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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第四章:存在の証明

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132:帝都博物館

 飛行船の発着場へと着いて、外へと出る。

 大きな茶色のボストンバックを二つ肩から下げながら、俺はチラリと横を見た。

 そこには黒い髪を腰まで伸ばして、瓶底のような眼鏡をした女性がいる。

 青いネイビーのビジネススーツを着用しながら、肩からポーチを下げていた。

 何時ものだらしのない格好ではなく、胸もサラシでも巻いているのか控えめであった。


 俺の視線に気が付いて、サイトウさんはぼそりと言葉を発した。


「……メタボ」

「……やめてくださいよ」


 でっぷりと太った腹に加えて、無精ひげを生やしている。

 頬にも肉を付け足していて、丸まるとした顔つきになっているのだろう。

 冴えない女性に、太った男が一人。

 そんな俺たちに渇いた笑みを向けてくるのは、考古学者の爺さんであった。

 白髪の髪を短く切り揃えて、丸眼鏡を掛けた優しい顔つきの老人。

 茶色の服を着ていて、青いネクタイをしている。

 線の細い彼からは武人としての風格は感じられず。

 戦いというものを知らないであろう彼を守るのが、俺たちの仕事だった。


「ま、まぁ。お二人とも。行きましょうか?」

「……そうですね」


 学者の爺さんの名前はヨウスケ・アサギリという。

 東源国では名の知れた考古学者であり、歴史文化財の発掘調査をしている。

 遥か昔の世界の謎を知る事を目的として活動していて。

 彼の力があれば、どんなにセキュリティーの厳しい所でも入る事が出来るらしい。

 多くの人間から信用されて、その信頼に彼は応えてきたのだろう。


 だからこそ、謎に思えた。


 何故、信頼されるような人間がこの仕事を受けたのか。

 もしも失敗すれば、信用を失う恐れもある。

 国からの依頼とはいえ、彼にも断る権利はあった筈だ。

 現に、彼は嫌な仕事は引き受けない性格らしい。

 ミネルバからの情報で、彼の人となりは理解していた。


 気にはなる。しかし、依頼を受けたのなら関係ないか。

 知ったところで、任務の達成に関わるものではない。

 俺はただ彼の護衛を忠実に熟して、オーバードの情報を手にいれさえすればそれでいい。

 告死天使よりもゴースト・ラインよりも早く。

 オーバードを見つけ出さなければならない。


 三人で発着場を進んで建物内へ入る。

 白い壁に良く磨かれたガラス扉が自動で開いて涼しい風が流れてきた。

 人でごった返している発着場の建物内では、多種多様な人間が動いている。

 キャリーケースを引いて旅行に来たであろう者や手書きの看板を掲げた珍妙なサングラスを掛けた男たち。

 色々な店も存在していて、ランチやデザートが食べたくなれば何時でも買えるのだろう。

 冷えた飲み物も販売しているようで、若い女性たちが乳白色の飲み物を嬉しそうに飲んでいた。

 

 周りを見れば、警備をしている人間が複数人いる。

 その中には、治安部隊の兵士と思わしき人間もいた。

 煙草を吸いながら、ガラの悪そうな兵士たちがげらげらと笑っている。

 近くに人はおらず、皆が波風立てないように離れていた。

 見つかればただでは済まないだろう。

 俺たちは平静を装いながら、ゲートを通っていく。


 金属探知機には引っかからない。

 銃器の類は持ち込んでいないからな。

 ベルトコンベアに乗ってX線検査を終えたバックを再び肩に掛ける。

 許可を得てゲートを進んで、待っていた職員の指示に従って両手を上にあげた。

 ペタペタと男の職員が俺の体を触って来る。

 怪しいものは無いかと念入りにチェックをして――笑顔で通された。

 

 ボディーチェックも問題は無かった。

 何度も言うが怪しまれるようなものは持ち込んでいない。

 持ち込めない事も無いが、そんなものを使えば大騒ぎになるからな。

 だからこそ、最初からそんなものは必要ないとミネルバにも言った。

 後は、入国管理官への受け答えで。


 列に並んで暫く待っていれば、俺の順番が回って来た。

 目つきの悪い不愛想な男の管理官で、パスポートの提示を求められた。

 俺は予めミネルバから渡された偽のパスポートを渡す。

 パスポートを開きながら、今の俺と同じように太った金髪の男は目を鋭くさせて俺を見てきた。


「……今回はどのような目的で?」

「先ほど此処を通過した先生の助手です。彼と一緒に帝都博物館にて保管されている品を拝見させて貰いに来ました」

「……ふむ、歴史調査ですか?」

「はい。東源国では歴史に関する調査が盛んなので、今回もその仕事ですね」

「……分かりました。どうぞ」

「ありがとうございます」


 パスポートを返却されて、俺はポケットに仕舞う。

 チラリとサイトウさんを見れば、彼女も問題なく通過していた。

 俺は彼女の目を心配していたが、突かれなかったようで安心した。


 彼女の目はどうしても人目を惹いてしまう。

 あれほどの濁り切った瞳をしている人間はいない。

 だからこそ、怪しまれる恐れがあった為あんな妙な眼鏡を掛けさせていた。

 苦肉の策であり、通じるかは賭けだったが……まぁ良かった。


 サイトウさんと共にアサギリ先生の元に行く。

 そうして、三人で発着場を後にして外へと出た。

 外へと出ればムワッとした風が吹いて俺は思わず眉を顰めた。

 余分な肉を付けられた上に、サイトウさんやアサギリ先生の分の荷物も俺が持っている。

 アサギリ先生は老人だし、サイトウさんは面倒だと言って俺に押し付けてきた。

 損な役回りばかりだと思いそうになるが、戦闘面ではサイトウさんの方が役に立つ気がする。

 だからこそ、これはある意味で正しい役割なのだと無理やり納得しておいた。


 外へと出れば、団扇を扇いでいるご婦人やタクシーらしき乗り物の前で喋っている男たちがいる。

 アサギリ先生はその中で、一台の黄色い車が待機しているのを発見した。

 彼は「恐らくアレが迎えに来てくれた方が乗った車かと」と行って近づいていく。

 俺とサイトウさんは警戒心を持ちながら、何時でもアサギリ先生を守れるように進む。

 車に近づけば、車の中で待っている人間は首を前後に動かしながらを何かを口ずさんでいた。

 禿げて金色の髪が薄くなってバーコードのようになっている。

 スーツは暑いからか着崩していて、黄色いネクタイを緩く結んでいた。

 手足は太く半袖のカッターシャツからは立派なタトゥーが見えた。

 

 先生は妖しむことも無く車に近づいてコツコツと窓をノックした。

 ノックの音に気が付いて男は青い瞳を先生に向ける。

 男は眉を顰めながら舌打ちでもしそうにしていて――先生の顔を見て、コロッと表情を変えた。


 男は慌ててネクタイをキュッと結び直している。

 そうして、急いで車の窓を開けてから顔を出した。

 にこやかな顔で、手を差し出してきた。


「いやぁ遠路はるばるようこそ! アサギリ先生ですよね? 私が博物館の案内人を務めさせて頂きます。マイク・カッターといいます。気軽にマイクと呼んでください」

「貴方がマイクさんですね。初めまして、私はヨウスケ・アサギリ。この二人は私の助手です」

「初めまして、シロウ・モリです。こっちはアカネ・タカダです」

「……」


 サイトウさんが自己紹介をする訳が無い。

 俺が代わりに自己紹介をすれば、マイクは笑っていた。

 アサギリ先生とマイクは軽く握手をして、マイクはハッとした様子で後部座席のロックを解除した。

 外は暑いからと車に乗る様に促してきたマイク。

 俺は車の扉を開けて先にアサギリ先生を乗せた。

 そうして、サイトウさんを先生の横へと座らせた。

 マイクは荷物はトランクの中に入れるように言ってきた。

 俺はトランクへと移動して、中へとボストンバックを押し込んだ。

 トランクを閉めてから、助手席へと急いで乗り込む。


 運転席の後ろが危険は少ない。

 助手席は一番危険が多いからこそ、俺が乗り込んだ。

 マイクは少しだけ残念そうな顔をしたが、何となく理解していた。

 

 車の中には、少しだけ消臭剤の匂いがする。

 ポップな音楽がそれなりの音量で流れていたが、マイクは気を遣って音楽を消した。

 革張りのシートであり、運転席のハンドルは白いレザータイプで。

 バックミラーには良く分からないデフォルメされた青い体色の生物のような小さい人形が吊るされていた。

 派手な車だと思ったが、内側も中々に派手であった。


「それじゃ行きますよ」

「えぇ、お願いします」


 扉を完全に閉めてシートベルトを閉めれば、車はゆっくりと動き出した。

 セダンタイプの車がゆっくりと進みだして、俺たちは発着場から帝都博物館に向けて移動を始めた。


「此処は暑いでしょう? アイスが飛ぶように売れますからね。もう食べましたか?」

「えぇ飛行船の中で食べました。クリーミーで美味しかったです」

「でしょう? 何と言ってもバニラが一番です。帝国では質の良い乳を出してくれる乳牛が沢山いるので。まぁ、育てている環境が良いですからねぇ。暑くも無く寒くも無い。徹底された温度管理によって、牛たちはノンストレスの中でのびのびと過ごせる。適度に日光を浴びせて、栄養満点の飼料を食べさせる。牛専属のマッサージ師を雇っているところもあるらしいですよ?」

「それは本当ですか? ふふ、人間よりもいい暮らしをしていますね」

「私もそう思います。生まれ変わるのなら、帝国の乳牛ですかね……まぁ乳が出なくなったらお払い箱ですけどね。ははは」


 マイクは笑みを浮かべながら、他愛の無い雑談をする。

 俺たちはその話を聞きながら、周りの景色を見ていた。

 あの時に見た景色と変わらない。

 古風な雰囲気を醸し出すレンガ造りの建物に、ラフな格好をした住民たち。

 子供たちが屋台の店主からアイスを受け取って笑顔で食べていた。


 平和な風景であり、戦争があったなんて想像もできない。

 公国との血で血を争う戦いを終えても、住民たちは疲れた様子を見せない。

 それもその筈だが、此処は戦場よりも遠い帝都で。

 争いなんか微塵も感じないのは、それが関係していると理解できた。


 ひとたび戦場から離れれば、こんなにも平和な景色が見える。

 子供たちは笑っていて、老人たちものんびり散歩をしていて――


「シロウさんは先生の助手になって何年目なんですか?」

「……まだ成り立てなので」

「おぉそうですか。では、これから色々と学んでいけるんですね。いやぁ若いというのは良いですねぇ。私も若い頃は色々な所へ行っては勉強したものですよ」

「勉強熱心なんですね」

「いえいえ、勉強と言っても……夜の遊びの、ですから。ははは!」


 ……スケベな男だと思った。

 

 セクハラまがいの話であり、サイトウさんを見れば全く聞いていない。

 俺は乾いた笑みを浮かべながら、帝都博物館について質問した。


「帝都博物館ですか? えぇあそこは凄いですよ。歴史的に重要な品が何千点も保管されていますから。展示できないものを含めれば、まぁ一万は優に超えるでしょうね」

「……展示できないものとは?」

「え? そうですね……まぁ解読が終わっていないものや修繕が不完全な物。後はいわくつきの品であったり、そもそも何の為に作られたのかよく分からない物だったり……あ、後はサンバルド・イグラース皇帝陛下のお気に入りの品だったりですかね」

「皇帝陛下のお気に入り? そういうものがあるんですか?」

「えぇ、他の国の方は知らないでしょうが。皇帝陛下は骨董品や歴史的に貴重な品などを集めるのが趣味らしく。古いものの中で、自分にとってこれは価値がある! と思ったものは隠すそうですよ。帝都博物館という名前がついていますが、あそこは皇帝が作ったコレクションの保管場所です。多くの人間に自慢したいがために作られた建物。きっちりと入場料は取りますけどね……あ、これはくれぐれも他のお役人には言わないでくださいね。私の首が飛びますから。冗談抜きに」


 マイクの説明を聞いて、何となく理解できた。

 恐らくは、天子が探している古文書は皇帝のお気に入りの品で。

 あの博物館の何処かに厳重に保管されているのだろう。

 見つけ出すのは容易ではないかもしれない。

 可能な限り穏便に事は済ませたいが……見えてきた。


 道路を進んでいけば、帝都博物館が見えてきた。

 徐々にその全貌が見えてくる。

 窓からその建物を見ていれば、どんどん視線が上へと向いていく。

 やがて車はゆっくりと帝都博物館の前に停止した。


「着きましたよー。私は車を置いてきますので、先に中でお待ちくださいね。あ、荷物は他の職員に指示をして先生方の宿泊される予定のホテルへ運ばせておきますのでご安心を!」

「はい。何から何まですみません。ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「……」


 マイクにお礼を言ってから扉を開けて外に出る。

 マイクは俺たちが降りたのを確認すると車を停めに行った。

 視線を博物館に向ければ、大きな建物が俺たちの前に立っている。

 ギリシャ風の建造物であり、大きく古めかしい時計が掛けられていた。

 開かれた扉の中へと何人もの人間たちが入っていって、旅行客と思わしき人間もいる。

 俺たちは足を動かして石段を上がっていく。

 そうして、赤いカーペットの上を歩きながら帝都博物館の内部へと足を進めた。

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