109:見えない一手を探して
翌日より警備隊に加わり、俺はシュミレーターの中の街を警護した。
基地にあったものよりも更に高精度のもので。
あらゆる状況を想定しての訓練が行われた。
民衆に紛れて移動車両に突っ込むテロリスト。
体に爆弾を巻き付けて襲い掛かるそれを特定し、無力化する警備隊のメンバー。
誰もが熟練の兵士以上の動きであり、統率の取れたそれからは迷いがない。
民衆に紛れようとも、スナイパーによる狙撃があろうとも。
ムラサメ・ゴトウは冷静に部下に指示を出していた。
指示を出す方が優秀で、それに従う部下も迷いがない。
敵が入り込む隙など無く。
彼らは俺たちが動く必要がないほど完璧に全ての事象に対応していた。
荒れた天候により視界が不良であろうとも関係ない。
与えられた装備を有効的に使い、地形のデータを頭に叩き込んでいる。
狭く入りくんだ道も、使われなくなった水路も覚えているのだ。
これでは、俺たちが下手に口を挟めば逆に混乱を生んでしまう。
俺はただ与えられた持ち場で、不審な人間がいないかを警戒していた。
何度も何度もやっているが、俺の持ち場を通る敵はいない。
当然の事だろうが、俺のような新参者に重要な場所の警備を任せる筈がない。
これではただボケっと立っているだけであり、あまり意味が無いように思えた。
だからこそ、休憩時間にムラサメさんに質問をしてみた。
何故、俺はあそこなのかと。
いや、聞かなくても分かる事だ。
下手に重要な場所を与えれば、色々と問題になるだろう。
活躍をすれば俺への扱いが難しくなり、失敗を犯せば立場が危うくなる。
だからこそ、さほど重要ではない場所で警戒任務をさせている。
そう思っていれば思っていた通りの回答を貰った。
俺は考えた。
他にも質問したいことは山ほどある。
しかし、休憩時間を割いて貰っているのであまり多くは質問できない。
だからこそ、俺は考えてある一つの疑問を投げかけた。
「……どうして対人ばかりで対メリウスの訓練をしないんですか。まさか、攻めてこないと思っているんですか」
「……思ってはおらん。出来る事なら対メリウスの訓練もしたい。しかし、上から許可が下りていない」
「許可が下りていない? 何故ですか。重要な日の警護の為ならすべきじゃ」
「……大公は恐れている。対メリウスの訓練と称して、我々が裏切る事を。あの方は誰も信用しない。だからこそ、今回の警備で用意されたメリスウの数も制限されている」
「で、ですが。それではもし敵が来たら」
「……案ずる事は無い。コーデリアには特殊防衛装置が配備されている。この首都を守る為にレーダーユニットが展開されて、あらゆる方向からの攻めにも対応できるように広範囲を一秒も休むことなく索敵している。飛行する物体が接近して来れば、即座に迎撃する様になっているのだ。敵は首都に侵入するどころか、近づく事すら出来ないだろう。例えどれほどの強度を持ったメリスウであろうとも、我が国が作り出した地対空ミサイルと高性能レーダーユニットあれば……だが、それでも不安はある」
ムラサメさんは眉を下げながら、目を細める。
何かを考えている様子であり、恐らくは防衛装置の弱点か何かか。
レーダーにより対象を補足して迎撃する防衛システム。
それ自体には目新しいものは無いだろう。
しかし、従来通りの防衛機構であるからこそ信頼も出来る。
ムラサメさんは何を考えているのか。
俺が彼をジッと見つめていると、彼はゆっくりと言葉を発した。
「……プログラムや遠距離からのミサイルなどならば狙いを逸らせる。メリウスが何機来ようとも、地対空ミサイルで撃墜出来るだろう……だが、もしも」
「――ムラサメ隊長!」
「……どうした?」
「ムラサメ隊長に大公陛下が急ぎレンブラム城へ来るようにとご命令です!」
「……分かった。今から向かう……悪いが私は行かなければならない。副隊長に訓練の続きを任せるので、質問があれば彼にするといい」
「あ、はい。ありがとうございます」
連絡役と共に歩いて行ったムラサメさん。
俺は彼の後ろ姿を見つめてから、ゆっくりと視線を外へと向けた。
窓から見える街はまだ平和で。
これから何かが起きるなど誰も予想していない。
アイツがあの夜に言っていた言葉の意味は何だ?
もう遅いとはどういう意味なのか。
此処に来た時点で、目的は達成出来たとでも言うのか。
だとしたら、奴らがこれから行う事は何だ。
ムラサメさんが言っていた通りコーデリアの防衛機能は万全だろう。
二十四時間レーダーは稼働しており、接近してくる物体はすぐに発見される。
メリウスだろうと長距離ミサイルであろうとも、撃墜される筈だ。
それなのに、奴らは大公たちを暗殺出来るとでもいうのか。
その方法は何か。何処から侵入してくるのか。
警戒すべきは偽物たちだと思っていた。
しかし、奴の口ぶりからして自分たちの役目は終わっていると言いたげであった。
その役目の一つは此処へと侵入を果たすことで……何だ。侵入が出来た時点で、何が達成された?
重要拠点の破壊はしていない。
ムラサメさんの口ぶりからして、防衛装置は今も稼働している。
破壊工作もしてないければ、要人の暗殺もしていなかった。
最も、俺が聞いていないだけで何かが起きている可能性もある。
情報が秘匿されているのかもしれないが……いや、それはない。
もしも何かが起きているのであれば、訓練何て出来ない筈だ。
大公が誰も信用しないのであれば、真っ先に警戒心を向ける相手は俺たちで。
武器を持っている俺たちを野放しにする筈がないのだ。
それが起きていないという事は、まだ何も起きていない事になる。
何も起きていない。しかし、もう手遅れ。
一体、奴らは何をしたというのか。
ハイドはどんな計画を練って実行に移したのか。
そんな事を考えていれば端末が震えた。
取り出して見れば、ショーコさんの名前が刻まれている。
俺はバツの悪い顔をしながら、取っていいものか悩んだ。
「……もしもし」
《お? やっと繋がったー。もーおじさん無視しないでよー》
何時もの調子のショーコさんだ。
彼女の声を聞いて少しだけ安心した。
今のところは無事な様子であり、良かったと一安心する。
《おじさんさぁ。リッキーの事も無視してるでしょ》
「り、リッキー?」
《ゴウリキマルだからリッキー! 分かるでしょ……て! そうじゃなくて! 何で避けてるのって聞きたい訳!》
「……ゴウリキマルさんは近くにいるの?」
《……いないけど。関係あるの?》
「まぁ……ちょっとあってね。でも、もう大丈夫な筈だから。俺の代わりに謝って」
《ダメ! 自分の口で謝りな! 大人なんでしょ!》
「そ、そうだよね……何かショーコさんの方が大人っぽいね」
《ふふん。これでも色々と勉強しているからねぇ》
得意げな顔をしていると想像できる。
俺は笑みを浮かべながら、そういえばと気になったことを聞いた。
今の今まで気になっていて聞けなかったことだ。
「そういえば、ショーコさん学校には行ってるよね。ログアウトはしてるの?」
《ん? してるよ? 当然じゃん……何でそんな事聞くの?》
「いや、何時も一緒にいたからさ……ちゃんと行ってるのなら良いけどね」
《……なぁんか。お父さんって感じぃ》
「えぇ!? お、お父さんってそんな歳じゃ」
急にお父さんの様だと言われて焦った。
そんな俺を茶化すようにショーコさんはけらけらと笑う。
年下の少女に揶揄われた俺は顔をムッとさせて通話を切ろうとした。
しかし、そんな俺の様子に慌てた様子でショーコさんは謝ってきた。
《最後に! 最後にこれだけ言わせて……帰ってきたら、絶対に仲直りしてね!》
「……うん、分かってる。ありがとう」
《……うん! じゃ、またね!》
ショーコさんは最後まで元気な声であった。
耳から端末を離してから、俺はゆっくりとポケットに仕舞う。
そうして、久々に笑えたように感じながら俺は訓練に戻っていった。
偽物たちの言葉も、ハイドの計画もまだ分からない。
焦りも勿論感じていた……でも、焦っても何も解決しない。
俺は冷静さを取り戻した。
そうして、訓練に臨みながら頭を働かせる。
奴らの計画の一端でも良い。
それを掴む為に、俺は持っている情報のピースを合わせていった。




