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炎上のイフリータ 少女は飛躍する  作者: 烏森鳩子
3章 持たざる呪者の優越
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39話 ぶらんこを漕ぎながら


 

 追いかけるルビーをちらりと振り返ったものの、ラケルタは拒まなかった。

 こんな夜だ。きっと頭のなかのごちゃごちゃを片づけるために、彼もルビーも話し相手を求めていたのだと思う。

 来たばかりの町で、知らない道を適当に歩いていると、小さな公園にたどり着いた。日中は賑わっている公園も、夜は静かだった。

 眠っている公園を起こすように、ふたりで並んでぶらんこに座る。


「わたし、はじめてです。ぶらんこ」

「ああ、俺もだよ」


 本来ならばとっくに遊びあきているはずの子供用の遊具を、ゆらゆらと漕ぐ。

 頬を夜風が撫でる。色を変えた赤茶の髪が揺れる。隣でラケルタが呟いた。


「悪かったな」

「何が?」

「不機嫌」 

「不機嫌ごときでいちいち謝っていたら、秘書官は起きている間中ずっと誰かに謝り続けなければいけなくなってしまいますね」

「はっ、それもそうだな」


 はー、と大きく息を吐き、ラケルタは立ち上がってぶらんこを漕いだ。


「お前さぁ、エルシオンにいたんだっけ」

「はい。少しの間だけ。馴染めませんでしたが」

「エルシオンって、どんなところだった?」


 問われ、ルビーは改めて考える。


「……人間が、たくさんいて……似たもの同士で群れを作って、序列をつけることで秩序を保っている社会でした。わたしは群れの外にいたので気づきませんでしたが、今思えば、あれは大人たちの社会のまねごとだったのかも」


 ろくな場所じゃねえな、とラケルタは片口を上げてつまらなそうに笑う。


「結果的には、そうだったのかも知れません。でも、エルシオンはわたしを人間にしてくれました。授業は面白かったし、大人に優しくしてもらったのは、母が死んで以来のことで……今でも先生たちのことを思い出すと、ここが温かくなります」


 薄っぺらい自分の胸、心臓の上を撫で、ルビーは目を細める。

 そうかと呟き、ラケルタは何度めかのため息をついて夜空を仰ぐ。


「俺は優しくされるのが嫌いだ。惨めになる。優しい大人なんか大嫌いだ」

「ラケルタだって大人ではありませんか。言っていたでしょう、師匠に。子供じゃないって」

「大人が嫌いな大人だっているんだよ。それにあれはただの反抗だ、自分でもわかってる。ガキって言われてムカついてるうちは、結局まだガキなんだろう」

「……わたしにはわかりません。十九歳になってみないことには」

「そりゃそうだわな」


 へっと乾いた笑いを浮かべ、ラケルタはぶらんこから飛び降りた。

 高い位置からぽんと飛び、くるりと一回転して軽々と着地をしてみせたラケルタの身のこなしは狼のくせにまるで猫のよう。


「結局群れなんだよなぁ……女魔術師について行ったお前は賢いよ、腹立つけど。善人は善人で群れるし、クソみてぇな奴らはそういうのばっかで群れる。どの群れに生まれるかで、人生の前半の幸不幸が決まっちまう。下手したら一生不幸だ。群れを抜け出せなければ」

「でも、わたしたちは抜け出した」

「どうだかな。信じられるのか?」

「それはラケルタが決めることです。わたしは師匠のことはわかりませんが、師匠を知っているひとたちの信頼を信じることにした。もし師匠が本当は悪人だったとしても、たくさんの人の信頼を裏切るようなことは、軽はずみには出来ないでしょう?」

「それは信用か? 打算じゃねえの」

「そのふたつにどんな違いが?」


 ぴょんとぶらんこから飛び降りて、膝をついて着地する。ルビーはラケルタの隣に立って彼を見上げた。

 薄黄色い獣の目をまっすぐに見つめて、淡々と思うことを述べる。


「相手が糞野郎である可能性を疑って、疑心暗鬼になってしまっては、糞野郎の群れを抜け出したところで心は囚われたまま。計算で信用しておいて、それが本物に成れば良し。成らなければ、その糞野郎のもとを去るのみなのです」


 ラケルタは奇妙なものを見る目でルビーを見下ろしている。


「もし師匠や、師匠が貴様に紹介しようとしている狼のひとが貴様の懸念する糞野郎だったら、わたしが燃やして始末してあげる。ちゃんと守ってあげますから、とりあえず計算で信用してみませんか? わたしだってエチカを信じられたのです。ラケルタだって、きっといつか誰かを信じられる」


 幾度か瞬きを繰り返し、ラケルタは蛙のように喉の奥でくつくつと笑った。

 これまで見た彼の笑みの中で、いちばん皮肉げでも嫌味でもない笑みだった。

 

「じゃあ俺は、姉弟子の計算を信じてやる。あとなぁ、糞野郎を連呼するのはやめとけよ。ルイさんに怒られるぞ」

「あ、それもそうですね。お行儀以前の問題だと、また叱られてしまう」


 もう一度へっと仕方がなさそうに笑って、ラケルタは背中を向けて歩き始めた。

 ルビーがどこに行くのかと問うと、彼はちらりと振り向いて唇を尖らせる。

 

「……帰るんだよ、ばぁか」




 それから数日間、ルビーはラケルタとルイと共に町を測って回った。

 通りすがりに挨拶や世間話を向けられるようになった頃、その夕泊まることとなった宿屋の食堂で、ブレスは一同を前に「よし」と頷いた。


「そろそろ良い頃合いだろう。本題のほうを探ってみようか」


 本題、即ちこの町に蔓延はびこっているという呪いの件である。

 結ばれない町ヴィスタ。男女が婚姻を結ぼうとすると女のほうが必ず災難に見舞われる、景気の悪い謎について調査を始める支度がとうとう整ったとブレスは言っている。


 食堂で夕食を食べながら、ルイはしっかりと周囲を観察して会話が漏れないように音を閉じこめている。

 常に見張っているのは、話しかけられた時に〈防音〉を解いて魔術の使用を気取られないようにするためだ。


「師匠、ここ数日考えていたのですが、この町の人々が問題にしていない以上、わたしたちが介入する余地はあるのでしょうか」


 これはラケルタとも話していたことだった。

 当人が納得しているのならば、通りすがりのルビーたちが口を挟んではお節介になってしまうだろう。


「勿論、調査の結果によって悪質ではないと判断できれば関与はしない。私たちが調査をする理由はね、今起こっている物事を解決することじゃなくて、今後、この町の問題が悪化しないように予防するためなんだ」


 なるほど。ルビーは納得して引き下がった。

 今起こっている問題の「程度」が人々に許されていたとしても、それを放置して助長するようなことになれば、いつか取り返しのつかない大問題が起こってしまうかもしれない。

 ブレスはその可能性を推し量ろうとしている。


 ──エチカがわたしを村から連れ出してくれた時も、同じだったのかも知れない。


 あの時ルビーがいた村に派遣されてきた魔術師が、彼らの裁量によって別の判断を下していた可能性だってあっただろう。

 もしあの村に来たのが、人らしい優しさを持ち合わせたふたりではなかったとしたら? 想像しただけでぞっとする。


「解ってくれたかな。では今後について話をしよう。ちょっとみんな、そう固い顔で食卓についていたら怪しまれるじゃないか」


 何食わぬ顔でスプーンを口に運びながら、ブレスは食事中の談笑を装って話を続ける。


「君たちがきちんと測量士の仕事をしてくれたおかげで、町の人たちへの君たちへ警戒はほとんどとけたと思う。ついでにこの町での私の仕事も八割ほど終わった。どうもありがとう」


 ルビーとラケルタは並んで口をへの字に曲げた。調査上必要なことだったとはいえ、どうも釈然としない。


「あのねぇ、私だって別にさぼっていたわけではないんだからね? 泊まり渡った宿のお客や店主から、ちゃんと情報収集をしていた。それで知ったのだけど」


 草食動物のように野菜のスープしか食べないブレスを観察しつつ、ルビーはふやかした黒パンをもぐもぐと食べる。


「三日後に婚姻があるんだって。小さな町だから、身内も他人もなく皆で祝う。その結婚式に潜り込んでみよう。実際に何が起こるのか、それとも起こらないのか、確認してみようじゃないか」

「なるほど、潜入捜査ですか。それは手っ取り早いですね」

「うん、そういうこと。というわけだから君たち、くれぐれもお行儀よくするんだよ。顰蹙ひんしゅくをかって追い出されたら目も当てられない」

 

 また面倒なお行儀の話がでた。明後日の方向へルビーが視線を投げていると、ラケルタがいつものように黒パンをルビーの方へ押しやる。

 ありがたく頂きながらふとテーブルの上に目を向けると、半分ほど残されたまま冷めていくブレスのスープの皿が目についた。


「師匠、残すのは良くないのです」

「え? ああ……うん、そうだね」

 

 ブレスは少々困った様子で苦笑し、ルイは微かに眉間を寄せてルビーを見やる。何が秘書官の気に障ったのかと考えつつ首を竦めていると、再びスプーンを取ったブレスは食事を再開する。

 

「……もしかして食欲が無いのですか?」

「そんなことないよ。あまり必要じゃないだけ」


 話を聞いても理解できなかった。

 まあいいか、と考えることを放棄して、ルビーも黒パンを齧る。

 

「それで話の続きだけど、明日は休暇とする。ここ数日歩き詰めだっただろうから、好きに過ごしてくれ。ただしそれなりに見栄えのする服を一揃い買っておくこと。あまり仰々しくなくて良いけど、公式の場に出ても平気な……」

 

 じっとブレスを見つめていると、魔道の師は途方に暮れたように眉を下げた。

 それもそうだろう。寒村の山育ちであるルビーに、そんな判断が出来るはずもない。

 

「あー、じゃあ俺が一緒に行きます。一応それくらいの常識はあると思うし」

 

 ぺらっと気安く挙手をしたラケルタが、珍しく自ら進言した。目を笑みに細めて頷き、ブレスは「よろしく」と微笑を浮かべる。

 

「……まあ、買ったところで使うかはわからないけどね。縁談がご破産になるかも知れないし。でも持っていれば使えるものだから、きちんとしたものを買っておいで」

 

 懐を探り、ブレスは小さな巾着袋をラケルタに渡した。中身を確認したラケルタは、半眼と頬をピクリと引き攣らせて袋を閉じる。

 

「俺がこれを持ち逃げするとは思わないわけ?」

「え、別に……逃げて困るのは君だし、それに逃げたければ逃げればいいんじゃないかな。私に君を縛る権利はないよ。そうだろう」

「……そりゃあ、そうだけどよ」

 

 いくら預けられたにしろ大金であったようだった。右から左に話を聞き流しつつ、ルビーはルイへと視線を向ける。

 先程寄った眉間を開き、いつも通りの無表情に厳しい気配を纏ったルイは、卵料理をきちんと完食して日中集めた町の記録を整理していた。もちろん周囲への警戒は続けたままでいる。

 

 器用な人物だ。仕事ができる大人はすごい。

 いつかこんな魔術師になれるだろうか。


 ルビーが憧れの魔術師を崇敬の目で見つめていると「じゃあそういうことで」とブレスは席を立った。

 皿のスープはからになっていたけれど、それ以外の何にも手をつけていないこの人は、少食にも程があると思う。

 ブレスに着いてルイも食堂を去った。

 ラケルタと並んでテーブルに残った料理を食べつつ、いくら預けられたのかと訊ねてみれば。

 

「火蜥蜴が十匹は買える額だ」

「……それは大金ですね」

 

 銀貨二枚で家族が一月は暮らせると、かつてエチカは言っていた。それを出会って間もない青年にぽんと渡してしまうとは、なかなか恐ろしい金銭感覚である。




 そんなこんなで翌日服屋へ向かい、そこそこ上等な服を揃え、ふたりは婚姻の日へ向けて準備を整えた。

 噂話を聞いた事によれば、花婿は町長まちおさの三男坊、花嫁は布染を営んでいる商家の一人娘だそうで、両家の縁を繋ぐための婚姻であるらしい。

 

「結婚式当日まで呪いは起動しなかったか。このまま何事もなく済めばいいけれど」

 

 飾り気はないが一目で上等だとわかる仕立ての礼服を纏い、ブレスは婚礼で賑わう町を窓辺で見下ろした。

 ルビーは足首を隠す丈の、布をたっぷりと使ったシンプルなワインレッドのドレスを着て、ルイの手によって綺麗に髪を結われている。


 ラケルタの評価によると「馬子にも衣装」だそうなので、少なくともそれらしくは見えるもよう。

 ルイは相変わらずの黒づくめ、ラケルタは新しいシャツに小綺麗な上着を着たくらいで殆ど普段と変わらないが、髪紐を編み込んで長髪を隠しているので、きちんとして見える。

 

「お酒を渡されたら未成年だと言って断るんだよ」

 

 酒は嗜好品、修行中の魔術師は禁止されている。素直に頷いた弟子ふたりによしと微笑み、ブレスは神殿へと向かって歩き始めた。



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