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約束

 美桜が窓から見える朝早い町の家なみを眺めていると、まだ薄暗い中で道をやってくる集団があった。


 静かな夜明けに不似合いな、鳥やら獣やら古道具やらの、物語の中で見るような、あれは百鬼夜行。

 その先頭を歩くのは、銀色の長い髪の青年、扇丸だ。


 なぜ、と思いながらぼんやり見ていると、扇丸は美桜の部屋の窓に飛びつき中へと入ってきた。


「どうだ、気分は」


「爽快」


 扇丸は美桜の答えに声を上げて笑う。


「そうか、爽快か。よく頑張ったな」


 言われて、美桜は口元がニマニマと動くのを感じた。


「だがアレらはやはりついてきているようだ。片付けておこう」


「いるとまずいの?」


「アレらは人の不幸が好物だからな」


「ごめんなさい、まだまだだったんだね」


 美桜が悔しげにうつむくと、扇丸は腕を組んで笑う。


「いや、十分だ。アレらを始末するのが俺の仕事だからな」


「そうなの? あ、さっきの……」


「俺の部下のようなものだ」


「百鬼夜行かと思った……」


「この国は結界で守られているためアレらは普通存在しないからな。こうして隙を見て入ってくるものを退治するため、夜はああやって見回りをする」


 知らない人が見たら恐ろしげな妖怪道中にしか見えない。

 美桜は昔の人が見た百鬼夜行もそうだったのだろうか、と考えた。


「最近はどうしてたの? ずっと一緒にいたけど、お仕事は?」


「代わりの者がいた。あいつらだけでも十分だが、まれに強いのが出てくると対応できないからな」


 良かった、と美桜が安堵すると、扇丸は嬉しそうに笑いながら彼女を引き寄せる。


「それで、どうする?」


「どう、って?」


「最低限の条件はクリアした。一緒に来るか、と訊いている」


「あ」


 美桜は顔を赤らめた。


 以前に言われていた事を思い出したためだ。


 扇丸の妻となるために一緒に暮らす方法は3つ。


 1つ目は死んであの世に行く。

 2つ目は神隠しにあうような形で扇丸の住む世界へ渡り、時折戻ってきてこちらとやり取りをする。

 3つ目は神職の資格を取り、存在しない架空の夫の戸籍に入り、この世界で暮らす。


 最初のあの世へ行く方法は、親を泣かせたくないという美桜の希望でなしになっている。


「今はまだ2つ目は難しいが、最後の架空の戸籍に入るほうならどうとでもなるぞ」


 昔から神と婚姻を結ぶ人間というのはいたのだという。

 しかし現代では昔のように神を夫や妻とする事は難しい。そのため考えられた方法が、国が用意した架空の人物と結婚した形を取り、神職となって神域に暮らす、というものだった。


「どうする?」


 美桜はまだ学生だ。だがまだ早いとは感じなかった。


「神職って、どうすればなれるの?」


 美桜の問いに、扇丸は笑みを深めて顔を寄せる。そして朝の光の中、2人は初めての口付けをした。









 時は平安。


 百鬼の長と恐れられる扇丸は時の帝と約定を交わした。

 この国を守るため張られた結界の内部に入り込む魔のものを退治するという約定だ。


 扇丸はその約定を果たす中、1人の子どもと出会う。


 黒髪と潤んだ瞳の美しいその女童は、魔のものに数多くまとわりつかれ、息も絶え絶えとなっていた。


『わたしはもう死ぬのでしょうか』


『いや、まだ死なぬ』


『迎えに来てくれたのではないのですか?』


『馬鹿なことを。このくらいで死んではならぬ』


 そう言って扇丸は魔を祓った。


 毎夜毎夜、会って話をするうちに女童は扇丸に心を寄せるようになる。


 定命の人の子など気にもかけていなかった扇丸も、笑って懐く子どもを無碍にはできない。


 鬼と子どもの不思議な逢瀬はしばらく続いた。


 ある日、扇丸は都を離れて遠くの土地へ行くことになった。

 戻ったのは子どもに別れを告げて10年後。


 人の子の成長は早いもの。


 大きくなったかと会いに向かった扇丸を待っていたのは、変わらぬ姿の子どもの魂だった。


 魔のものに疲れ、人の醜さに疲れた子どもは自ら命を絶っていた。


『なぜ自ら命を絶った』


『申し訳ありません』


『なぜ俺を待てなかった』


 黙って首を振り、消えていく魂に扇丸は言った。


『次は必ず、死なずに待て。必ず助けにゆく。だから』


 消える瞬間、子どもの魂は扇丸に約束した。


『次は、死なない。だから』


 助けにきて、と言葉にすることなく魂は消えていった。





 次は、次は必ず助けるから、と。





 あの約束をしたのは秋。


 冬が来て、雪が降って、いくつもの季節が過ぎて。


 違う土地で役目をもらって何年も過ぎた春。


 ある家に女の赤子が生まれた。


 必ず助ける、という思いはそのとき彼の中で少しだけ形を変えた。


 もう決して失くしたりはしない、と。




 この国で女子が婚姻できるようになるのは16才から。


 それまでどうか生きてくれ、と、祈りながら扇丸は今日も魔物を狩る。


 せめてその身にまとわりついて苦しまぬように。


 春に生まれた娘は桜の名前を与えられた。


 自分を覚えていない花の名の娘が生きる事を願いながら、扇丸は今日も魔物を狩っている。約定のままに。






〜了〜








挿絵(By みてみん)

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