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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第三章:希望の星は、流れ墜ちていく

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116:何処までも追いかけて(side:ゴウリキマル)

 あれから私は泣いてばかりいた。

 アイツが去っていってから、自室に籠って泣いていた。

 私を心配して色んな奴が訪ねてきた。

 しかし、私はそれを無視し続けた。


 誰とも話したくない。

 誰とも会いたくない。

 私はアイツに会いたいのに、アイツは去っていった。


 最後の言葉を思い出せば、また涙腺が緩む。

 涙は出尽くした筈なのに、また泣いてしまいそうだった。

 辛くて、痛くて、吐きそうで。

 私は体に巻いたシーツをギュッと掴みながら、涙を堪えて震えていた。


 そんな時に腹の虫が鳴いた。

 悲しいのに、辛いのに、腹は減るものなのか。


 どんなに悲しくても、どんなに辛くても腹は減る。

 情けない音を出しながら、さっさと何か食べろと主張する腹を摩る。

 そうして、シーツに包まっていた私はもぞもぞと服を着替えた。

 ぼさぼさの髪によれよれのシャツとズボン。

 誰がどう見たって病んでいますといいたげな格好で。

 私はスリッパを履いてから部屋の外へと出ていった。


 最後に飯を食べたのは何時だろうか。

 最後に誰かと話をしたのは何時だろうか。


 薄暗い部屋から外へと出れば、サッと窓から差す光が眩しかった。

 片手で目を覆いながら、私は薄っすらと開いた目で回りを見る。

 まだ誰も二階には上がっていない。

 下からカチャカチャという食器の音が聞こえてくる。

 鼻を慣らせば、焼けた小麦の香りが漂ってきてまた腹の虫が鳴った。


 公国との契約を切って、U・Mの働きかけで老人しかいない村に身を寄せていた私たち。

 使用人のような者も雇ってくれて、飯の支度などは彼女がしてくれていた。

 マサムネは恐らく、自分と一緒にいれば命の危険があると思ったのだろう。

 だからこそ、私たちに対してひどい言い方をした。

 その結果、世界中の人間は私たちに対して同情的な目を向けて来る。

 私たちはマサムネに利用されていただけの被害者だって……本当におめでたい奴らだ。


 茶色い壁に丸い窓が幾つか付けられた廊下。

 花瓶が一つだけ置かれたその廊下を進んでいく。

 のそのそと足を動かしながら、私は一階へと続く階段を下りていった。

 パタパタとスリッパの音を立てながら下へと行けば、部屋の扉が開かれる。


 開いた扉からひょこりと可愛らしい顔の少女が現れた。

 彼女は私の姿を見て大きく目を見開いていた。

 今にも泣きそうな表情で目をうるうるとさせている。

 私は口をへの字にしながら、何と言えばいいか迷っていた。

 

「おはようございます!」

「……あぁ」


 黒い給仕服を着た幼い少女は、元気に挨拶をしてきた。

 戦争被害によって家や家族を亡くした彼女の名はマリアという。

 母親譲りのプラチナブロンドを肩口で切り揃えていて。

 ぱっちりとした父親から受け継いだエメラルドグリーンの瞳をしている。

 身長は私よりも拳一つ分ほど低く、年齢はまだ十三だと聞いていた。


 身寄りの無い彼女をU・Mが運営する孤児院は引き取った。

 そうして、彼女が将来働きに行っても困らないように家事などに関する知識を教えたらしい。

 その結果、今回の事件で身を隠すことになった私たちへの支援という形で彼女が派遣された。

 元々は別の人間が派遣される予定だったらしいが、この少女の強い希望でこうなった。

 給仕として雇われた彼女の他に、外にはメリウスの操縦も出来る護衛官が三人待機していた。

 完全にVIPへの対応であり、内心では必要ないと思っていた。


 しかし、実際にはこの幼い少女に頼りきりになっている。


 現実へと戻る事もせず。

 ただ泣くばかりの私に温かい食事を提供してくれて。

 励ましの言葉も、彼女から何度も貰っていた。

 私はそんな少女の言葉も無視して、自分の殻に閉じこもっていた。


 私は気まずげに声を出しながら、一階へと降りる。

 そうして、彼女と共にリビングに入っていった。

 赤い絨毯が敷かれて、四角いテーブルが一つと椅子が四脚。

 薄型のテレビが一つ設置されていて、カーテンが開かれた窓の外には手入れされた庭が広がっていた。


 こんなに広い家なんていらない。

 家が広ければそれだけ寂しさを感じてしまう。

 マサムネがいなくなってしまった私は、シーツに包まって寂しさを紛らわせていた。

 また辛い記憶を思い出して、心臓がズキズキと痛くなった。

 しかし、そんな私など見えていないのか少女はサッと椅子を引いていた。


「お食事のご用意は出来ていますので! ささ、どうぞ!」

「……ありがとう」


 マリアに椅子を引かれて、私は成すがままに座る。

 テーブルの上には柔らかそうなパンやコーンスープが置かれていた。

 瑞々しい野菜で盛り付けられたサラダと新鮮な水。

 質素でありながら、一つ一つ丁寧に作られている事が分かる。


 私は無言でパンを手に取って千切った。

 そうして、それを口の中へと入れて噛む。

 一噛みするごとにパンの甘みが口に広がっていく。

 すきっ腹にはこれ以上ないほどの贅沢だ。

 極上のパンを味わいながら、残りはスープに付けて食べていった。


「……美味い」

「ありがとうございます!」


 私がぼそりと感想を言えば、マリアはニコリと笑う。

 無邪気な笑みだと思いながら、私はもそもそと食事を進める。

 久しぶりの食事で、温かなパンは心を少しだけ満たしてくれる。

 ふと、気になったことがあった。何時も賑やかなアイツがいない。


 ……そういや、アイツは何処だ。


 私と一緒にこの家へと移り住んだ人間。

 凄腕の元傭兵でありながら、現役の女子高生で。

 マサムネが私たちを遠ざけた後も、一人でぷんすか怒りながら何かをしていたあいつ。

 何をしているのだろうとは思っていた。

 しかし、私は自分の事で手一杯で、アイツに構ってやれる暇は無かった。


「……アイツ……ショーコは何処に行ったんだ?」

「あ、ショーコ様ですか? うーん。私が声を掛ける前に出ていかれたので……ただ……」

「ただ?」

「あ、いえ……何かを嬉しそうなご様子で。ニコニコと笑いながら出ていかれました」

「……何だろうな」


 アイツが笑いながら出ていった。

 あんなにもカンカンに怒っていたアイツが笑って出ていったのだ。

 嫌な予感もするし不安もある……でも、少しだけ期待もしていた。


 私は落ち込んでばかりだったが、アイツは何時も前向きだった。

 怒っていながらも、マサムネの事を信じていて。

 一人で行動していたのも、きっとアイツの為の何かだろう。


 羨ましかった。

 くよくよせずに前だけ見ていられるアイツが羨ましかった。

 私もアイツのようになりたい。

 泣いてばかりでなくて、アイツの為に何かしてやりたい。


 今、アイツは誰よりも孤独だ。

 信じていた人間を助ける為に、自分から炎の中に飛び込んだんだ。

 信じられる仲間は近くにいない。

 助けてくれる仲間も……いないかもしれない。


 悪意に晒されて、常に周囲から敵意を向けられる。

 安心できる場所もなければ、身を寄せ合える仲間もいない。

 アイツはこのまま炎に身を焼かれて、体中に傷を増やしていく。

 体だけならまだ良いかもしれない。

 心が、少しずつ傷ついいって……壊れてしまうかもしれない。


 誰よりも優しいあの男が、何時も笑っていたあの男が。

 心と体を傷つけて死んでいく姿は――私は見たくない。

 

 私はパンを皿に戻した。

 そうして、ゆっくりと両手を上げて――頬を強く叩く。


 ひりひりと頬が痛みを主張してくる。

 真っ赤になっているであろう頬を摩りながら、私は小さく笑う。

 これくらいの痛みが丁度いい。心の痛みを紛らわせる。

 止まっていた足を進める為に、私は笑った。

 

 

「……泣いても、どうにもならない……私も行動する時だ」

《――よく言えました!! じゃ、さっさと出発だー!!》


 

 端末から声が聞こえた。

 聞き覚えのある元気はつらつな声にびくりと肩を揺らした。

 すると、遅れて地面が揺れ始める。

 何かが近づいてきているのか揺れが大きくなっていく。

 外から護衛官の焦っている声が聞こえてきた。

 何やら「逃げろォ!!」と叫んでいるが――ガシャンと音がした。


 リビングに何かが突っ込んできた。

 バラバラと砂塵が舞って美味しかった食事が吹っ飛ぶ。

 マリアはガタガタと震えながら頭を両手で覆って身を縮こませていた。

 私はゆっくりと突っ込んできたそれに視線を向けた。

 すると、ガチャリと扉が開け放たれて、誰かが出てきた。


 真っ白な特攻服のようなものを着た女。

 釘バッドを肩に担ぎながら、女はくいっと親指を後ろに向ける。


「乗りな!」

「……ふ」

「え、鼻で笑った?」


 何をしていたのかと思えば、この大型のトレーラーは何か。

 ガチガチに装甲を足したそれは、簡易的な要塞で。

 後ろの方に目を向ければ、メリウスが一機余裕で収容できるスペースがある。


 大体の想像は付く。

 こいつが何を考えてこんなものを用意したのかも。

 しかし、聞かずにはいられなかった。


「……何処で調達した?」

「ネットで買ったんだよ! 高かったんだからねぇ」

「……これで、何処に行く気だ?」


 私が何気なく尋ねれば彼女はニヤリと笑う。

 そうして、人差し指を天に掲げながら宣言した。




「世界の果てまで――おじさんを探しに行くよ!!」

「……は、気に入ったぜ」




 ずいっと手を差し出せば、ショーコはがっしりと握って来る。

 固い握手を結んでから、用意をしてくることを伝えた。


「え、さっさと行こうよ!」

「馬鹿か!? こんな格好でうろつけるか! いいから待ってろ!」

「うぇー? はぁ……マーちゃん。お腹空いたから何か用意して!」

「え、その。朝食は今の衝撃で……そこに」


 べちゃりと床のシミとなったそれ。

 ショーコはそれを見ながらショックを受けていた。

 そうして、膝から崩れ落ちてさめざめと泣いていた。

 相変わらずマイペースな奴だと思いながら、私は準備をしに行った。


 リビングから出て二階へと向かう。


 最初の時の頼りない足取りではない。

 しっかりと床を踏みしめて歩いて行った。

 一段一段、階段を踏みしめながら私は瞳を輝かせる。

 

 

「……何処に行っても追いついてやる。お前が突き放しても、私たちはお前を探し出して見せる……私はお前の相棒だ」


 

 何年かかっても、何十年かかっても――絶対に見つけ出して見せる。


 

 私は新たな誓いを立てる。

 それは去っていった相棒を探し出す誓いで。

 アイツを孤独から救う為に、私は前へと歩みを進めた。

 

 例えどれだけの時間が掛かろうとも――アイツを見つけてみせる。

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