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夕涼み

作者: 泉田清

 車を停める。いつもの駐車場ではない、アパートの国道向かいの田圃の中にある仮設駐車場である。外壁工事のため移動を余儀なくされたのだ。

 夕方になっても空気は暑いまま。ジージーと暑苦しいセミが鳴くなか国道を横ぎる。ブウンと音をたて、何かの甲虫が目の前を横切った。辺りは熱帯の匂いがする、夏休みの夜は確かにこうだった。


 子供の頃、家にエアコンなど無かった。今も必要ないと思っている。扇風機と網戸があれば事足りる。

 虫に刺される事は滅多に無い。元々刺されにくい体質ではあるが、部屋が二階なのが主な要因のようだ。入り込む虫が殆どいない。生物にとって高低差はかなり重要らしい。ヒトも高山病になったりする。二階に住んでいて良かった、と思える、数少ない利点だ。


 扇風機で事足りる、と強がったが、熱帯夜であれば流石に厳しい。暑さでボンヤリしていると、遠くでドン、ドドン。音がした。どこかで花火が上がっている。この10年ほど、花火は仕事帰りの車で見るものとなっていた。風物詩というものはどこで目にしても、それなりの感動があるものだ。

 とはいえ、誰かと花火を見に行く、というのもたまにはやっておきたい。では10年より前にそんな事があったかと問われると、容易には思い出せないのだった。今もこの部屋には一匹の羽虫もいない。独りを寂しがるには歳をとり過ぎた。ただ暑さで頭がボンヤリするだけだ。


 どうもいけない。涼みに外へ出た。夜風が生ぬるい。それでも部屋に居るよりは涼しかった。車に乗って冷たいものでも買おうと思った。車一台見当たらない国道をゆっくり横ぎる。と、用水路の上で、蛍の光がフワリと宙を舞った。「おお」思わず声が出た。蛍をみたのはいつかの盆踊りの夜以来だ。昔は近所の田圃にいくらでもいたものだ。

 が、蛍の光は次の瞬間、ものすごい速さで飛翔した。どうもおかしい。昆虫の動きではない。近づくと釣り竿を持ったヒトに遭遇した。無視するわけにもいかず「こんばんわ」上ずった声で挨拶する。応答は無かった。蛍だと思ったのは竿先につけたケミカルライトだったようだ。彼からすれば私は夜徘徊する怪しいオジサンだったろうが、私からすれば彼は用水路で夜釣りする変なヤツだ。きまりが悪かったのか、「変なヤツ」は車に乗り込みどこかへ去った。


 また独りぼっちだ。深呼吸して夜空を仰ぐ。一つの星もない。分厚い水蒸気の向こうに、ボンヤリ発光する月をみつけた。いかにも熱帯の月らしい。ウオンウオン!どこかで暴走するバイクの音がする。賑やかな夏の夜、涼を求めド車を走らせた。

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