作戦は順調のようで。
自室の扉を少し開け、そこから首を出して廊下の様子をうかがう。
しんと静まり返ったそこには、月明かりに照らされた深紅の絨毯と幾何学模様の壁紙、火の消えたタイマー式魔導灯だけが存在している。
よし。誰もいないみたいだ。
音をたてないように廊下に出ると、寮の玄関に向けてゆっくりと足を運んでいく。
ジャックと口論になってから3週間。私は徹底的に彼を避けつづけている。
もちろん、本当に嫌いになったわけじゃないよ? これは、ジャックヤンデレ化計画を成功させるため。
【私がジャックを避けつづける ⇒ ジャックが問題児になる ⇒ 私の従者を辞めさせられる ⇒ 追いつめられる ⇒ ヤンデレてくれる】!!
なんで今まで気づかなかったんだろうっていうくらい簡単なこの計画。
最愛のジャックに冷たい態度をとるのは心が痛みまくってしまうけれど、彼が持っている“ヤンデレ” という類いまれなる素晴らしい才能を開花させるためだと心を鬼にして彼を避けている。
例えば、日課である「愛してる」コールをやめるのはもちろん、登下校だって一人でするし、いつもは私が知らぬ間にジャックが全部終わらせていた炊事洗濯などの家事も自分でやっている。部屋にだって魔法をかけてジャックが入れないようにした。
私の変化にジャックは「今まで王城暮らしだった姫様に家事ができるわけない」と、やがて自分に頼ってくると考えていたらしいけれど、残念ながら私には前世の記憶があるのだ。
第4皇女 セシリアになる前は長い間一人暮らしをしていたのよ? こんなの楽勝よ!
——とジャックを避けて避けて避けまくった結果、ジャックはみるみる成績が落ちて問題児になりつつあるし、私は身分など関係なく自主性を重んじるこの学院の生徒として一般的で健康的な生活をしている。
寝る前にジャックの香りをかげないおかげで少しだけ不眠症気味だけど、計画はちゃんと進んでいるから満足だ。
しかし、ここで痛恨のミス! 紅茶の茶葉を切らしてしまった!
それに気づいたのは夜の11時。満月の夜とはいえ外は真っ暗。でも、幼いころから一日も欠かさずに続けてきた習慣のだから、毎朝紅茶を飲まないと眠気が覚めずに二度寝してしまいそうになりそうだし……
授業に少しでも遅れたことを皇帝に知られたら、ゲームでの展開通りに学院を退学させられるだろう。それは絶対に嫌だ。魔法を使うのは楽しいもの。
——うん。問題児になるのはジャックだけで十分だ。
そうして悩みに悩んだ私は、学院の購買に買いに行くことにしたのだ。
購買は事務棟の一階で、昼休み・放課後・夜の7時~12時までの3部制に分けて営業している。寮から学院までの距離は約500m。
私が寮の玄関にたどり着いた時には、ライトに照らされた腕時計の針は11と4を指していた。
購買が閉まるまであと40分。いそがなくちゃ。
ネグリジェの上に羽織ったカーディガンのボタンをぜんぶ留めて、お金の入ったポーチを握りしめる。
時折ネグリジェの裾を踏みそうになりながら、駆け足で寮の門を出て学院へ一直線に走っていると
「お前が第4皇女だな」
くぐもった低い声が耳元をかすめた瞬間、街灯の光を受けてキラキラと怪しく光る黄色い粉が視界いっぱいに舞い広がった。