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【完結】限界まで機動力を高めた結果、敵味方から恐れられている……何で?  作者: うどん
第三章:希望の星は、流れ墜ちていく

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108:許されざる者たち

 街灯の明かりが照らす大通りを歩いていく。

 石畳の街を偽物と歩きながら、俺は居心地の悪さを感じていた。

 向こうは気にした様子は無く。

 厚手のコートを羽織りながら、ただ静かに道を歩いて行った。


 星空の輝きが薄く。

 街の方が明るいこの場所で、少しだけ冷たい風を体に感じる。

 耳を澄ませば水路から水の流れる音が聞こえてきて。

 道を歩く民衆の足音と混ざり合って、人の営みが感じられるような気がした。


 偽物は通り過ぎていく人間など見ていない。

 この女は、この先で起きる戦いについて何も思っていないのか。

 もしも、この女が正体を現して大公たちの暗殺に出ればどうなるか。

 最悪の場合、一般人に危害が及ぶ可能性もあるのだ。

 それを知ってか知らずか、女は無表情で前だけ見ていた。


 カツカツと靴の音を小さく鳴らして、俺たちは一軒の店の前で止まる。

 白い光に照らされた看板には”鴉の巣”と書かれていた。

 偽物はゆっくりと扉を開いて中へと入っていく。

 俺は警戒心を抱きながら続いて、中の様子を伺った。


 落ち着いた雰囲気の店内には、人が疎らであった。

 くるくると天井でシーリングファンが回っている。

 モダンな感じの店内であり、偽物は迷うことも無く奥へと行った。

 ついていけば、店の角へと行きついて、俺たちはその席に座る。

 くすんだ茶色のソファーに腰かけて、やって来たウェイトレスに偽物は注文をしていた。

 

「ウィスキーをボトルごと頂きたい。グラスは私とこいつで二つ」

「はい」

 

 注文を聞いて気だるげな様子の女は去っていく。

 偽物はコートを脱いでから、それを近くに置いた。

 バーらしき店に連れてきて、一体何が目的なのか。

 俺はキッと偽物を睨みつけながら、どうして此処に連れてきたのか問いただした。


 すると、偽物はゆっくりと手の平を向けてきた。

 喋るなと言いたいのか。

 俺は舌を鳴らしながら、言われたとおりに口を噤んだ。


 暫く経って、ウィスキーが運ばれてくる。

 氷の入った容器に、ガラス製のグラスが二つ。

 見たことも無いラベルのウィスキーが一本どすりと置かれた。

 偽物は口角を上げながら、運ばれてきたそれの栓を抜く。

 そうして、適当にグラスに氷を入れてからとくとくと酒を注いだ。


「飲め」

「……それも命令か」

「好きなように受け取れ」

「……くそ」


 偽物から渡されたグラスを引っ手繰るように奪う。

 そうして、毒でも入ってそうなそれを一気に呷る。

 すると、酒が喉を通っていき冷えた体が温まっていく感じがした。

 かなり強い方の酒であり、俺は息を吐き出しながら口元を拭った。

 偽物はそんな俺を見ながら笑っている。

 俺はハッとして偽物を睨みつけながら、グラスを置いた。


 奴はカラカラとグラスを回してから、ゆっくりと口を付けた。

 そうして、味わうように酒を飲んでいた。

 口を離してから女は「美味しい」と言う。


「……イサビリ中尉とやらは酒の味が分かる女の様だな。これは記憶通り、美味い」

「……どうやってイサビリ中尉の姿になれたんだ。その記憶はどうやって」

「――コピーしただけだ。オリジナルがいるんだ。記憶の転写くらい可能だろう?」


 無理な事ではないと言いたげな顔で女は言う。

 俺はいら立ちを隠すことなく女を睨みつけた。

 しかし、女は俺の殺気を柳のように受け流す。


「……私はもう本当の私ではない。メイ・イサビリという女に似せて作った紛い物。顔を変えられ、記憶も上書きされた……お前が嫌悪感を露わにするのも分かる。私は人間ですらない。ただの成れの果てだ」

「……分かっていて、何で中尉になることを承諾した。嫌なら断る事も」

「――出来ると本気で思っているのか? だとしたら、お前の脳内は快適だな」

「何だと?」


 俺をバカにするような言葉だ。

 俺は思わず相手に掴みかかりそうになる。

 しかし、目線を向けた時に奴の顔を見れば、ひどく悲し気で。

 俺は行き場の無い怒りを抑え込みながら、奴が無言で注いだ酒を飲んだ。


「私の父は犯罪者だ。戦争に反対し国の政策に疑問を抱いていた。無許可で何度もデモを開き、最終的には皇帝の暗殺を企てたとして投獄された。そんな大罪人の娘が、大手を振って街を歩けると思うか?」

「……だから、何だっていうんだ。それとこれは関係ないだろ」

「いいや、関係はあるさ。大罪人の娘が父親の罪を償うのならどうすればいいか。答えは簡単だ。国に忠誠を誓えばいい。私は功績を立てる為に何でもした。仲間を蹴落とし、上官に媚びを売って。メリウスの操作技術を学んで正規兵として戦った。その結果、私は腕を買われてある男の元へ向かわされた……誰か分かるか?」


 ゲームでもするように偽物は笑う。

 グラスをカラカラと回しながら、俺に問いを投げかけてきた。

 付き合う必要は無い。しかし、付き合わなければいけない気がした。

 こいつの過去を知って同情しても、俺にはどうする事も出来ない。

 何故、俺に自らの過去を打ち明けたのかも分からないのだ。


 俺は考えた。

 以前、こいつらの話を盗み聞きして知った”セカンド”という存在。

 ゴースト・ラインの幹部であり、こいつらに命令を下していた。

 しかし、そいつがこいつらの上官ではない気がした。

 自らを下っ端のように言っていたような気がする。

 だとすれば、ゴースト・ラインの中で俺が知っている男とは……アイツか。


「ハイドか?」

「……流石だな」


 偽物は笑みを浮かべながらゆっくりと酒を飲む。

 そうして、静かに息を吐きながら女はグラスを置いた。


「……ハイドは言った。高い技量を持ち、適性のある私であれば問題ないと。もしもこの作戦に参加するのであれば――父の罪は無かったことにすると」

「……まさか、父親を救う為に?」

「……さぁな。私にとってはどうでもいい事だった。父が救われようとも、処刑されようとも……ただ私には初めから選択肢など無かった。断れば殺されるだろう。生きていたとしても、命令違反で除隊されるかもしれない。それだけあの男は力を持っていた。アイツが望めば国は何でも与えるほどに……私にはもう、どうする事も出来ない」

「そんな事は無い。嫌なら止めればいい。中佐ならきっと身の安全を」

「――違う。もう遅いんだ」


 偽物はグラスに酒を注ぎながら静かに言う。

 もう遅いとはどういう事か。

 俺はどういう意味なのかと質問した。

 すると、偽物はボトルを置きながら小さく首を左右に振る。


「言えない。我々は重要な情報を話せないようにプログラムされている。私が話せるのは此処までだ」

「そんな。そこまで言って言えない事って何だよ……お前は何のつもりで、俺にそんな話をしたんだ」


 俺の心を変える為に話した訳じゃない。

 暗い過去があって仕方なかったと思って欲しかった訳じゃない。

 そんな事は話しを聞いているだけで分かる。

 だったら、何故、態々こんなところに呼び出して話をしたのか。


 偽物は乾いた笑みを浮かべた。

 心の底から疲れ切った笑いで。

 女は濁った瞳を俺へと向けながら、静かに言葉を発した。


「ただの懺悔だ。これから私たちが行う事の罪。それを和らげる為の告白。あの二人は耐えられても私は無理だ……神は許さないだろう。我々が向かう場所は地獄でも無い。何も無い虚無だけだ」

「何を言ってるんだ……お前たちは此処で何をするつもりなんだッ!!」


 女の濁り切った瞳を見つめて。

 心の底から理解できない恐怖が沸き上がって来た。

 俺は衝動のままに机を叩いて身を乗り出した。

 女の襟を掴みながら、真っすぐに睨みつける。

 そんな俺へと薄い笑みを向けながら、女は瞳から一滴の涙を流した。


「……すまない」

「謝るな。そんなものに意味は無い」

「……すまない」


 両手で相手の襟を掴みながら、俺は謝るなと言い放つ。

 しかし、女は笑みを浮かべながら謝罪するだけだった。

 まるで魂の抜けきった抜け殻のように女の体には力が入っていない。

 俺は女の襟から手を離した。

 すると、女はどすりと音を立ててソファーに倒れる。


「あ、あの。喧嘩は」

「すみません。すぐに出ていきます」


 ウェイトレスが怯えた表情で近づいてくる。

 俺は彼女に謝りながら、財布から金を出して彼女に渡す。

 席から立ってチラリと女を見た。

 すると、女はゆっくりとした動作で酒に手を伸ばす。

 罪の大きさに耐えられず酒で忘れようとでも言うのか……哀れだよ。


 俺は女から視線を外して去っていく。

 背中に視線を感じたが無視する。

 あの女の過去を聞こうとも俺がアイツに対する認識は変わらない。

 どんな理由があろうとも、アイツは敵だ。


 扉を開けて外に出る。

 冷えた風が体に掛かり、俺はずかずかと歩いていく。

 敵だ。敵であることに間違いはない……なのに、俺はアイツに同情してしまっている。


「……罪を感じて涙を流すな……俺は何と戦えばいいんだ」


 敵の弱みを見て後悔する。

 奴が話せない情報とは何か。

 もう手遅れであるというのはどういう意味なのか。

 足元に転がっていた空き缶を蹴りつければ派手な音を立てて飛んでいった。

 何処へ飛んでいくかも分からない空き缶は水路へと落ちていき、やがて見えなくなった。

 真っ暗な水面を見つめて、俺は焦りと不安を抱きながら帰路を急いだ。

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