序列戦2/王族の動き
外交官にとって、人脈作りは貴重と考えるでしょう。ただ、その人脈が足枷となることもあります。
いつの時代にも、勇者が存在した。そして、生まれた時から魔王に殺意を持っている人が、勇者として選ばれる。
例えば、勇者が殺意を持った相手が、自分と同じ聖属性の魔法を使っていたらどうなるか。見た目が人間にしか見えなかったらどうなるか。早朝に、気怠そうな顔をして馬車の操縦をしていたらどうなるか。
当然、自分の殺意を疑うだろう。ましてや、魔王と世間から呼ばれている者が、他に何人か居るのだ。だから、陽聖が魔王であるという直感を、本物の勇者は捨てたのだ。
「自称勇者ねぇ」
「まあ二回勝ってるし、実力は有るんじゃない?」
「確かに」
馬車に乗りながら、のんびりと雑談していた。アンドの件で反省したのか、陽聖は相手の弱点だけをメアに調べさせていた。
「弱点は、『闇属性』ね。お札はあれで足りるの?」
「予備として持ってるだけだよ、そもそも勝とうと思ってないから」
序列は、五年でリセットされるらしく、今年は三年目だ。去年の大会は二つとも最下位だったらしく、今は九位となっているらしい。全てメアから聞いたので、正しいかは保証しない。陽聖は、序列戦に興味は無い様で、会場に行くのでさえ億劫に感じていた。
「どういう風に誤魔化して負けようかな…」
「あなたねえ」
メアと普通に会話をしていると、突然に殺気を感じた。人族の城から飛ばされた様で、すぐに何も感じていないように装う。
「どうかしたの?」
「いや?前の方に何かが光っていたんだよ」
「そう…」
陽聖は、一枚の札を握ると、何も感じなくなった。殺気を回避する方法を見つけたことが嬉しかったのか、笑顔でメアの方を見ると、すぐに目が合った。
「大丈夫?」
色々な意味が含まれていそうな言葉だったが、陽聖は何も感じなかった。
また、会場の駐車場に着くと、角男が案内してくれた。昨日の試合が凄く良かったと褒められてしまった。
「俺が若い頃は、何回も蒼聖と戦ってたな。あの強さと自信に満ち溢れた態度に心を何回折られたことか」
言っていることは、自身が負けたということなのに、どこか誇らしいように言うので、角男の方を見た。角男はただ、笑顔で空を見ていた。その姿を見て、王のとある言葉を思い出した。
「俺が大会に出ると、必ず優勝してしまってつまらないだろう?陽光はそんな結果が決まっている大会をみたいか?」
「そう言ってくれるのは嬉しいが、民に譲るのも王の勤めだぞ?一回勝つだけでは、運が良かったとしか言われないが、二回勝てば、民を納得させることが出来るはずだ。そして、民に向かってこう言うんだ。後は民に任せたとな」
自分が言ったであろう言葉は、忘れてしまったが、王の言った言葉は鮮明に覚えていた。そして、時間が経つに連れて、世代交代をさせたかったようにも感じる。おそらく、陽聖の家族に称号が与えられていたのも、何かしらの考えが有ったからだろうと。
「陽聖行くわよ」
「ああ、悪いな」
空を見ていた角男に頭を下げて、その場から立ち去った。陽聖とメアが消えた後に、一人の少女が、雷都の車から現れた。
「お父様。先ほどの二人は何者なのでしょうか」
「一人は、ただの少女だ。もう一人は、私が将来頭を下げるべき相手だろうな」
「リデビル国の敵ということですか?」
少女は、手を伸ばして動けるように準備をし始めたが、角男は笑顔で否定する。
「逆だよ逆。この世界の均衡が崩れそうになっていることは、気付いているな?」
「はい」
「それは、王が沢山居るからだとは思わないか?国民は、王の指示に従うことが多いだろう。今は、その王が均衡を崩しそうに、いや、わざと崩そうとしている」
「それが、頭を下げる理由と、どう繋がるのですか?」
「その均衡を保ってくれるのは、彼だと思っている。勿論、彼にも魔王となる資格は有るからの」
「それってどういう…学長!」
角男は、含みを持たせた笑みで、少女を惑わせる。少女は、家族関係では口を割らないと思ったのか、社会的立場で追求するも何も言わなかった。最後の爺さんの様な喋り方は、学長モードだったことに少女は気付いていた。
「さあ、勝った方がベスト四となります。アーリル国のエースか、ソクタル国の第三王女が勝つのか見物ですね」
「メルリア選手は、『聖属性』の使い手でもあります。今大会が、初参加同士の戦いが今、始まります!」
会場が盛り上がっている中で、選手の二人は、マイクに拾われない程度の声量で話していた。
「どういうことよ…まだ信用が出来ないのだけど」
「じゃあ、最初は本気で剣の手合わせをするから、安心して欲しい。札を見せたら一気に攻めてきて」
「ちょっと!待ちなさい!」
これ以上近づいていたら怪しまれると感じたので、陽聖は定位置に戻った。どうやらメルリアの武器は槍らしい。てっきり剣だと思っていたので、不意を突かれた気分だった。
「では、試合開始!」
離れた場所から始まりを告げる審判を見ていると、メルリアは構わずに槍で突いてくる。それを往なしながら、もう一度審判の方を見ると、
「角男だ…」
「なに言ってるの…それよりも何で見えているのよ!」
メルリアは、自分に興味を持っていないと感じたのか、攻撃のペースを上げた。だが、陽聖を傷つけることは出来なかった。
「はあ、勝てない」
「動きにキレがあるし、強いと思うけどね」
「貴方は、何目線で言っているのよ…」
メルリアは、自分のペースに戻さないと一生勝てないと考えていた。実は、陽聖が戦った二人に情報を聞いていたのだった。一人には、自分のペースを崩さないこと、もう一人には、気を抜いていたら殺されるとアドバイスされていた。
「ねえ、陽聖君。私の魔法を受けてみない?」
先ほどとは違った雰囲気に、少しだけ心が揺らいだ。少しメルリアの素の部分が見れた気がしたからだろう。
「良いけど、一つ条件を付けても良いかな?」
「条件に寄るけど何?」
「俺と接する時は、気を遣わずに接して欲しい。今の雰囲気が好きだな」
想定していなかった言葉に、一瞬だけ固まってしまう。だが、メルリアにとっては、今まで言われてきた中で、一番嬉しい言葉だと感じたのだった。
メルリアは、王族という身分が邪魔をして、友人を作ることが出来ていなかったのだ。そして、王族に相応しい口調となるように矯正されたのだが、メルリアは合わないと感じていた。
そんな背景が有るメルリアは、陽聖の言葉に自身を認められた気がしたのだ。そして、初めて同級生から好きと言われてしまった事に、嬉しさを隠せていなかった。
「そ、そこまで言うなら、そうしてあげるわ」
「うん。準備は出来てるよ」
陽聖は、『聖属性』の魔法陣にしか、興味が無い様だ。魔法陣が保存出来る札を、昨日作ったばっかりだったので、試したくて仕方がないのか、早く詠唱しろと言わんばかりにメルリアを見つめていた。
陽聖が自分を見つめていると感じたメルリアは、ますます誤解するのだった。
「行くよ?」
「何時でも良いよ」
「うん、行くね」
何故か可愛らしい声になってしまった。メルリアに疑問を浮かべながら、魔法陣を札に刻むと、陽聖は満足したのだった。
メルリアは、魔法陣を空中に展開すると、槍を地面に突き刺して、何かを祈るように合掌した。
「私の聖域。雷光」
すると、金色の魔法陣に、青と紫が段々と混ざっていった。魔法陣に色が三色有ると言えるだろう。詠唱が完了すると、昨日の試合で陽聖が見せた、雷の魔法と一致している現象が会場で起こる。
「ルーツは、この魔法陣だったか」
咄嗟に、札で障壁を作るも、二発で破壊されてしまった。陽聖は、丁度良い頃合いだと思ったので、会場全体に認識阻害の魔法陣を、空を覆うように展開した。魔法陣からは、雪が降って来ているので、観客は、空を見始める。
その間に、陽聖は雷を一発受けて、耐久値を零にした。三発ほど受ける予定だったが、一発で十分な威力だったようだ。
「勝者は、メルリア選手です!零対百でメルリア選手が勝ちました!」
「最後のリプレイが欲しいですね」
会場が盛り上がっていたので、陽聖は安堵した。上手く誤魔化せた様だ、と。騒がしい中で、メルリアの方に歩いて行くと、メルリアは座り込んでいた。
「魔力が切れたみたい」
孤児院に居た時に、何回も見た光景だった。いつも自分の限界を見極めずに、魔物を狩る子供の様で、少しだけ笑ってしまった。
「手を貸してよ、魔力を補給するから」
「え?出来るの?」
弱々しく反応するメルリアに合わせて、地面に片膝を着いた。
「俺も『聖属性』が使えるんだよ」
「本当に?ありがとう」
メルリアの右手を取ると、手を下から支える様に、右手で優しく魔力を流す。周りからしたら、女王に忠誠を誓っている騎士にしか見えない光景だった。
「本当に魔力が流れて来てる…」
「そろそろ良くなってきた?」
「うん、ありがとう」
陽聖は余裕そうな表情をしているが、実際は、左手に透明な札を二枚も握っていた。一枚では足りなかった様で、急いで取り出したのだ。昨日の試合の後から、札の鍵をすることを止めたのが良い方向に働いたみたいだ。
「また、よろしくね」
「うん」
そう言って、陽聖は立ち去ろうするが、右手を掴まれたままだった。
「どうかした?」
「い、いや、何も」
メルリアは、急いで手を離すと、陽聖は、足早に控室に戻るのだった。
控室に戻る中で、メルリアの魔法陣を保存した札を見ながら、試しに使ってみると、壁を破壊してしまったが、周りに人が居なかったので、逃げてきた。
急いで控室の扉を開けると、中には沢山の人が居た。最初に目に付いたのは、大地とルダードが仲良く話している所だった。ルダードが笑顔だったので、こちらも少し笑顔になってしまった。中々見ることが出来ないので、珍しいと思いながら横を見ると、殺気を感じた。
「メルリアさんと仲が良いみたいじゃん」
宵姫の一言で、何故か後ろから殺気を感じる。どうやら大地とルダードからの様だ。
「え?俺はみんなと仲が良いよ?」
「メルリアさんは、王族以外の人と喋らないって噂だったんだけど…」
「メルリアから話してきたんだよ。私は負けないって言われたから、じゃあ譲るよって言ったら、そのまま仲良くなったよ」
「ふふっ」
「くっ」
張り詰めていた空気が、一気に緩くなった気がした。アルフィと雷都の女の子が笑ったことも大きいだろう。
「だから言ってるでしょ。陽聖は興味が無いって」
余裕の表情を見せるメアに、宵姫と隣りの女性が少しだけ笑った気がする。陽聖は、疲れていたので椅子に座って、一枚の紙をペンダントから取り出した。この紙は、今日の朝に、控室に入ると机の上に置いてあった紙だ。
「その紙は何?」
メアが反対方向から覗いて来ると、凄い胸元が見えたので、シャツのボタンをしろと言いたかったが、その気力さえ無かった。
「フーリ国からの手紙、少し寝るから代わりに返事をしておいて。出席するから」
手紙をしっかり読んでいなかったが、差出人の名前からして、パーティーの招待状だと考えていた。なので、手紙をメアに預けたが、中身は…
久しぶりだね、陽聖君。君の試合を二つも見せてもらったよ。とても力強くて、そして、繊細な魔法の使い方は、君にしか出来ないと思うよ。
さて、本題なんだけど、僕の父さんが、退位したことは知ってるよね?それで、僕が王になったんだけど、財政状況が良くなくてね、君を外交官として雇いたい。まあ、その話は直接しようじゃないか。
妹も君に紹介したいんだ。王になってから、堅苦しい日々が続いてね。中々休みが取れないから、妹のために何かしたいんだ。おっと話をし過ぎて二枚目に突入しそうだ。
君はどうせ三戦目は負けるつもりだろう?なら、土、日曜日は空いてるよね?じゃあフーリ国で待ってるよ。
親愛なるアートより
「アーレイトさんってこんなに軽い人なんですね…」
宵姫が言うと、一人を除いて、みんなが頷いた。どうやら、フーリ国の王は、堅いイメージがあったらしい。
「王族と言っても、プライベートではこんなものよ。そんなことよりも、返事をしましょうか」
今まで何も話していなかったが、ここは自分の役割だと考えた氷聖は、手紙をメアから受け取ると、魔法陣を手の上に展開した。
「大地さんと風香さんは、この二日予定は有る?」
「無いです」
「有りません」
「なら、一緒にフーリ国に行きましょうか。きっとおもてなしをしてくれるわ」
雷都組の三人は行くことが決まった様だ。大地と風香は、フーリ国に行く準備のために控室から出ていった。
「ちょっと!私も連れて行ってよ」
宵姫が氷聖に抱きついて、駄々をこねていた。氷聖は、鬱陶しいと感じながらも、宵姫に手を出したら戦争が起こるぐらいの立場の人間だと知っているので、受け入れるしかなかった。
「わかりました。許可は取って来てくださいよ?あなたは、スタッフの仕事が有るのでしょう?」
「え?陽聖が負けたから辞めて来たよ」
「そ、そうですか」
宵姫の社会経験が少ないと知っているので、まだ正気を保てていた氷聖だった。雷都第二学校でも噂になるほどの逸材だと、風香から聞いている。
「私達も行くわ」
メアが言うと、当たり前だと言わんばかりに、氷聖は、頷いた。
「最初から数に入っているわ。それでは、返事をしようかしら」
魔法陣から文字が溢れて来ると、ちょっとした文章と数字が空中に書かれた。氷聖は確認すると、文字は空中から消えた。
五分ほど経つと、フーリ国の使いの者が現れて、色々と手配をしてくれたのだった。
陽聖自身は笑っていると思っていましたが、真顔でメアの方を向いていたみたいです。
『聖属性』は珍しいですが、一年に百人程度と言われています。『光属性』の上位互換と世間的には評価されています。
風香は良く笑う女の子で、雷都第二学校の代表も務めるほどの実力が有ります。噂では、大地と進んでいるとかいないとか。
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