鬼がいなくなるまで隠れていよう
なろう企画、夏のホラー2021に参加しました。ホラーというよりは不思議なお話として読んでいただければ嬉しいです。
「かーくれんぼするものよっといで」
大きなかわいらしい声に、これまたかわいらしい子どもが五人ほどよってきます。じゃんけんで鬼をひとり決めたら、他の子どもたちは急いで隠れます。鬼が十数える間に、隠れなくてはいけません。子どもたちの中でもひときわ小さな女の子はかくれんぼが得意でした。たった十秒の間にするすると木の上に登ってみたり、茂みの中にあるくぼみに上手に体を寄せて、他の子どもたちからは分からないようにしました。
この女の子は家の中でもかくれんぼが得意です。お酒を飲み過ぎたお父さんが暴れているとき、お母さんの気が立っていて妙なお小言をもらいそうなとき、さっと隠れて気配を消して嵐が過ぎ去るのを待つようにじいっとしています。ですが、どんなに隠れるのがうまくても、どんなに気配を消すのが上手でも女の子が消えてなくなるわけではありません。お父さんのお酒の量は増えるのに、みんなの食べるご飯がどんどん減っていきます。
ここ数年続いた凶作にお父さんとお母さんは参ってしまいました。一年前に仲の良かった姉が、次の年かその次の年には、女の子が奉公に出される予定でした。こうして遊んでいられるのも今だけです。
いつもは自然の中にとけこむように隠れる女の子でしたが、今日は新しい場所に隠れようと走っています。
「もういいかーい」
「まーだだよー」
大きな声をあげて小さな女の子は林の中をかけていきます。林の中を走っていくと目の前がぱっと明るくなり、ぼろぼろの古ぼけたお堂が現れました。
「もういいかーい」
「もういいよー」
いらだつような鬼の声に返事をすると、女の子は階段を上がりました。あちこち敗れている障子の木枠に手をかけると、そっと開けて中へと入りました。
十歳ほどの少女が赤いランドセルを背負ったまま、林の中を走っています。少女は走るのが苦手なようで、たまに何もない場所で転びそうになりながらも必死に走っていました。
「ちえー。ちえちゃーん。一緒に遊ぼ~」
少女の後ろからは数人の少女が後を追うようにして走ってきます。あざけるように笑う様子は、とても少女の良い友達には見えません。
「ねえ、あーそーぼー」
笑いながら走ってくる少女たちの姿を確認することはできませんでしたが、ちえは追いつかれまいと必死です。ちえはどこに行くつもりなのでしょうか。
(もう、無理。我慢できない)
あふれる涙をぬぐってよろめきながら走ります。息が上がり、走ったせいなのかそれとも恐怖のせいなのか汗が額から滝のように流れ落ちていきます。
(あそぼう。あそぼうって、あんなのいじめじゃない)
ちえは小学校のクラスメートの女子数人からいじめにあっていました。最初はこづかれたり無視されたり、知らない間に物を盗られ後で返されたりするだけでした。それがだんだんエスカレートしはじめ、今日はお金を貸してほしいと言われるようになりました。いじめだと訴えてはみても、証拠がなくクラスメートもあれおかしいなと思うぐらいでいじめとはみなされなかったのです。
(確かに大したことないのかもしれない。でも……)
ちえは自分の判断に自信が持てませんが、去年、彼女たちに関わった女子生徒が何も言わずに転校してしまったことを知っています。その前の年は、不登校になった男の子もいます。何があったのかどんな目にあったのか、ちえには分かりません。
ただ、ちえの勘は恐ろしいほど正確に告げていました。
(絶対、今よりひどい目にあう。それも親やまわりに分からないようにひっそりとエスカレートしていく)
不登校になった子も転校してしまった子も何も言わなかったのです。先生たちも分からなかったのです。無罪放免になった後、彼女たちはしばらく従順な風を装っていました。転校して不登校になった子までいるのに、なぜ彼女たちはいつもどおり生活できるのか、なぜ自分を含めたクラスメートがおかしいと思わなかったのか分かりません。分かるのは自分が当事者になって初めて理解できるということです。
林の中を駆け抜けると視界が開け、古びたおんぼろのお堂の前にたどり着きました。いつから建っているのか誰が管理しているのか分からない謎のお堂です。ちえは一瞬ひるんだものの、土ぼこりのついた木の階段を上がり木の扉をそっと開きます。夕焼けの赤い光が差し込み、中の様子がほんのりと浮かび上がりました。見た目はぼろいのに、中は建てられたばかりのように新しいお堂でした。木の香りと青畳のかぐわしい香りにほっと息をつきます。奥に何か人形のようなものが立っていますがおそらく仏像でしょう。ちえにはそれがどんな仏像なのか見当がつきませんでした。ちえは靴をぬいでそろえると、そのままお堂の中に入ります。
(どうかお願いです。この世から鬼がいなくなるまで、私を隠して下さい)
一瞬、家にいる家族のことが頭に浮かびました。無表情でレンチンした食事を並べる母親と、話しかけても返事をしない父親です。口を開けば離婚と騒ぎちえをどちらが引き取るかでもめています。どちらも、ちえをいらないと言い押し付け合っているのです。その情景がまざまざと浮かび目をとじました。
(家に帰ったって、私はいらない子だ)
どこにも行く場所はない。それならこのまま隠してほしい。
いいですよとどこからともなく声がして、ちえの背後で扉がぱたりと閉まりました。その向こうで、ちえを呼ぶ少女たちの声が過ぎ去っていきます。疲れ切っていたちえは、そのまま青畳の上の横になり眠ってしまいました。
暗がりの中から着物姿の女性が姿を現します。その女性はちえのそばに座りそっと頭をなでました。
「大丈夫。何人子どもが増えても、私がちゃんと育ててあげますからね」
女性の頭の上には小さい角が二本生えています。
「心配しないでね。わたしたち、人間よりもずっと愛情深いときがあるのよ」
目を細めていとおしそうにちえを眺めました。
ここは昔から"ことりぞ"伝説で有名な地です。大抵は誘拐事件で片づけられていますが、なかには本当に不思議な話もあります。二人の女の子がどこに行ったのか誰も分からず、神隠しとして、まことしやかに伝わっていくのでしょう。
読んでいただきありがとうございました。