定できたとして、俺が帝都へ向かったとは分からない筈だ。


 だったら、彼女はどうやって……ダメだ。分からない。


 彼女がどうやって俺に気づいたのか。

 第三者の介入を疑うのが普通で。

 しかし、彼女からはそんな話をされていない。

 もしも彼女自身が不審に思えば、俺に話す筈だ。

 あんなにも俺の身を案じているのであれば、危険は真っ先に……いや、待てよ。


 彼女が疑問を抱かなかった。

 彼女がすんなりと信じたという事は、その情報を話したのは――身内だ。


 U・M内にて長く過ごしてきた人間。

 友達と呼べるような間柄の人間であれば、疑う事はしない。

 つまり、第三者とはU・Mに所属する人間の誰かで。

 恐らくは、俺も知っている人間だろう。


 

「……裏切者……バネッサ先生のメッセージ……まさか、まだあの中に?」


 

 裏切者が息を潜めている可能性は大いにある。

 処罰から逃れて、あの中で生活している人間。

 俺が知っている人間の中の一人が裏切者で。

 ショーコさんをそそのかして動かした。


 理由は、目的は……今の情報だけでは不明だ。


 俺は港へと向かおうとする。

 巻き込まないと決めたが、少しでも彼女たちに危険が及ぶのであれば行動しなければならない。

 焦りを感じながら、急いで向かおうとして――背後から気配を感じた。


 振り返るよりも早く、俺の首は絞められる。

 後ろからがっちりと固定され身動きを封じられる。

 じたばたともがくが、完全にキメられていた。

 

 まずい。追跡を警戒して人通りの少ない道を選んだ。

 第三者の介入は期待できない。

 何か使えるものは無いかと視線を動かすが、碌なものがない。


 ゆっくりと意識が遠のいていく。

 俺は徐々に腕の力を弱めていく。

 薄れゆく意識の中で、俺は襲撃者の声を聞いた。


「……迷うな。進め」

「……サイ、トウ、さん?」


 聞きなれた声はサイトウさんで――俺は意識を闇へと沈めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ