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持つべきものは友

「あらあら、まあまあ。それは大変だったわね」


 春の日差しが心地よい昼休み。

なまあたたかい風が吹くなか、驚いたような顔をしているリリちゃんことリリアナが、鈴を転がしたような声でそう言った。


 ぱっちりとした大きな青い瞳が特徴的な彼女は、攻略キャラの一人であるレオン(人気投票では常に1位のオレ様担当)の婚約者で、本来ならばヒロイン(わたし)をいじめる悪役令嬢的な立場にあるはずなのだが……


初見プレイ時からずっと「最推しはジャック。推しカプなら レオン×リリアナ」を貫き通してきた私はレオンと一切かかわらず、リリちゃんの恋の相談に乗り、今では大親友とまで呼べる地位を築き上げたのだ。


「そうなのよ。本当に困ってしまうわ」


 リリちゃんと一緒に学院の中庭にあるベンチに座って、サンドウィッチを頬張る。


 今朝、ジャックと口論になって部屋を飛び出した私は、そのまま身一つで登校した。

筆記用具も教科書も学院のロッカーにしまってあるため授業はいつも通り受けられたけれど、お昼ご飯は別。


いつもなら教室でジャックお手製のお弁当を幸せそうに食べているのに、昼休みになるや否や購買に行こうとする私の姿に疑問を持ったリリちゃんに「私のサンドウィッチを半分あげる代わりに」といろんなことを根掘り葉掘り聞かれまくって今に至る。



「殿方って、無神経なところがあるのよねぇ……」


 リリちゃんは眉を寄せてちょっと怒ったような顔をしながら、ぱくぱくとサンドウィッチと食べていく。


明らかに1人用ではない大きさのピクニックバスケットに詰められたサンドウィッチ。紅茶の入った大きな水筒にカップが2つ。

そして、リリちゃんの頭には「ここぞというときにしか使わない」と言っていた最高級のシルクで作られたカチューシャが。



たぶん、今日はレオン様を誘って一緒にお昼を過ごすつもりだったんだろう。なんだか申し訳ないことをした気分だ。


 食パンに挟まれて窮屈そうにしているハムとレタスとチーズを見つめていると、リリちゃんが口を開く。


「この間なんか、半年ぶりのデートなのにレオン様ったら『急用が入った』って言って帰っちゃったのよ? 何日も前からお化粧やらお洋服やら準備してきたのに、実際にデートできたのは1時間! 1時間よ!? それにあの方、“かわいい” の一言も言ってくださらなかったのよ!?」


 そう言って歯を食いしばる姿は、さすが悪役令嬢と言わざるを得ないほど素晴らしい出来だ。


私が皇帝だったら、リリちゃんのこの姿を彫刻にして芸術作品として愛でるのになぁ……

悲しいかな。第四皇女とはいえ、私はどうあがいても皇帝にはなれないのだ。


 それならば。と、私はリリちゃんの雪のように真っ白な手を取って、言葉を紡ぐ。


「リリちゃんはとってもかわいい妖精さんよ? 私がレオン様の分までたくさんたくさん“かわいい” って言ってあげるわ!」

「まぁ! ありがとう! 私、シシーに出会ってこうしてお友達になれて本当によかったわ! こんなにやさしくてかわいいあなたは、まるでプラチナブロンドの天使ね」


 私のプラチナブロンドの髪を一房とると、リリちゃんはそう言ってやさしく微笑んだ。


ヒロインの象徴のひとつであるプラチナブロンドの髪。

どこを見てもカラフルな髪色ばかりのこの国ではそんなに目立つものではないけれど、黒髪に慣れ親しんだ私にしてみたら本当に落ち着かないのよねぇ……


なんてことを、リリちゃんのピンク色の髪の毛を見ながら考えていると


「でもよかったわ。ジャック先輩、なにかの魔法でおかしくなったわけじゃないのね」


と言ってほっとした様子のリリちゃん。

「これでレオン様にいい報告ができるわ」なんて嬉しそうにしているけれど——



「え!? ジャックになにかあったの!?」


 リリちゃんとの距離を詰める。


「あら。シシー、知らないの?」


 そう言って目をぱちくりさせたリリちゃんの話を要約すると、こうだ。



①今朝、レオン様と一緒に登校していると、フラフラとおぼつかない足取りで歩くジャックに遭遇。


②それを見かねたレオン様がジャックに話しかけても間の抜けたな返答しか返ってこず、上の空といった様子。


③授業中も窓の外ばかり見ているし、小テストでは赤点、模擬戦では負け、魔法薬学の授業では軽い爆発事件を引き起こした。



「それ、本当にうちのジャックの話なの……?」


 長年、彼を推して愛でてきた私も耳を疑うような話すぎて思わず言葉が漏れたけれど、リリちゃんは首を縦に振った。


「それって、本当に容姿端麗、文武両道、冷静沈着で成績優秀者のうちのジャック……?」

「ええ。シシーに尽くして溺愛しているくせに、キスもしてくれないあなたの恋人」


今のジャックはゲームの中の彼から “ヤンデレ” 要素だけをなくしただけで、基本的な性格も言葉遣いも立ち振る舞いもほとんど変わらない。

魔法を使わず剣術で戦うところも、テストではいつも満点なところも、必要以上に人と関わろうとしないところも、完璧主義者でいつも無表情なのにセシリアの前でだけ笑顔を見せるところも全て私の性癖にドストライクなままだ。


 言葉を失っている私にリリちゃんが差し出した水晶型小型通信機には、口を開けたまま一点を見つめるジャックの静止画像が映し出されている。

9年——否、前世を合わせると20年近くジャックを推してきたが、彼のこんな顔は一度も見たことない。


赤点の小テスト用紙を持ってぼーっとするジャック。

訓練場で剣を片手にぼーっとするジャック。

魔法薬の小瓶を手にぼーっとするジャック。

歴史書を上下逆のままぼーっと読んでるジャック——


リリちゃんの水晶に次々と映し出される画像を前に言葉をなくしたままでいると


「シシーに『大嫌い』って言われたのが相当ショックだったみたいね……」


と、水晶に映った画像に憐憫のまなざしを送りながらリリちゃんが言った。



 瞬間、頭の中で電球が点く。


「これだわ!!」


 そう叫んだ時の私の顔はきっと、リリちゃんにも負けないくらいの悪役顔になっていたと思う。

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― 新着の感想 ―
[一言] すっごく続きが気になります。 お忙しいのは重々承知していますが、また戻って書いてくれたら嬉しいです。
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