114:闇への誘い
全身を包む拘束具によって自由が奪われた。
俺は薄暗い牢屋の中で、壁に背を預けていた。
食事は一日に一回だけで、用を足す時も監視される。
完全に自由を奪われた状態で何日も経過していた。
今、外で何が起きているのか分からない。
アレだけしつこく俺を取り調べしていた人間たちも訪れなくなってしまった。
ジッと耐え忍ぶ。
今は自由を奪われていても、誰かが助けに来てくれるかもしれない。
国家転覆罪の嫌疑を掛けられていると言われたが、それは間違いだ。
俺は何も計画していない。俺は街を救う為に戦っただけだ。
何度も何度も取り調べをしてきた人間にそう訴えた。
しかし、誰も俺の話に耳を貸さない。
全ての人間が、俺を悪だと認識している。
理解できない力を持った人間を見れば、誰であれ恐怖の感情を抱くのか。
あの職員たちは、恐らくはヴォルフさんが言っていたWMの人間だろう。
言動からして、己たちこそが正義だと疑っていない奴らで。
最初から悪だと認識している人間の話なんて聞く気も無い筈だ。
時間だけが経過していく中で、妙な焦りを感じていた。
このまま此処でジッとしてればまずい。
何か重大な失敗を犯して、それがどんどん広がっていっている気がする。
助けを待っているでだけではダメだ。
此処から抜け出す方法は何かないのか……足音が聞こえてくる。
カツカツという靴の音で、それが真っすぐ此方に向かってきている。
俺は誰が来たのかと音のする方に視線を向けた。
すると、牢屋の端から人が現れて、鉄格子の前にそいつ等が立った。
ライフルで武装した人間が四人。
真ん中に立つのはちょび髭をはやした腹の大きな男で。
胸に勲章のようなものを付けて見せびらかす男は、冷めた目で俺を見ていた。
俺は薄い笑みを浮かべながら、何の用かと男に尋ねた。
こいつの事は知っている。
何度も取り調べをしに来ては、俺に脅迫まがいの言葉を吐いていた男だ。
このまま何も話さなければ、お前の仲間にも捜査の手を伸ばすと。
仲間を守りたいのであれば、全てを自白しろと言っていた。
そんな男が数日してまた現れて何の用なのか。
俺の言葉に男は口角を僅かに上げる。
「良い知らせと悪い知らせがある。何方を先に聞きたい?」
「……良い知らせってのは?」
「もう取り調べをする必要が無くなった。良かったな」
男は鼻を鳴らしながら良い知らせを教えてきた。
しかし、含みのある言い方であり、完全に何かが起きていた。
俺は冷や汗を流しながら、悪い知らせは何かと聞いた。
すると、奴は三日月のように口を歪めて嬉しそうに言葉を発した。
「判決が下った。貴様はSSS級のテロリストと判断し、”浄化塔”への移送が決まった。喜べ、死刑ではなく終身刑だ……まぁ最も、浄化塔で一生を終える前に、精神の崩壊の方が先だろうがな。くくく」
「……冗談、だろ。俺はまだ、裁判すら受けて」
「必要ない。証言が取れて、民衆の意思もそうしろと……あぁ、まさか、あのアリア・マクラーゲン中佐が国家を崩壊させる計画を練っていたとはなぁ」
「――今、何て言った」
「ううん? 聞こえなかったか。あの売女は、お前を駒として利用して公国を陥れようとしていたんだよ」
「出鱈目を言うなッ!! 中佐は自らの命を犠牲にして公国を救ったんだぞッ!!」
「あぁ? 自らの命を犠牲にぃ? だったら何故――部下たちが中佐殿の計画を自白しているんだぁ?」
「中佐の部下が、じ、はく――おい! まさか!?」
あり得ない事だ。
しかし、そうとしか思えない。
俺が奴を睨みつけながら不安を口にすれば、ゆっくりと端末を取り出した。
短い操作を終えて映し出された映像には、取り調べ室で証言をしている偽物たちが映っていた。
奴らは中佐が今回の敵の進行を手引きしていたことをさも真実のように語っていた。
帝国軍の進行と見せかけて、公国との間に亀裂を生んで再び戦争を起こす。
そうして、俺が戦場にて戦い華々しい戦果を挙げれば自らは安全に出世出来る。
軍人が出世する為には戦いが必要――何を言っているんだ?
映像は続いていて、次に出てきたのは陸軍省の少将で。
その男はマクラーゲン中佐から会談時の警備に自分の部下を入れるように頼まれたことを話していた。
今思えば、俺を強引にねじ込んだのは不自然だったと語っている。
また別の映像に切り替わる。
今度は会議場で偉い立場の人間たちが話し合っている。
彼らはマクラーゲン中佐の死を不審がっていた。
死体の一部も見つかっていない、そもそも中佐があの作戦を実行したのかと。
あの女は部下たちが裏切ったことを知って、自らの死を偽装して逃げたのだと――何を、言っているんだ?
出鱈目だ。どれもこれも嘘っぱちだ。
中佐は誰よりも早くに敵の狙いに気が付いていた筈だ。
その上で行動して、最悪の結果を回避した筈だ。
中佐は誰も貶めたりしていない。
あの人は誰よりも平和を望んでいて。
誰よりもこの国を愛していた――それなのに奴らは裏切ったッ!
国を愛して、国を守った人間を見捨てた。
民衆は完全に中佐や俺を敵と認識して。
軍の上層部も完全に俺たちを切り捨てる腹積もりだ。
頼みの綱は、ムラサメ・ゴトウくらいだが……何故、何も言わないんだ?
あの人ならばそれなりの発言権を持っている筈だ。
中佐ともやり取りをしていて、今回の事件も知っている。
あの証言をしている奴らは偽物で、あれらの発言には意味が無いと。
何故、あの人はそれを知っていながら何も言わないんだッ!?
「使用禁止命令が出ている武器の携帯に発砲。独断での行動に、中佐にだけ敵の進行ルートを知らせていた……これだけあれば、裁判などする必要は無いだろう?」
「待て、こんな事が許されるのか? お前たちの正義は何の為に」
「――民意だよ。この世界に住む民の意思を我々は尊重する。民意がお前を裁けと言っているんだ」
「……っ!」
男は邪悪な笑みを浮かべる。
そうして、奴は移送は明日に行うという事を告げて去っていった。
残された俺は力なく壁に背を預ける。
中佐が行った事が全て裏目に出た。
俺が中佐にだけ送ったメッセージがこんな形で俺たちを縛る。
逃げ場は無く、誰も助けには来られない。
中佐は反逆者として歴史に名を遺す。
俺自身も、国家を陥れようとした犯罪者として……もう、ダメなのか?
まるで、壁の外から民衆の声が聞こえてくるようだった。
理解できないものへの恐怖。
それが理不尽な怒りとなって声になっている。
理解できないもの、抑えられないもの、掴めないもの――彼らは俺を消すつもりだ。
もうどうする事も出来ない。
もう俺には何も出来ない。
仲間を守る事も、想いを受け継ぐ事も。
俺自身を知る為の行動も出来ない。
希望は潰えて、その火は静かに消えていった――
《お前は理解していない。お前に選択肢などない。お前の小さな希望は、すぐに消えてなくなる……寄る辺を失くし、進むべき道が崩れ去った時……お前は我らの元に来るだろう》
あの時に聞いた告死天使の言葉が脳裏を過る。
希望が消えてなくなった時に、俺はアイツ等を頼ると。
俺の道は崩れ去った。
灯っていた希望の火も消えてなくなった。
真っ暗闇の中で、何も掴めなくなった俺は――薄く笑う。
その時に、悲鳴が聞こえた。
先ほど聞いていた男の声で、短い銃声が聞こえたと思えば途端に静かになる。
そうして、コツコツと靴の音が近づいてきた。
何かが牢の前に立つ。
そうして、ガチャリと扉の鍵を外して中に入って来た。
俺はゆっくりと視線を上に向けた。
するとそこには、闇よりもどす黒い瞳をした女が立っていた。
敵の返り血を浴びて、手に持つナイフからは赤黒い液体が滴り落ちていた。
「……決まった?」
「……随分とタイミングが良いじゃないか」
頬に大きな傷跡がある女には見覚えがある。
この女は告死天使と共にいた奴で。
恐らくは、奴の命令で俺を助けに来たのか。
助けに来ても、殺しに来ても関係ない。
どうせ俺の道は絶たれてしまっていた。
仲間の元に戻る事は不可能で、道を堂々と歩けるような立場でも無くなった。
悔しいが、あの男の言う通り俺の小さな希望は無くなってしまった。
俺はその時が来ても悩んでいた。
奴らについていくことは本当に正しいのかと。
選択肢が無いのは理解している。
此処に残っても、俺は一生を牢の中で過ごす事になる。
しかし、ゴウリキマルさんたちの顔がチラつくのだ。
俺を信じてくれる人間はまだいる。
そんな彼女たちを見捨てて、俺はついて行ってもいいのかと。
「居場所はない。何処にも行けないよ」
「……分かってるよ。分かってる……一つ、お願いをしてもいいですか」
「……何?」
彼女は敵から奪った端末のスイッチを押す。
すると、俺の体を縛り付けていた拘束具は解除された。
ゴトリと床に落ちて転がったそれを一瞥して、俺は床から立ち上がった。
そうして、真っすぐに彼女を見つめながら願いを告げた。
「――俺の声を届けたい。全ての人間に、伝える事がある」
今更、感情や理性に訴える事は不可能だ。
碌な証拠もない中で、彼らに信じて欲しいと言っても無駄だ。
それを理解した上で、伝えるべきことがある。
例え、俺自身が犠牲になったとしても――守るべきものがある。
俺が覚悟を決めたのを感じて、女は踵を返す。
無言でついて来いという彼女についていきながら、俺は茨の道へと足を向けた。




