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扇丸 

「あれらはお前の夢を通ってこの世界へとやってくる」


 次の日の夜、夕食後に部屋で1人になった美桜の前に昨夜の青年はやってきた。

 昨夜と同じく鍵のかかった部屋に突然現れた青年に、驚きながらも夢ではなかったのだと美桜は嬉しくなった。


 嬉しくて、でも何を言っていいのかわからずにもじもじとする美桜をベッドに座らせ、青年は美桜の勉強机の椅子に腰掛ける。


 まずは毎夜のあれらについて説明しよう、と言って青年が話し出した。


「あれは魔界に棲むものらでな、エサになるものを常に探し、この世界へとやって来ようと狙っている。お前は夢を見ているつもりだろうが、通常の夢とは少し違い、あの世とこの世、もしくは他の世界とこの世界を行ったり来たりしていて、それを夢だと思い込んでいる」


 気怠げに美桜を見やって青年は続ける。


「そして夢を見ながらあちこちうろうろしているうちに、魔界に近い場所に誘い込まれたり、あれらがこちらへとやってくる穴を空けられたりしているわけだ」


 話を聞いて、あの恐怖は気のせいではなかったのだ、と美桜はつい喜んでしまう。

 自分はおかしくなんかなかった。間違ってはいなかったのだ。


「アレは、人を食べるんですか」


「食べるものもいれば壊して楽しむものもいるし、そばにいて苦しめたり利用したりするものいる。いろいろだな」


「みんな、夢を見るとアレがついてくるのですか?」


「普通はない。お前が迂闊で愚かなだけだ」


 迂闊で愚かだと言われても、それでも美桜は安心した。自分が弱いわけではない、怠け者でどうしようもないわけではない、そう思って。

 そして、青年のきつい言い様になぜか暖かみを感じたから。


 バカものが、そう言われているはずなのに、なぜなのか目の前のこの青年は美桜を心配して思いやってくれている、そんな気がした。


「アレは魔物、なんですか?」


「そう考えていい」


「昨日は、アレを倒してくれたんですよね?」


「まあそうだな」


「わたしにもできますか。あいつらを、倒せますか」


「できないことはない」


「倒し方を、教えてください。お願いします! もうあいつらに怯えて眠れないのは嫌なんです。お願いします!」


 美桜がベッドから立ち上がってまっすぐに青年を見つめると、青年は無表情に返す。


「条件がある」


 ぐ、と美桜は唇を引き結んだ。


「なんですか。わたしにできる事なら、何でもします」


 もう嫌なのだ。夜に怯えていつまでも起きているのも、あいつらに怯えて情けなく助けを乞うだけの夜も。


「条件は、お前が俺の妻になる事だ」


 言われて、美桜は言葉を失った。

 つま? わたしのつま。つまり、お嫁さん? 他の意味は……お刺身のつま……は意味が通じない。やっぱり妻、だよね。


「ええと、何故ですか?」


「何故、とは?」


「妻というのはお嫁さんの事ですよね? わたしは美人でもないし頭もごく普通だし、取り柄とかもあまりないと思うのですが」


 美桜のこれまでの人生は、ほんの16年ほどだが、夜に見る悪夢との戦いがほぼ全てだった。

 趣味と言えるほどのものなど無いし、音楽も読書もきつい現実を忘れさせてくれるというのが1番の理由で、それ以上のものではない。

 勉強も並程度。容姿も10人並み。そんな自分がこんな、恐らくは人間では無いのだろうがこんな美しい人物に求められる理由が分からない。『見た目なんか関係ない、君が好きなんだ』と仮に言われたとして、それを信じる事ができるほど純粋でもなかった。


「全くだな。だがこういった事を人間に理由もなく教えるわけにはいかん。しかし身内であれば別だ。お前がわたしの妻となるのであれば様々な事を教えてやる理由ができる」


 真剣な顔で言われて、美桜はどういう反応を返すべきかしばし悩んだ。


 自分で言っておきながらではあるが、平凡で取り柄がないと言われたも同然であることに怒るべきか。

 それとも答えになっていないと詰め寄るべきか。


 そして何を問うべきか質問を探していて、相手の名前すら知らない事に気がついた。


「あ、あの、お名前を、教えてもらってもいいですか」


 青年は少しだけ不愉快そうに眉をひそめた。


「扇丸」


「扇丸。」


 美桜はその名前をそっと唇に乗せる。

 どうしてか、懐かしい響きだと思った。下の上で転がすと、不思議にくすぐったい。


「どうして、わたしを助けてくれようとするんですか」


 少しずつ、美桜は落ち着いてきた。

 彼がいれば、夜は怖くない。それが後ろめたくて、でも嬉しい。


「このまま放っておけばお前は死ぬだろう」


 ぎくりとして美桜は言葉に詰まる。

 それは問いかけなのになぜか断定的で、まるで美桜の全てを見透かしているかのようだった。


 返事をしないままの美桜を冷たく見やり、扇丸は小さくため息をついた。


「自殺は罪が重い。自身の身を守るために、家族や仲間を守るために人を殺す事もあるだろう。だがそれよりも自分を殺す罪は重い。我欲で殺す場合は別として」


 突き刺すような冷たい視線が、美桜にはどういうわけか哀しげに見える。


「お前が今この時まで生きているのも不思議なほどだ。よく生きていたと褒めてやりたいが、この先で死んでは同じ事。俺はお前を生かすと決めた。そのためには手段は選ばん。お前を守り、生かす。お前は忘れているようだが、俺たちはそう約束した」


 助けてくれるのだ、とはっきりと美桜は認識した。


 約束なんて知らない。した覚えがない。扇丸なんて知らない、会った事がない。


 でもこの人は、わたしを助けてくれるのだ。


 誰にも言えなかった、言ったとして信じてもらえないはずのあの恐ろしい夜から。わたしを助けてくれる。


 ぽろぽろと涙がこぼれた。


「たすけて」


 思わずつぶやけば、バカにしたように扇丸は鼻を鳴らした。


「助けると言っているだろう。だから俺の妻になれ」


 喉が引き攣れるように痛んで声にならない。それで美桜は何も言わずにうなずいた。ごしごしと目をこすって涙を拭うと、扇丸がその大きな手で美桜の手首を掴んでとめる。


「皮膚を痛めるぞ、やめておけ。あと返事は声にして言え。契約だ」


「は、はい」


「それは契約するという事だな?」


「はい、っ、よろしく、お願いします……!」


「よし。お前はもう16で婚姻はできるが、お前自身の準備がまだ整っていない。準備が整ったら連れて行くが、それまでは毎晩そばにいてやる。だから安心しろ」


 ぶわ、っと安堵とともに涙が溢れ出てきてとまらない。

 大きな声でしゃくり上げながら泣く美桜の頭を、扇丸はそっとその胸に引き寄せた。








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