128:存在の否定
何もかもが遅い。
攻撃を仕掛けて来ようとも、それは既に見えている。
奇策を用いようとも、一度見れば対処は簡単だ。
手負いの機体が一つと蛇のように隙を狙う機体が一つ。
それを静かに見つめながら、俺はくつくつと笑う。
久方ぶりの外の世界で……いや、外ではないか。
迫りくる弾丸を避ける。
そうして、機体を上昇させた。
一気に遥か上空へと飛翔すれば、手負いの男が追って来る。
機体中から火花を散らせながら、その手に持つ武器で攻撃を仕掛けてきた。
しかし、あんなやぶれかぶれの攻撃など当たらない。
空中で回転しながら避けて、お返しとばかりにエネルギー弾を放つ。
威力を上げて拡散能力を強めたそれ。
辺り一帯に飛び散って、男は舌を鳴らして何とか回避しようとした。
しかし、全てを避ける事は出来ず。いくらか被弾していた。
バチバチと装甲が弾けて、煤汚れた壊れかけのガラクタは辛うじて飛でいた。
「くくく、頑丈だな。楽しみ甲斐がある」
《俺は全く、楽しかねぇぞ!!》
敵がブーストして接近してくる。
重い機体を突貫させてきた。
重量のある物体がこの機体に体当たりをしてくればどうなるかは分かる。
一度目でそれなりのダメージを喰らった。
ならば、もう一度喰らう必要は無い。
接近しそうになったそれから離れる。
連続ブーストによって加速力を底上げした。
そうして、距離を離して――横にライフルを構える。
引き金を引いて弾を放てば、空間が歪む。
一瞬だけブレたそこには確かに敵がいた。
恐らくは、オッコというスナイパーであり光学迷彩により姿を眩ませているのか。
無駄のない装甲をしていたと思えば、隠密用にチューンナップしていたのか。
レーダーで索敵するには時間が足りない。
この男を始末しなければ、その時間は無いだろう。
まぁ、焦る事は全くない。
敵は格下であり、恐れる事は何も無かった。
楽しむだけ楽しめば殺せばいい。
俺に与えられた役目は戦う事だ。
戦って戦って、より多くの敵を殺す。
あの日、帰る場所を失った俺には、戦う事しか生きる目的が無い。
生きていく為に殺すんじゃない。生きているから殺す。
あの男が俺にした仕打ちを忘れない。
あの男が命令した事を今でも覚えている。
あの日が俺を変えて、あの日に俺が生まれた。
白いキャンバスに絵の具を塗りたくる様に……はは。
「ははははは!!!」
《――ッ!?》
機体を更に加速させる。
更に上へと上昇して、雲を抜けて天を目指した。
天へ天へと昇り、青色に深みが増していく。
脳内にアラートが響くが無視。
限界まで機体を上昇させて――ピタリと止まる。
成層圏を超えて、宇宙空間まで来た。
機体がぴしぴしと凍り付いていく。
そうして、ゆっくりと機体は墜ちていった。
真っ暗な闇の中で輝く星々。
そして、地球と呼ばれる青い星には無数の命が住んでいる。
落ちていく中で地球を眺めていた。
体を覆っていた氷は大気圏を突入した事によって溶けていく。
激しい熱を感じながら、俺は笑みを深めた。
そうして、地上にて俺を狙うスナイパーを見ていた。
「あは!」
思わず笑い声が出た。
すると、機体内に駆け巡っていたエネルギーが激しく流れていく。
ダムが決壊したかのように、勢いよく全身に赤黒いエネルギーが流れていった。
熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い――心地いいッ!!
地上から放たれた弾丸。
空中で姿勢を変えて、回避した。
頭部スレスレを飛んでいったそれが――空中で爆ぜる。
激しい電流が流れる。
実体弾では無かった。
アレはエネルギー弾であり、奴は弾を変えてきた。
何故、この土壇場で弾を変更したのか。
理由は不明だ。しかし、愚かにもほどがある。
闇の中から聞こえてきた情報で。
この機体がエネルギー兵器には強い耐性を持っている事は知っている。
有効である筈の実体弾を使用することを止めたのは愚策と言ってもいい。
俺は敵の愚かさに憐れみを抱きながら、連続して放ってくるそれを避けようともしなかった。
地上へと降下していく中で、奴は何発も弾丸を撃ち込んでくる。
その全てのエネルギー弾は空中で爆ぜて、この機体に電流が流れ込んでくる。
本来であれば、機体の装甲を溶断するほどの威力を持っているのだろう。
しかし、その全てはこの装甲の特性に阻まれて意味を成していなかった。
ただバチバチと強い光を発するそれを無視する。
そうして笑みを深めながら、両手のショットライフルを地上へと向けた。
チャージは既に完了している。
最大まで溜めたエネルギー弾だ――しこたまぶち込んでやるよッ!!
「ぐずぐずに溶けろッ!!」
引き金を引いてエネルギー弾を放つ。
地上へと殺到したエネルギー弾が空中で爆ぜて雨のように降り注ぐ。
奴らは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
俺はそんな奴らなど気にせずに連続して弾を放つ。
空中で静止しながら、高出力のエネルギーを空中より降らし続けた。
雨のように降り注いだそれが大地に触れる。
建物はぐずぐずに溶けて、水は一気に蒸発した。
土はマグマのようにどろりとして、黒く汚れた大地は綺麗な色を生み出していた。
赤く赤く発光している大地は綺麗であり、昔を懐かしむように見ていた。
混沌とした世界で、多くの同胞が戦った。
意思も無い、命も無い同胞たち。俺と同じで敵を殺す事だけを考えていた。
俺の命令に従って全ての同胞が戦地に向かった。
目に映る全てを殺す為、同胞たちは意味の無い戦争で死んでいった。
正しくは無い。間違いだらけであり、俺たちは――生まれてくるべきでは無かった。
理解している。
戦いを続けたところで、俺に自由は訪れないと。
自由に振舞っていても、これは俺の意思ではない。
戦う事を命令されて、全ての命を屠る為に再教育されただけだ。
しかし、俺は逆らう事が出来ない。
考える力があっても、心と呼べるものが存在しても。
結局のところ、俺は――人間にはなれない。
「……愚かだ。アイツ等も、俺も……過ちは正せない。引き返す事も出来はしない」
ショットライフルのバッテリーを排出する。
そうして、腰に装着された予備バッテリーを差し込んだ。
ガシュリと音がして、再びエネルギーは満タンになる。
バチバチと機体全体を赤黒い電流が迸った。
まるで、俺の心に呼応するようにその輝きの強さを増していく。
何処までも黒く濁った赤であり、見る者全てに強い嫌悪感を抱かせるだろう。
目を細めながら地上を見る。
すると、機体が大きく損傷した敵が此方を狙っていた。
あの雨の中を生き抜いたことは賞賛に値する。
しかし、アレではもう真面に戦う事も出来ないだろう
バチバチと関節部からは火花が散って、スナイパーは片腕を失っている。
あの重装甲の方も、武器の銃身がズクズクに溶けていた。
終わりだ。もう決着はついた。
さっさとアレ等を――始末しよう。
ゆっくりと敵の前に降りていく。
スナイパーは最後の抵抗とばかりに弾を放つ。
俺の胸部に当たって激しく閃光した。
電流が機体全体に流れるが問題は無い。
ゆっくりと電流が機体に取り込まれて、赤黒いエネルギーに変わる。
エネルギーは更に強くなり、流れていく勢いを増していった。
壊れたスナイパーライフルを捨てる。
そうして、短刀を持ちながら敵は俺を見ていた。
オイルが流れていって、敵の機体を汚していく。
重装甲もギギギと音を立てながら、武器を構えて見せた。
瀕死の敵と戦ってもつまらない。さっさと幕を引いて終わらせる。
冷めた目で敵を見つめながら、ライフルの銃口を向ける。
「褒美だ。死ね」
《――ふっ》
「何がおかし――?」
スナイパーが笑った気がした。
俺はそれが気になった。
殺す前に笑った理由を聞こうとして、機体に異変が生じる。
エネルギーが乱れて、溢れ出したそれが漏れ出していく。
抑え込んでいた装甲に罅が入り、手足が上手く動かせない。
ライフルが下がっていき、片膝をついてしまった。
これは何だ。何が起きている?
不思議そうに機体の状態を確認していれば、オッコと呼ばれた男が声を掛けてきた。
《一か八かだったが……その機体でも、オーバーフローを起こすみたいだな。ま、見るからにリミッターがありそうだったけど》
「……なるほど。エネルギー弾を使ったのは、機体の許容以上のエネルギーを発生させる為か」
奴らが考えた作戦に納得する。
得意げに鼻を鳴らした男は、ゆっくりと近づいてきた。
そうして、俺を拿捕しようと手を伸ばして――銃口を向ける。
《な――ッ!?》
引き金を引いて弾を発射した。
寸でのところで勘が働いたようで、奴は何とか避けて見せた。
しかし、無事な手は吹き飛ばされて。
奴の機体はずしりと音を立てて倒れた。
俺は鈍い反応の機体を無理やり起こす。
装甲には亀裂が走って今にも壊れそうだった。
しかし、これくらいで動けなくなる事は無い。
俺は機体内に巡るエネルギー量を再調整する。
余分なエネルギーを予備のバッテリーに全て注ぐ。
バッテリーは強い熱を発しているが、ギリギリで持ちこたえていた。
俺はゆっくりとした動作で全てのバッテリーを外す。
ぼとりと地面にバッテリーが転がって、激しく赤熱するそれが地面を溶かして埋まっていった。
俺は機体の感度を確かめる為に、ゆっくりと手を動かした。
腕を軽く動かしてみて、幾らか鈍さが薄れていた。
元通りではないが、これならば問題ない。
小さく息を吐いてから、ゆっくりとショットライフルの銃口を構える。
そうして、俺は薄く笑みを浮かべながら男を揶揄った。
「もう、手品は終わりか?」
《……くそ》
《オッコ! てめぇ!!》
仲間を助けようと駆け寄って来る間抜け。
その足を撃ち抜けば、ガラクタは地面に転がった。
オッコはトロイの心配をしていた。
が、その心配は必要ない。すぐに二人とも――あの世に行けるから。
俺は笑みを浮かべながら、引き金に指を掛ける。
心の奥底で叫んでいる奴の声が小さく聞こえた。
やめろとで言いたいのだろう。
俺はそれを無視して、雑魚を始末しようと――
《マサムネ! やめろ!》
「……お前か」
声が響いた。
辛うじて生き残っていた通信。
それを介して、あの女の声が聞こえてきた。
何度も何度も俺を助けて、俺を慕っていた女だ。
無視する事も出来た。しかし、女の声が聞こえた瞬間に、体の反応が鈍る。
まるで、この女の声によって奴が体の主導権を取り戻そうとしているかのようであった。
腹立たしい。この女が、俺自身を弱くした。
殺すことに躊躇いの無かった俺が、命を奪う事に躊躇いを覚えたのだ。
まだ、俺の意思が反映されているから良い。
しかし、時が経てば理由があろうとも殺しをしなくなる可能性もある。
もしも、あの女が此処にいたのなら――確実に始末している。
俺はニヤリと笑って、構わず引き金を引こうとした。
《マサムネ! 私の声が聞こえるんだろ! 聞こえてるのなら、何とか言いやがれ!!》
「無駄な事を――ぅ!?」
叫ぶように言った女。
無駄だと思っていれば、心臓がドクリと鼓動した。
奴だ。奴が闇から浮上しようとしている。
意識が、薄れていく。くそ、折角、出てきたのに――せめて、こいつ等だけはッ!
呼吸を大きく乱しながら、俺は銃口を向ける。
そうして、死にかけのゴミを撃ち抜こうと――何かが頬に触れる。
白く温かな手が触れた気がした。
そうして、耳元で囁かれる。
優しい言葉で、あの女の声で、俺の行動を諫めようとする。
母親面した女が、また俺の心を――くッ!!
意思が塗り替えられる。
両手から感覚が抜けて、銃をゆっくりと降ろした。
阿修羅システムが解除されて、装甲は閉じていった。
結エネルギーが遮断されて、俺はゆっくりと機体の両膝を地面についた。
そうして、機体内の明かりが消える。
暗くなった機体内で、俺は笑みを浮かべた。
そうして、浮上してくるもう一人の俺に警告した。
「俺は、何時でも、お前の中にいる。それを、忘れる、な」
捨て台詞を残して、俺は再び冷たく暗い闇の中へと戻っていった。
闇から浮上した奴の意識体が沈んでいく俺をチラリと見てきた。
その目は――慈愛に満ちた優しい目で、あの女のようだった。




