夜の闇に潜む
また、夜が来る。
気が狂いそうだ。
夜はけして美桜の味方ではなかった。
それは物心ついた頃からずっとそうで、味方どころか敵であった事しかない。
人は眠れば必ず悪夢を見るものだと、そう美桜は思っている。
それでもみんな悪夢に負けず、毎朝早起きして、平気な顔で頑張っているのだと。
悪夢を見て疲れ果て、朝起きる事ができないのは美桜の意思が弱いから、心が弱いからなのだとそう考えていた。
自分はダメな人間なのだと。
眠るのが嫌で、遅くまで起きている。
布団の中に入ってもなかなか寝つけず、やっと眠れたと思っても、夜中に恐ろしい夢を見て目を覚ます。
恐怖で心臓がどきどきとうるさい。
けれど本当に恐ろしいのはいつもそこからだ。
暗い夜の闇の中。
誰もいない、暗い暗い闇の中。
そこに何かがいる。
それは夢の中からついてきて、美桜の様子を伺っている。
起きているのだろうか、
もう眠ってしまったか、
見えているか、
気づいているのだろうか、
もしも気が付いていれば、起きていれば。
嬲って殺して食ってしまってもいいだろうか。
だから美桜は何も気づかず寝てしまった振りをする。
わたしは何も見えていない。
わたしは何も気がついていない。
わたしは起きていない。起きていない。起きていない。
固く目を閉じて、恐怖に震えながら朝を待つ。
助けて。
お願い、助けて。誰か。
1度も助けがあった事はないけれど、今夜も祈りながら朝を待つ。
もしくはまた眠る事ができるのを。
夜はまだ長い。
それはまだそこにいる。
そこでよだれを垂らし、爪を砥いでいる。
助けて。
美桜は夜の闇に祈る。
助けて、お願い。
気配が首元にやってきて匂いを嗅ぐ。
ねえねえ、ほんとは起きてるんじゃないかい?
気づいてるんだろう?
どんな味がするかな。
きっと気持ちのいい悲鳴を上げて泣き叫ぶよ。
誰か。誰か。お願い、誰か。
食っちゃおうよ食っちゃおうよ殺して食っちゃおうよ。
けたたましく笑うような気配が美桜を囲む。
助けは今日もない。
「美桜、朝よ。早く起きて支度しなさい」
母の声で目を覚ました美桜は「もう少し」と呟いて布団にもぐった。
夢の恐怖よりもその後の恐怖よりも、今は朝の光の中でもう少し寝ていたかった。
どうして自分だけがこんなにダメな人間なのだろう、と思う。
でも体が辛くて起き上がれない。とにかくまだ眠っていたい。
けど学校を休む事はできない。
泣いて喚いてどうにかなるならそうするが、何をしてもどうしようもないのだから、結局はすぐにも起きて学校へ行く準備を始めなければならない。だが、それができないから辛い。
「美桜、早く!」
母に急かされ、こんな世界終わればいいと胸の中で呪いの言葉を吐きながら、美桜は布団から出てベッドをおりた。
悪いのは世界でも母でもなく、自分が悪いのだと分かっていた。
終わるべきなのは他でもない自分なのだと。
もう、死んでもいいだろうか。