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113:心を染め上げるもの

 限界を超えての飛行。

 スラスターからけたたましい音が鳴り響き、機体が激しく揺れる。

 流れていく景色を見る事も無く、瞳の中に映る未来だけを見ていた。


 敵の機動を阻止して、敵の弾道を予測する。

 弾丸が派手な音を立ててバラまかれて、その隙間を縫うように機体を動かす。

 機体が大きく回転し、プロミネンスバスターのシリンダーが激しく動く。

 エネルギーを充填させて発射すれば、触れたもの全てが蒸発する。

 その最期を見る事も無くペダルを強く踏んで加速。

 システムでも追いつけないほどの機動に、体から悲鳴が上がる。

 けたたましい音も一瞬で遠のいていき、機体全体に風のバリアが張られた。


 光が線となって流れ、音が一瞬で消えていく。

 敵の数が減っていく中で、己の中に確かな高揚感が生まれる。

 神にでもなったかのような全能感で。

 節々の痛みも僅かな吐き気も気にならないほどに気分が良い。

 手足のように機体を動かせる。

 何処までも高く、誰よりも速く機体を動かせる。

 誰も追いつけない、誰も前に出れない。

 道を塞ぐことも、阻止する事も出来ない――俺は自由だ。


 遥か上空へと飛翔。

 グングンとスピードを上げて垂直に飛ぶ。

 そうして、空で舞う鉄くずを追い越した。

 光が消えていき、どんどん空が暗くなっていく。

 それを見ながら、最大までプロミネンスバスターをチャージする。

 限界を超えるほどの熱量であり、コックピッド内は強い熱気に包まれた。


 ディスプレイ内に映った一つの大型のシャトル。

 それへとロックオンを完了させる。

 敵は危機を察知して、シャトルの武装を全て展開した。

 シャトルから延びる砲身が此方に向いて、勢いよく光線が放たれた。

 それを紙一重で回避。ライフルの銃口を向けながら、俺は強くボタンを押した。


 銃身から勢いよくレーザーが放たれる。

 一直線にシャトルへと殺到するレーザー。

 それがシャトルの装甲を貫いて、シャトルは半ばから折れて激しく爆発した。

 宇宙の中で輝く花火を見つめる。

 俺は何も思う事も無くそれから視線を逸らして、地球へと帰還していく。


 エンジンを停止して、機体を落下させる。

 機体の降下速度は徐々に上昇していって。

 機体は摩擦熱によって激しく熱せられた。

 サウナに入っているような感覚を覚える。

 俺は瞼を閉じながら、孤独な世界で思考に耽った。


 真っ暗闇の中でアラートが響く。

 それを無視しながら、俺は中佐の顔を思い浮かべる。

 もう涙は出尽くした。悲しむ時は終わった。


 瞼を開けて、敵の気配を感じる。

 システムを再始動させて、レバーを引いた。

 機体が回転して、敵の攻撃を寸での所で回避する。

 雷切の装甲を軽く撫でて、敵の弾丸が通り過ぎていった。

 ディスプレイに敵の機影が拡大されて表示された。

 それは見間違う筈も無く――あのファルコンⅢであった。


「……死んで生き返って。また死んで、生き返らせる……終わらせてやるよ」


 シャトルが破壊される前に発艦したであろうファルコンⅢ。

 赤い単眼センサーが俺へと向けられて。

 長大なライフルの銃口が真っすぐ俺へと向いていた。

 

《化け物め。お前は此処で、死ねッ!!!》


 深い恨みが籠った叫び。

 敵の殺意を受けながら、俺はレバーとペダルを操作する。

 連続して放たれた弾丸を直前で回避。

 機体を軽く撫でるだけのそれを見る事もしない。


 システムの再始動。間を置くことなく回避。

 雨のように降る敵の攻撃の先を読む。

 更に加速――機体が激しく揺れる中で、後方を追ってくるハイゼン。


 スラスターの位置を調整。

 機体が大きく回転して光の粒子が舞う。

 ハイゼンはそれを視界に入れて煩わし気に舌を鳴らす。

 奴は怒りに囚われている。冷静さを失っており、操縦に精彩さを欠いていた。


 首都から離れて、せりたつ山々の間を飛ぶ。

 未来を全て見て、それが当然のように機体を操作する。

 ハイゼンはついてきている。しかし、ギリギリの回避だ。

 減速もすることなく追って来て、ライフルの弾丸を立て続け放ってくる。

 それを回避すれば、外れた弾丸が山の斜面は深々と抉った。


 俺は呼吸を止める。

 そうして、スラスターを全て停止させた。

 ハイゼンの驚きの感情が伝わる。

 しかし、奴はライフルの照準を俺へと向けていた。

 引き金を引いて弾が放たれる瞬間――スラスターを再点火した。


 空気抵抗によって機体の向きは僅かに変わる。

 山の斜面へと進んでいた機体。

 勢いよくスラスターからエネルギーが噴射された。

 体が横から巨人の手で推し潰されるような感覚。

 それを感じながら、弾が触れるコンマ一秒の差で回避した。


 機体の脇腹を弾丸が掠めていく。

 軽く装甲を抉られて、ハイゼンは驚きを露わにしながら何とか機体を上昇させようとした。

 呆気に取られて、攻撃に神経を集中させてしまった。

 だからこそ、迫って来た斜面に気づけなかった。


《グウゥゥ――ッ!!》


 奴が重いレバーを引き上げた。

 斜面へと突っ込んでいった機体は済んでのところで機体を持ち上げる。

 そうして、軽く機体で斜面を撫でながら何とか上昇した。


 俺はそんなハイゼンのファルコンⅢに狙いを定める。

 奴の単眼センサーが俺へと向こうとしていた。

 ゆっくりと感じる時間の中で、俺は静かに息を吸う。

 

 そうして、ボタンを指で押して――レーザーが放たれる。


 

《――お前が、お前が、お前如きがッ!!!!》

 


 恨みをぶちまけながら、奴のコックピッドに穴が空く。

 レーザーによって焼かれて。奴の生体反応がロストした。

 単眼センサーからは光が消えて、奴の機体は力を失って墜ちていった。

 俺は空中に浮遊しながら、敵の最期を見届けた。


 ゆっくりと首都へと目を向ける。

 ほんの一瞬のような出来事だった。

 綺麗だった空は黒煙に包まれて、敵の残骸が空を舞う。

 遥か上の場所では、流れ星のように地上へとシャトルの残骸が飛来する。

 しかし、細かなパーツは熱に耐えられずに小さくなっていた。


 

 終わった。何もかも終わった。

 帰ろう。皆の元へと。

 

 

 ペダルを踏んで機体を加速させる。

 そうしてグングンと首都へと距離を詰める。

 首都の中心付近で機体を停止させて、俺は空から地上を見た。

 避難シェルターから住人が出てきている。

 外の様子が気になって何人かが出てきていた。

 そんな住人たちは俺を眼に入れて固まっていた。


 誰も彼もが、手放しで喜んだりしない。

 全ての敵を殲滅して、五体満足で浮遊する俺を――恐れていた。


「……貴方の想いは無駄にしなかった。貴方は喜んでくれますか?」


 笑みを浮かべながら、俺はゆっくりと降下していく。

 気が付けば、街を守っていた公国のメリウスが傍に浮遊していて。

 武装を解除して降りて来るように言ってきた。


《大人しく投降しろ。貴様には――国家転覆罪の嫌疑が掛けられている》

「……分かりました」


 地面に機体の足を付ける。

 広々とした大通りに機体を降ろして、俺はゆっくりとコックピッドのハッチを開けた。

 カシュッという音共に外気が流れ込んできた。

 外の光を浴びながら、俺はコックピッドから出る。

 そうしてワイヤーのフックに足を掛けて下へと降りた。


 地上では武装した兵士が俺にライフルの銃口を向けている。

 無数の兵士の目からは多分な恐れを感じた。

 ぐるりと見渡してから、遠くにムラサメさんがいるのが見えた。

 彼は何も言うことも無く俺を見つめていて。

 ゆっくりと頭を下げてから、彼は顔を上げる事をしなかった。


 それを見届けて、俺は地面に足を付ける。

 すると、兵士たちが近づいてきて、俺に手を差し出すように言ってきた。

 俺はそれに従って手を向ける。

 兵士は腰から鉄の錠を取り出してそれを俺に嵌めた。


 冷たく無機質な枷を嵌められて、俺は薄い笑みを浮かべながら彼らに従って歩いていく。

 黒煙に染まった空を見て、これが全て俺がしたのだと再認識する。

 周りから恐怖に染まった目を向けられながら、俺はただ静かに笑っていた。

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