118:微笑むように輝く宝物
治安部隊が消えた戦場。
反政府軍のメンバーが敵の機体の残骸から使えるパーツを選別している。
血と硝煙、肉が焼け焦げた臭いが混じり合った場所で作業をする男たち。
一刻も早くこの場を離脱しなければ、敵の第二陣に壊滅させられるだろう。
焦りと恐怖を多分に含んだ顔には、玉のような脂汗が滲みだしていた。
俺はメットを脇腹に抱えながら、彼らを見ていた。
慌ただしく動き回り、時折、怒声が聞こえてくる。
改造したメリウスの修理もしているが、見たところ応急的な感じか。
無事な機体は資材の運搬用として使っている。
旧型のキャタピラ式であり、その燃料はガソリンだろう。
燃費は悪そうで、煤汚れた排気ガスが錆びついたマフラーらしき物から放出されていた。
間違っても俺はあんな骨董品では戦いたくない。
絶対に死ぬだろうから。
作業をしている人間たちは、チラチラと俺を見ていて。
怯えが多分に含まれた視線にも慣れたものだと考えていた。
そんな視線を無視しながら、俺は通気性の悪いスーツを片手でパタパタと動かした。
拠点がバレたことによって、此処を放棄するとリーダーの男が言っていた。
予備の拠点まで護衛しろと命令されたが、それは契約の内に入っていないと伝えた。
拒否権は無いと言わんばかりにライフルの銃口を向けられたが、俺はそれを無視して外に出た。
パーツを拾っている人間に、負傷者の治療をしている人間もいる。
慌ただしく動き回っており、俺は腰に付けたボトルを取って蓋を取った。
中に入れた水を飲みながら、俺は近くに着陸したメリウスに目を向けた。
黒く赤い文様が刻まれた鎧のような外装のメリウス。
それは仲間であるサイトウさんの機体で。
ハッチを開いて中からタンクトップに灰色のズボンを履いた彼女が降りて来る。
ラフな格好であり、出撃前にそれで出るのかと彼女に聞いた。
すると、何がいけないのかと不満を顔に表しながら彼女は機体に乗り込んで。
こうして、朝飯前のように敵部隊の殲滅を終わらせた。
恐ろしいまでの力量で、敵には回したくないと素直に思う。
三年間、共に戦ってきて彼女の性格は理解している。
歯向かう人間は殺し、非合理的な行動には従わない。
自分を持っているのかと聞かれれば、それは違うと俺は否定する。
彼女は告死天使の命令に従ってあらゆる紛争地帯へ出向いて、敵を撃滅していった。
彼女の異名は”夜叉”であり、多くの敵から恐れられている。
告死天使とその仲間は手配書に名が載っている。
俺もその内の一人であり、年々、その金額は跳ね上がっていた。
俺たちの一人でも倒す事が出来れば、傭兵としての名が上がるらしい。
愚かな挑戦者は毎回現れるが、今まで一度たりとも負けた事は無かった。
面倒事は増えたが、これは俺が選択した道だ。不満は無い。
ロープが下へと降りてきて、彼女はゆっくりと地面に足をつく。
そうして、俺の前に立ちながらジッと俺を見つめてきた。
何か言いたげな顔で……いや、表情には変化がない。
ただ俺の事をジッと見つめている。
俺は無言でボトルを彼女に渡した。
すると、彼女はそれを受け取ってから中身を静かに飲み始めた。
喉が渇いていた様子であり、暫く水を飲んでいた。
やがて、水を飲むのを止めてボトルを返してくれた。
俺はそれを受け取ってから周りに目を向ける。
「此処は放棄する様ですよ。奴ら、次の拠点まで護衛しろと言っています……どうしますか?」
「知らない。私は帰る」
「……ですよね。じゃ、帰りましょうか。報酬は?」
「前払いで貰っている。もう此処に用は無い」
「分かりました……と、出てきましたね」
サイトウさんと話をしていれば、中から鬼の形相の連中が出てきた。
帰ろうとしている俺たちを呼び止めながら、護衛することを強要する。
強い言葉を使っており、頼むべき相手に銃口を向けているのだ。
話をする機会なんて無く。俺は小さくため息を吐きながら、ある人物に連絡を繋いだ。
ワンコール、ツーコールと鳴って――繋がった。
「俺だ。もめている。何とかしろ」
《……承ります》
電話をした先の相手は面倒そうに返事をする。
俺はそれを無視して端末をリーダーの男に投げた。
男は慌てて端末をキャッチして、声を張り上げながら電話を始めた。
サイトウさんはそんなやり取りに興味は無いようで、水を飲んだだけで帰っていった。
俺は腕を組みながら暫く奴らのやり取りを眺めていた。
やがて、互いに納得したようで話し合いが終わる。
男は幾分か冷静さを取り戻してから、俺に端末を返してきた。
俺はそれを受け取ってから、電話先の女にどうなったか聞いた。
《追加の依頼です。此処より北西にある治安部隊の駐屯地を潰してきてください》
「……何の冗談だ」
《冗談ではありませんよ? 拒否権は認めますが……逃げますか?》
女は慣れない挑発を俺にしてきた。
こうすれば俺が引き受けると本気で思っているらしい。
普段なら無視する。金なんて必要ないからな。
しかし、少しでも天子の不興を買う可能性が存在するのであれば、拒否は出来ない。
弾薬もエネルギーの補給もしていない状況で。
俺は迷う事も無く、追加の依頼を受ける事を決めた。
エネルギー残量は問題ないが、弾の残弾が心もとない。
最悪の場合は、敵の武器を強奪して使う事になるだろう。
頭の中で色々と考えながら、俺は真顔で電話先の女に情報を要求した。
「……精確な座標を送れ。それと敵の人数と配備されているメリスウの情報もだ」
《了解しました。今から送ります。ご武運を》
ぶっきらぼうに武運を祈られても何のありがたみも無い。
俺は通信を切ってから端末に送られてきた情報に目を通す。
チラリとリーダーの男を見れば、目を細めながら俺を見ていた。
「……かつての英雄も、今はただの便利屋か」
「……好きなように思えばいい」
俺は奴らに背を向けて歩き出す。
リーダーの男は俺から視線を逸らして仲間たちに指示を飛ばした。
奴らの事情何て関係ない。どう思われても興味は無い。
俺はただ目的の為に行動をするだけであった。
ボトルの蓋を閉じて腰に下げる。
サクサクと大地を踏み締めて歩いて行った。
すれ違う男たちは俺を見ることなく走っていく。
俺は雷切の場所へと戻って、下がっていたロープを掴んでハッチまで上がった。
体が上へと持ち上がっていき、下を見れば子供が見上げていた。
不細工な人形を片手に持ちながら、子供はにかりと笑う。
俺はそんな子供に微笑みながら、コックピッドの中に入っていった。
シートに座って、ハッチを閉じさせる。
コンソールを叩いて、システムをチェックする。
簡易的な診断を終わらせて、コンソールを戻す。
そうして、子供や他の人間が離れていったのをディスプレイ越しに確認した。
端末の情報をAIに読み込ませる。
そうして、ディスプレイに表示されたマップに反映させた。
此処からなら敵の駐屯地まではさほど遠くは無い。
通常速度での飛行であれば、およそ二時間ほどで着く。
「……偶然か。狙ってそこに駐屯地を置いたのか……いずれにせよ。敵の増援が来るか」
用意をしている間に、敵も部隊の再編を終えて攻め込んでくる。
逃げながらの戦闘では完全に分が悪い。
だからこそ、俺に護衛をするように命令してきたのだろう。
あの女はそれでは効率が悪いからと、俺に駐屯地自体を叩くように言ってきた。
お前なら出来るだろうという感じで……簡単に言ってくれるな。
信頼されている訳ではない。
データで見た俺の戦闘記録から、その作戦の成功率が高いと判断しただけだ。
奴らは常に効率の事ばかり考えて、安全面を考慮しない。
だからこそ、今までも渡された依頼は碌なものでは無かった。
汚れ仕事に汚れ仕事で……俺も落ちぶれたものだ。
「敵の索敵範囲まで自動操縦で飛行。レーダーにキャッチされたら知らせろ」
《了解しました》
音声によりシステムに命令を下す。
そうして、レバーから手を離してからゆっくりとシートに身を預けた。
機体は動き出してゆっくりと上昇していく。
そうして、目的地まで自動で飛行を開始した。
慣れた重力に身を任せながら、俺は大きく息を吐いた。
少しだけ睡魔に襲われるが、意識を失うほどではない。
軽く目を閉じながら、俺は考え事をする。
思い出すのはかつての仲間たちの顔で。
今でもショーコさんやゴウリキマルさんの笑顔が思い出せる。
それと同じくらい、ゴウリキマルさんの悲しみに満ちた声が頭から離れない。
彼女は今、何をしているのか。
俺を忘れてくれたか。楽しく過ごしてくれているか……少し寂しいな。
自分から彼女を突き放したのに。
忘れられてしまったと思えば、ちくりと胸が痛んだ。
俺は小さく笑いながら、目を開けて首から下げたアクセサリーを手に取った。
服の中から取り出したそれはキラキラと輝いている指輪で、大切な友達から送られた品だった。
彼女と過ごした時間を、俺は今でも大切に思っている。
「……オリアナ。俺はまた、失敗したのか?」
ひんやりと冷たい指輪。
返事が返ってくる事は無く。
俺はゆっくりと指輪がついたそれを服の下に戻す。
大切に、大切に仕舞いながら俺はもう一度目を閉じた。
暗闇の中には誰もいない。ただただ孤独の世界で、俺は静かに吐息を零した。




