101:洗練された技は誰のものか
迫りくる敵の拳。
風を切り裂き砲弾のように飛んでくるそれを避ける。
距離を離そうと機体を動かしても、中尉の偽物は執拗に接近してくる。
機動力を高めたグラードであっても、格闘戦用に作られた機体とでは相性が悪い。
相手の攻撃をギリギリで避けるのが精いっぱいで。
俺は歯を強く噛みしめながら、地上へと降下していく。
偽物は余裕のある動きで追ってくる。
それを見ながら、俺はライフルを地上に向ける。
そうして、砂地の中へと勢いよく弾を放った。
バラバラと音を立てて弾が地上に殺到して。
大きく土煙を上げながら、周りの視界は完全に防がれる。
俺は煙の中へと機体を突っ込ませた。
そうして機体の向きを変えて、相手の出方を伺った。
来るなら来い。
この煙の中なら、逆に位置を特定しやすい。
全方位にセンサーを向けながら、俺は呼吸を整える。
自らの呼吸音だけが聞こえるコックピッドの中で。
俺は敵の位置を割り出そうとして――後方の煙が微かに揺れた。
俺はレバーを操作して機体の姿勢を低くした。
大きくしゃがみ込めば、頭部のあった位置をイングリードの脚部が通過した。
突風が巻き起こり、機体がガタガタと揺れる。
僅かに頭部を掠めていたようで、カメラにノイズが走った。
小さく揺れたコックピッドの中で、俺は笑みを深めて敵に銃口を向けようと――危機を察知した。
通過した脚部が展開して、推進ユニットが露わになる。
逆向きに向いたそれから青い炎が上がる。
轟轟と音を立てながら燃え盛る炎。
勢いよく噴射しているそれが脚部を急速に動かした。
完全に隙だらけであったイングリードの脚部が一瞬で俺へと襲い来る。
咄嗟に回避行動を取った。
しかし、あまりの速さに回避が間に合わな――ッ!!
胴体部にかち当たる。
甲高い金属音を奏でて、強化されたであろうイングリードの装甲が俺の機体の装甲を抉る。
べしゃりとグラードの装甲が凹んで、バラバラとパーツが飛び散った。
オイルをまき散らしながら、グラードの装甲をバターのように抉られて。
俺は何とか後方へと下がりながら、ライフルの弾をバラまいた。
しかし、破れかぶれの攻撃では相手にダメージ何て与えられない。
その全てを軽やかな動きで回避して見せた。
そうして、無駄のない動きで俺へと肉薄してくる。
振りかぶられた拳。それが深手を負った俺の胸部装甲に向けられて――ライフルでガードした。
べしゃりとライフルが大きく凹む。
パルバンカーが作動して、杭が勢いよく差し込まれた。
その破壊力は硬いライフルを木っ端みじんにするだけでは収まらない。
俺はイングリードのその攻撃を利用して、後ろへと下がる。
凄まじい風圧を感じながら、砂地を滑り何とか機体を停止させた。
俺は汗を流しながら、邪魔なシールドを外した。
「機体の損壊状況は……くそ、半分死んだか」
たった一発の攻撃。
それも半分ほどは威力を弱めた筈のそれで。
このグラードの半分あまりの機能を死なせた。
それだけで敵の一撃が必殺に近い威力を持っている事は理解できた。
エースパイロットにだけ支給される機体というだけあって、規格外の性能だ。
俺は笑みを浮かべながら、破壊されたライフルを破棄した。
そうして、腰に取り付けられたダガーを取り出した。
刃が赤熱して、バチバチとスパークする胸の前に掲げる。
イングリードは拳を構えながらゆらゆらと機体を揺らしていた。
タイミングを計っている。
確実に仕留められる間合いで、俺を沈める気だ。
だが、簡単には勝利をくれてやるつもりはない。
この戦いで、奴の正体を暴く方法を見つけ出して見せるッ!!
スラスターを噴かせる。
そうして、自らの意思で死地へと向かった。
距離を詰められば、剃刀のような拳が迫って来た。
それをギリギリで回避して、頭部が軽く削られた。
俺はダガーを振って、イングリードの胸を下から抉ろうとした。
しかし、相手はそれを読んでいた。
敵の脚部が上へと動く。
そうして、勢いの乗った膝打ちによって手首が破壊された。
ダガーと共に手が吹き飛んで、敵が勝ちを確信した――それが理解できた。
俺は突撃したタイミングで、空いている手にダガーを装着させた。
半身をずらして残されたダガーの存在に気づかせないように動いて。
そうして、敵が俺の武器を破壊できたことを確認させた。
一瞬だけ生まれる勝利のへの道が、敵の心に油断を生んだ。
俺は破壊された衝撃を利用して、機体を大きく動かしてダガーを刺す。
不格好な動きであるが、確実に速度は与えられた。
それにより、下から向かったダガーは敵の脇腹へと向かい――ズブリと差し込まれた。
赤熱するダガーが敵の装甲を溶断する。
そうして、コックピッドを目指して進んだダガーは――浅い位置で止まった。
「――ッ!?」
気が付いていない筈だった。
敵から完全に死角になった位置で、ダガーを掴んだ。
だからこそ、もう一つの刃に気が付く筈が無いと思っていた。
だが、敵の腕は俺の腕を完全に掴んでいた。
ギリギリと力を強めて、それ以上奥に刃を進ませない。
俺はやぶれかぶれの攻撃で、破壊された手を振って攻撃を仕掛けた。
攻撃は当たった。しかし、武器でもないそれでは強化された装甲にダメージなど与えられない。
がすりと音を立てただけで、僅かな傷しかつけられなかった。
俺は何度も腕を振るったが、敵は一切動揺する事無く拳を振る。
下から上へのアッパーが、俺の胸の中心を捉えた。
勢いの乗った拳がかち当たりコックピッドが激しく揺れて――武器が作動する。
ゴテゴテとしているだけの飾りじゃない。
本物の一撃必殺の鉄杭が、拳の接触と同時に放たれる。
全てを破壊する一撃。それによって俺の機体は胸を中心に大きな風穴が空いて――死んだ。
シュミレーター内が一瞬暗くなる。
そうして、死亡したという無機質な機械音声の報告を聞いて。
俺はゆっくりとメットを取ってから、大きく息を吐いた。
アレは強い。
イサビリ中尉と同じくらい強い。
記憶だけをコピーした紛いモノだと思っていた。
しかし、アレは技術に関してもほぼ完ぺきに模倣している。
恐ろしい。本当に恐ろしい。
アレは何だ。アレの正体は、一体何なんだ?
人間なのか、クローンなのか……何も、分からない。
「……くそ」
拳を太ももに振り下ろす。
そうして悔しさを滲ませていれば、コンコンとシュミレータールームが叩かれた。
俺はハッとして、表情を戻してから外へと出た。
そこにはイサビリ中尉の顔で笑う偽物がいた。
奴は俺のメリウスの操作技術を褒める。
表情では笑っている。しかし、その目は笑っていない。
何を考えているのか分からないが、俺への警戒心を上げたのか。
もしもそうであるのなら、これから先で奴らが俺の前でボロを出す可能性は減るだろう。
俺は他愛の無い会話をしながら考えて――中佐が見えた。
遠くの方で、手に持つ端末を見つめる中佐。
やがて、彼女は端末を仕舞ってから去っていった。
何をしていたのか分からない。
すぐに周りには別の兵士や技術スタッフが集まって来て。
中尉の偽物も気が付いていない様子で、彼らの質問に答えていた。
イングリードで戦っていたのは見えていたのか?
俺は彼女から離れてから、モニターを確認した。
すると、確かにイングリードで戦う偽物が映っている。
しかし、たった数秒であり、すぐにノイズが走った。
技術スタッフの話を盗み聞けば、機械の不調だったと言っている。
だが、それは絶対にありえない。
記録装置にだけ不調が出るなんて可笑しい。
誰もその事に気が付いた様子は無く。
イングリードで戦う中尉を一瞬でも見れたことに皆は興奮していた。
誰も疑っていない。
誰も、アレを偽物だと思っていない。
俺はギュッと拳を握りしめる。
そうして、メットを被りなおしてから。
誰に何かを言うことも無く、再びシュミレータールームの中に入っていった。
今は、何も出来ない。何も出来ないけど、必ず正体を暴いて見せる。
俺は中尉の無念を晴らすことを誓いながら、メットの下で強く歯を噛みしめた。




