123:殺意の塊が笑う時
《敵増援を確認。残弾数250》
無機質な機械音声を聞きながら、俺は機体を加速させる。
ペダルを強く踏めばガツンと殴られたかのように機体が大きく揺れた。
瞬間的な加速により、敵との距離が一気に縮まる。
特大の負荷を全身に感じながら、ゼロ距離で敵の胴体にライフルの弾を放つ。
ガリガリと敵の装甲を削って、羽を捥がれた虫のように落ちていく。
その姿を最後まで見る事無くペダルをもう一度強く踏む。
背後から狙ってきた敵の弾丸が装甲を軽く掠めていった。
連続してスタスターを噴かせれば、爆音を響かせて機体が直角に曲がった。
此方へと敵がセンサーを向ける前に両手のライフルの弾を勢いよく放つ。
雨のように降り注ぐそれを全身に受けて、敵の機体は手足をもぎ取られて爆散した。
相対する敵を、全て破壊する。
ドクドクと心臓が鼓動して全身にアドレナリンが駆け巡った。
全身の血が沸騰して、敵に向ける視線に熱が籠る。
もっと、もっと戦えと心が叫んでいる。
「もっと、もっとか」
《――パイロットの心拍数の上昇を確認。阿修羅システムを起動します》
無機質な声が何かを言った。
阿修羅システムを起動する、確かにそう言った。
パイロットの生体情報を読み取って自動で発動するのか。
そんな事を考えていれば、敵の更なる増援が向かってくる。
しかし、それを確認する前に機体に変化が起こった。
シートの周りが変形して、レバーの位置には鉄のグローブのようなものが出現して腕を包み込む。
ペダルから何かが伸びてきて、俺の足をがっちりと固定した。
手足を固定されて身動きが取れなくなった俺の頭上からは、あの銀色の半円が降りて来る。
目線の高さに降りてきたそれが俺の視界を覆って、一気に視界が広がった。
ディスプレイ越しの景色ではない。
まるで、己の目で見ているような鮮明さ。
手足を動かそうとすれば、機体の手足が動いていた。
若干の違和感はあるものの、本当に手足のように機体が動いている。
そうして、機体を覆っていた装甲が展開されて、その隙間から赤黒い光が放たれていた。
まるで、脈打つ心臓のように鼓動している。
ドクドクと音が聞こえてきそうなそれ――瞬間、俺の脳内にはかつてないほどの衝動が襲う。
《壊せ、壊せ、壊せ、壊せ、壊せ、壊せッ!!》
「うぐぅ――っ!?」
強迫観念にかられるように、俺の心をどす黒い殺意が覆う。
まるで、目に映るもの全てを破壊しろと命令されているようだ。
呼吸が荒くなっていき、機体が独りでに動いていく。
俺の意思ではない筈なのに、俺が動かしているような感覚。
心に潜む何かが嬉々として、敵へと攻撃を仕掛けていった。
速い、何時もよりも格段に――ッ!?
流れるように襲い来る敵を殲滅していく。
ライフルの弾を放ち敵をバラバラにして。
勢いのままに突っ込んで、残弾が切れたライフルで敵を殴打した。
空いた手で、敵の頭部を掴んで破壊する。
そうして、敵の攻撃を水面に浮かぶ木の葉のように避けていた。
助走をつけて加速して、砲弾のように飛んでいけば敵へと鋭い蹴りを放つ。
残骸がパラパラと舞って、敵がまき散らすオイルを浴びる。
流れていく結エネルギーは、更に激しく鼓動した。
赤黒い光を纏いながら、風切り音を響かせて飛行する。
向かってくる敵の動きがスローに見えて、どうやれば確実に破壊できるかを体が理解していた。
流れるように移動して、呼吸をするように敵を殺していく。
一機、また一機と撃墜していくごとに発光は強さを増していく。
ドクドクと心臓は早鐘を打つように鼓動して、体中が焼けるように熱かった。
熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い――頭に、心に、流れ込んでくるッ!?
心を侵食する何か。
俺の心の中で笑みを浮かべている何か。
主導権を取られそうになっている。
このままでは、敵味方関係なく全てを破壊する化け物になってしまう。
自分が自分でなくなってしまう、そんな強い危機感を抱いた。
俺は体中の熱を振り払うように、強引にシステムを解除しようとした。
激しく抵抗すれば、機体は空中で静止してギギギと音を立てて無理やり動こうとする。
《もっと、もっとだ。もっともっと寄越せッ!!!! はははははははは!!!》
こいつは何だ。俺の中で高笑いを上げているこいつは、何だッ!?
結エネルギーの副作用なのか。
それとも、それに触発されて何かの不具合が発生したのか。
抵抗すれば、体に電流が流れるように鋭い痛みが全身を駆け巡る。
俺は叫び声を上げながら、緊急停止用のコマンドを発する。
シュミレーターであれば、それが取り付けられている筈だ。
「シュミレート、緊急、停止ッ!!」
《音声コードを確認。シュミレートを中断します》
全身を襲っていた痛み。
それが和らいでいって、やがて完全に消えた。
シートは形を戻していって、コックピッド内は暗くなっていった。
俺は呼吸を荒げながら、ズキズキと痛む心臓を押さえていた。
全身から汗が出て、スーツ内は嵐の中を走って来たかのように濡れていた。
強い吐き気に、眩暈もする。
今にも食べてきた朝食をぶちまけそうであり、俺はかしゅりと音を立てて開かれた扉を潜って外に出た。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
口元を押さえながら、俺はよろよろと歩く。
足がもつれて倒れそうになった。
しかし、誰かが俺を受け止めてくれた。
顔を上げれば、俺の事を心配そうに見つめるイソカワが立っていた。
「顔色が悪いようですが……負荷が強かったですか?」
「アレは、何なんだ。別の何かが、俺の心を……ぅ!」
吐きそうになるのを必死に堪える。
すると、計器を見ていたクロウ・ハシマが近寄って来る。
事前に指示を出していたようで、別のスタッフがタンカーを運んできた。
「ふむ、副作用は確認されていたが……今回のものはまた別の事象だねぇ……君が乗ったからかな?」
「ふざ、けるな。そんな話は、聞いていないッ!」
「おぉ、そんなに怒らないでくれ。何せ、我々もつい最近、結エネルギーの事を教えられてね。まだ全てを知っている訳ではないんだ。いや、本当に申し訳ないがね」
俺をタンカーに乗せようとしてきたスタッフ。
その手を振りほどいて、俺は主任の胸倉を掴んだ。
そうして、怒りの籠った眼差しで睨みつけながら誰がこんなものを教えたのか問い詰める。
すると、主任は暫くの間考えていて――にやりと笑う。
「デモンストレーションが終われば、教えるよ。その方が、君も協力する気になるだろ?」
「……くそが」
主任から乱暴に手を離す。
そうして、割り当てられた部屋に戻ろうとした。
しかし、イソカワが目の前に立ち塞がる。
「……まだ、乗れと言いたいのか?」
「い、いえ。そのような事は……ただ、精神面に多大な負荷が掛かっている可能性があるので、念の為に医務室に来てください。これだけは、パイロットの安全の為に守ってもらいたいので」
イソカワは毅然とした態度で言う。
俺は暫く考えてから、なら案内してくれとお願いした。
クロウ・ハシマは気に食わない。
しかし、このイソカワは単純に俺の身を心配しているだけだった。
イソカワはホッと胸を撫でおろしてからタンカーを下がらせた。
そうして、主任に一声を掛けてから俺を医務室に案内し始めた。
俺はゆっくりと彼の後をついていく。
チラリと後ろに目をやれば、クロウ・ハシマが髭を撫でながらぶつぶつと何かを言っている。
熱心に何かを考えている様子であり、どうせ碌な事ではない。
俺は視線を前に戻して歩いて行った。
気分は最悪であり、今でも吐き気が俺を襲っている。
しかし、あの現象は全員が体験するものではないらしい。
クロウ・ハシマは俺が乗ったことによって起きたのではないかと漏らしていた。
それはつまり、俺の心を侵食したアレは……俺の心の何かなのか?
分からない。何も分からない。
あんなもの何て知らない。
俺は俺であり、この心はたった一人のものだ。
それでも、阿修羅システムによって現れたアレの笑い声は確かに聞こえていた。
心の奥底から響く声であり、嬉々として敵を倒していたのもそいつだ。
ずきりと頭が痛くなる。
俺は片手で頭を押さえながら足を止めた。
ポッドの扉が開いたのに、その前で止まった俺を見てイソカワは心配して声を掛けて来る。
俺はゆっくりと深呼吸をしてから、何でも無いと伝えた。
何かを掴みそうになる時、俺の頭は痛みを発する。
それはまるで、体が拒絶反応を起こしているようで。
俺は得たいの知れない何かに怯えながら、ポッドの中で静かに床を見つめていた。




