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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第四章:存在の証明

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138:あの日を生き抜いた少年

 アサギリ先生の護衛の引継ぎを終わらせて。

 俺たちは早速、目的の人物が収監されている刑務所へと向かった。

 灰色の塀が高く、張り巡らされた有刺鉄線からは冷たさしか感じない。

 事前に電話にて面会の申し込みをしようとしたが、何故か繋がらなかった。

 仕方なく、刑務所内の受け付けへと出向いたが……結果は想像通りだった。


 面会を断られたのだ。

 受刑者が俺たちの面会を拒んだようで、理由は分からない。

 受付の人間に聞けば、知っている人間としか会わないらしい。

 思っていた通り、見知らぬ人間への警戒心は強そうだ。


 俺たちは刑務所から離れて、タクシーに乗って移動する。

 車内の中で端末を出して操作した。

 天子から送られてきた孤児院の座標を確認しながら、俺たちはそこへと向かう。


 エアコンがガンガンに効いて少しだけ寒い車内。

 スキンヘッドの運転手は鼻歌を歌っていて。

 サイトウさんは外の景色を黙って見ていた。


「そこを右へ」

「あいよ」


 運転手に指示をして曲がらせた。

 大通りを抜けて狭い道へと入っていく。

 車一台がようやく通れるくらいの道で。

 道を塞ぐ鳥にクラクションを鳴らせば、鳥は鳴き声を上げて飛んでいく。

 少しだけ汚い道であり、子供が書いたような落書きも放置されている。

 街の方から少しだけ離れただけだったが、此処はあまり賑わっていない。


 狭い道を進んでいけば、少しだけ道が開けた。

 高い塀が無くなって視界が広がったのだ。

 ゆっくりと車は進んでいって、一つの建物の前で止まる。


「つきましたぜ」

「……此処か」


 見晴らしのいい場所に立つ建物。

 教会の様な見た目をしているが、宗教に関連する建物ではないだろう。

 大きな木が一本だけ生えていて、木のブランコがぶら下がっている。

 見れば、子供たちが庭で遊びまわっている。

 若い女性が数名。子供と一緒になって遊んでいた。


 俺は運転手に金を渡す。

 そうして、車から降りてサイトウさんを連れて建物の敷地に足を踏み入れた。

 ゆっくりと近づいていけば、最初に子供が俺たちに気づいた。

 子供たちと一緒になって遊んでいた女性は首を傾げて俺たちに歩み寄る。


「あの、何方様でしょうか」

「初めまして、私は此処の院長先生にお世話になっていた者でして。帝都に寄る用事があり、久しぶりに院長先生にお会いしたく……院長先生は留守でしょうか?」

「あ、院長先生ですか……あの、その院長先生は男の?」

「えぇそうですが……風の噂で、今は別の方が引き継いだと聞いたのですが。もしかして」

「あぁ……はい、実は色々とありまして。今は院長先生の代わりに、ニーナさんと旦那さんが此処の経営を……あ、私はボランティアの人間ですので」

「……そうですか」


 神妙そうな顔で頷く。

 全部演技であり、知っていた情報通りだった。

 俺は残念そうな笑みを浮かべながら、帰ろうとした。

 すると、ボランティアの女性は俺を引き留める。

 そうして、中でニーナという女性がいることを教えてくれた。


「ニーナさん達は毎週、院長先生に会いに行っているので。もしかしたら」

「よろしいんですか? お邪魔なんじゃ」

「折角来ていただいたのに帰してしまったら、それこそニーナさんに怒られてしまいます! 遠慮せず中へどうぞ!」

「……それでは失礼します」


 笑みを浮かべながら女性についていく。

 彼女は古い教会の様な見た目の建物の扉を開ける。

 ギギギと音がして扉が開かれて、広い部屋を通っていく。

 そうして、木で出来た家具やソファーが置かれた部屋に通される。

 客人用の部屋の様であり、彼女は暫く待つように言ってきた。

 俺たちはつぎはぎだらけのソファーに座る。


 視線を周りに向ければ、どの家具も古めかしい。

 補修した後が見受けられる。

 金銭的に余裕は無いのだろう。

 そんな中で身寄りの無い孤児を引き取って育てているのか。

 国からの援助もさほど期待できないだろう。

 やっていることは立派であるが、誰からも褒められる事は無い。

 何時だって善人が損をする……いや、考えるな。


 何か助けになることがあるんじゃないか。

 そんな事を考えそうになってグッと堪えた。

 こんなところで道草を食っている場合じゃない。

 呑気に人助けをしている間に、ゴースト・ラインも告死天使も先を行く。


 オーバードが奪われれば、人助けも意味が無くなる。

 強大な力を悪人の手に渡してはいけない。

 俺は偽善の心を封じて、扉を見つめた。


 すると、軽くノックする音が響く。

 声を掛けて入ってきたのは若い女性で。

 金の髪を腰まで伸ばし、たれ目がちな青い瞳をしている。

 目の下の小さな黒子が特徴的で、歳は恐らく二十歳か……いや、十代後半でも通用するだろう。


 赤いロングスカートを履いて、白い半袖のシャツを着ている。

 手の薬指には結婚指輪が嵌められていた。

 歳は若そうだが、妙に落ち着いた雰囲気をしている。

 場慣れしているのか、見知らぬ俺たちにも緊張した感じはしない。

 

 やけに若い見た目の女性で。

 彼女は俺たちの前に立って手を差し出してきた。

 俺はその手を握って笑みを向けた。

 暖かな笑みを俺たちに向けながら、彼女はゆっくりと言葉を発する。


「初めまして、私は院長代理のニーナ・オールドヘイムです。話しは伺っています、態々お越しいただいたのに、申し訳ありません」

「いえ、事前に連絡もしないで伺った我々に非があります。ご無礼をお許しください……私の名はシロウ・モリ。こっちはアカネ・タカダです」

「いえいえ! そんな事は……それで、院長とは何処でお知り合いに?」

「帝国で働いていた時に、院長先生がうちの店に来てくれましてね。色々と世間話をする仲になりまして……彼には良くしていただいて、何も知らない私に色々と教えてくれました」

「そうですか……院長先生は何か言っていましたか?」


 ニーナさんは別に俺たちを疑っている訳ではない。

 単に知的好奇心を満たす為に質問をしている。

 目を見ればその人間の考えている事は何となく分かる。

 だからこそ、俺は笑みを浮かべながら真実を少し混ぜた嘘を話した。


「そういえば、奇妙な話をしていましたね。不思議な光景を見たと」

「……その時から、院長先生は……あ、すみません。私ったらお客様に質問ばかりして」

「はは、構いませんよ……それで、院長先生は?」


 ニーナさんはチラリと後ろを見る。

 すると、そこにはボランティアの女性が立っていた。

 彼女は何かを察して一礼してから退出した。


 ニーナさんはゆっくりと俺の方に向き直る。

 そうして、席に座る様に促してきた。

 俺はゆっくりとソファーに座りなおす。

 すると、ニーナさんも対面に座って暗い顔で話し始めた。


「実は、院長先生は……傷害罪を犯して、服役中なんです」

「……まさか、あの優しい方が?」

「えぇ、私も最初は信じられませんでした。でも、面会に行った時に、院長先生の目を見て……別人かと思ってしまいました」

「……人相が変わっていたと?」

「……はい、頬はやせこけて。目はぎょろぎょろとして……とてもではありませんが、健康には見えませんでした……子供たちには変わりなく優しく接していたと聞きましたが……」


 不安げに口にするニーナさん。

 優しかった院長の人相が変わるほどの何か。

 それは十中八九がオーバードに関する事だろう。


 天子は言っていた。

 オーバードを知らない筈の人間が、それの在り処を見たというのだ。

 自然現象ではなく、確実に何かがトリガーとなって一般人の脳内にその光景を映し出した。

 常人であればそんな現象が起きれば耐えられるのか。

 周りに相談しようにも、そんな話を信じてくれる人間はいない。

 嘘つきだと思われて孤立してしまう場合もあるだろう。


 しかし、院長の場合はもっと重い。


 精神面だけでなく人相が変わるほどの負荷。

 恐らくは、毎日のように不可思議な現象が起きていたのか。

 そうでもければ、孤児院を経営するほどの善人が犯罪を犯す筈がない。


 ニーナさんは院長の様子を知っている。

 面会にも何度か言っているのか。

 俺が彼女に質問すれば、彼女は小さく首を左右に振る。


「いえ、面会に行ったのはその一回限りです。夫が、院長先生の変わり果てた姿を見るのは辛いだろうと言って」

「……優しい旦那さんですね」

「……ふふ、ありがとうございます。夫も私もこの院の出身で。昔の夫はもっと怖かったんですけど……軍人になれば、あんなにも変わるものなんでしょうか」

「……旦那さんは軍人さんですか?」

「えぇ、帝国軍でメリウスのパイロットをしています……夫は私よりも若いんですよ」

「……幾つ?」

「ちょっと……すみません」


 珍しくサイトウさんが口を挟んできた。

 俺は咄嗟に謝ったが、ニーナさんは口に手を当ててくすくすと笑う。


「いえ、いいんですよ……19です。若いでしょう?」

「……旦那さんはもしかして……その、十代で志願したんですか?」

「はい。夫だけではありません。この院出身の男の子はほとんど志願しました……生きているのは、夫と数名だけです……昔は乱暴者でよく他の子と喧嘩をしていて院長先生も手を焼いていました。でも、夫は誰よりも優しくて、国からの支援金が増えるのならといの一番に軍に志願したんです……私には真似できません」


 少年兵だった夫か……少し、思い出した。


 帝国にて傭兵活動をした時。

 あの日も茹だるような暑さの中で仕事をした。

 メラルド・カースランドから宛がわれた新兵。

 その新兵が全員、十代の少年たちばかりで……俺は、彼らを死なせた。


 最初から彼らを生かす方法を考えていれば、変わったかもしれない。

 もっと上手く立ち回っていれば、違う結末があったかもしれない。

 でも、今の俺はあの時の俺ではない。

 どんなに後悔しようとも過去には戻れないのだ。

 ゲーム感覚で敵を殺していた俺は知らなかったのだ。

 この世界がどんなに残酷で、どんな姿をしていたのかを……声を掛けられた。


 俺はハッとしてニーナさんを見る。

 彼女は不安そうな顔をしながら、体調が優れないのかと聞いてきた。

 俺は笑みを浮かべながら、暑さにやられたのかもしれないと伝える。

 心を覆い隠そうとしたドロリとした黒い感情。

 ズキズキと痛む心臓を無視して、俺は他愛の無い会話をする。

 まるで、先ほどの話の続きをさせない為の悪足掻きで――声が聞こえた。


 男の声であり、誰かが入って来た。

 ニーナさんは「夫が帰って来たようです」と言う。


 立ち上がってから扉を開けて外に出る。

 外で何かを話していて――再び扉が開かれる。


 部屋の中に入ってきたのは小麦色に焼けた肌をした青年だった。

 金髪の髪を短くかりあげて、意志の強い綺麗な青い瞳をしている。

 顎に髭が生えていて、十九とは思えない落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

 がっしりとした体格に、綺麗な立ち姿で――ズキリと心臓が痛む。


 ……何だ?


 彼の瞳を見た瞬間に心臓が痛みを主張した。

 不思議な痛みで、足が逃げそうになる。

 俺は必死にそれを押さえて彼に笑みを向ける。


 青年はゆっくりと手を差し出してきて自己紹介を始めた。



 

「初めまして、ニーナの夫の――ザックス・オールドヘイムです」

「――っ」




 今、彼は何と言った……?


 

 ザックス、ザックスと名乗った。


 

 元少年兵の帝国軍人で、名をザックス――心が、震えた。



 

 これは何の冗談だ。

 これは神の悪戯とでも言うのか。

 目の前に立っている男は、俺が約束をした少年だと言うのか。

 痛みが激しさを増して、今にも吐き出しそうだった。

 俺はそれを我慢して、震える手で彼の手を握った。


 あの日に見た濁った瞳ではない。

 真っすぐに光の宿った目で俺を見ている。

 その綺麗な視線を向けられて、己の醜い部分が出てきそうになる。


 心が、逃げ出せと言っている。

 責任から、後悔から、背を向けて逃げ出せと言っている。

 尻尾を撒いて無様に逃走しろと言っていた。

 体の震えを誤魔化すように、俺はギュッと手に力を込めた。


 ザックス・オールドヘイムはそれでも笑っている。

 その綺麗な笑みを向けられながら、俺は心の中でこの場所に来た事を後悔していた。

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