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プラットフォームの黙示録

作者: パパ活JK
掲載日:2020/06/06

登場人物・設定


さかき:主人公。会社員。妻と幼い子供がいる。

大垣おおがき:会社員。榊の同僚。

香澄かすみ:女子高生。

黄泉こうせん鉄道:榊たちが住まう地方都市の私鉄。

黄泉よみ学園:香澄が通っていた高校。


その日はいつもと変わらない、初夏の蒸し暑い金曜日だった。


榊は定時で仕事を終えたのち、同僚の大垣と金曜日のアフター5を楽しんでいた。

家では妻と子供が待っているが、週末に存分にサービスしたらいい。そう勝手に決意して、自分は友人と二人、賑やかなカウンター席で金色の液体を流し込む。

「クァーッ!!このために生きてる−!」

榊は大ジョッキを一気に空にして、おかわりをオーダーする。

「お前最近飲み過ぎじゃねえの?今日のプレゼンの時、背中の汗ヤバかったぜ?」

「いいんだヨォ。会社のために死ぬ気で働いてんだ。このくらいのご褒美がないと、やってらんねぇよっと。」

そう言い放ち、榊は二杯目のジョッキの中身を吸い込むように飲み干した。

榊の勇姿を横目で見て内心でため息をついた大垣はふと、カウンターの上でB G M代わりに放送されている夜の情報番組に目を移す。

「おい、榊、あれ。」

大垣はつい、腹に麦酒を詰め込み悦に至る同僚をつつき、T Vを指す。

画面の中では、弁護士や評論家気取りの芸能人たちが、数年前の死亡事故に関わる訴訟について、それぞれの立場を代弁するかのように意見を交わしていた。

榊はすでに判断能力を幾分か奪われた目で画面を見上げ、

「あァ、あれか。もうしょうがねえよ。人為的じゃねえって、もうわかってるのにな。」

「でもヨォ、自分たちが作ったとこであんな死なれ方されたら、いたたまれねえよぉ。」

大垣は数トーン声を潜めて呟く。

感傷的になってる大垣を尻目に、榊は、

「けっ。お前のセンチには付き合ってらんねえよ。遺族が金欲しいだけだろ。」

と吐き捨てる。

「ひっでえなぁ。リアリストにも程があるぜ。ま、だからこその榊なんだけど。」

「俺が感傷的になってもよ、変にリアルが混じって気持ち悪いだけだろ。」

時計を確認し、やべ、行こうぜと、大垣は榊を急かして店を出る。

終電が迫っていた。


「やべっ、大垣、俺しょんべん」

「飲み過ぎなんだよ、お前。俺先乗ってるから、ちゃんと来いよ!」

榊たちが乗る最終電車はホームの目の前。大垣はさすがに間違えはしないだろうと思い、乗車を急かすアナウンスが響く中一人電車に乗り込んだ。


榊は勢い余って大便まで催してしまった。

いや、まいった。終電逃すのは厳しい。そう思いつつ半ば諦めながらトイレを出ると、まだそこに電車はとまっていた。

ラッキーラッキー。そう思いつつ、小走りで乗り込む。

車内に乗客は彼と大垣だけだった。

大垣の隣にどすん、と座る。彼は眠っているようだ。背もたれに身を預け、胸を収縮させるだけで、一切の反応がない。

こいつ、俺より飲んでねえだろ。ま、疲れたのか。お疲れさんだな。いいよなー独身って。仕事以外心配することがないんだから。

身勝手な思考を巡らせながら、自分もロングシートの背もたれに身を委ねる。

ドアが閉まる音、モーターが唸る音、車掌のアナウンス。それらが全て遠い彼方から聞こえていた。


「・・じさん。おじさん。おーじーさーん!」

若い声と物理的な揺さぶりで目を覚ます。頭が鉛のようだ。

重いまぶたをこじ開けると、大垣が制服姿の女子高生になっていた。

「・・・大垣?」

「誰ですか?大垣って。私は香澄です。大垣じゃないですよー笑」

「いや、だって、さっきまでそこに大が・・いや、スーツのおじさんがいただろ?」

「スーツのおじさん?・・あぁ、おじさん、寝過ごしたんだ。私がここに来たときは、おじさんだけだったよ?」

やらかした。寝ぼけた頭が一瞬で覚醒し、たかを括って飲み過ぎた事への自責の念がふつふつと湧いてくる。

「おじさん、ザンネーン笑笑。じゃあさ、せっかくだし、香澄と遊ばない?」

は。何言ってんだこのガキ。

「未成年と遊ぶわけねえだろ。しかもこんな時間に。それに俺、妻帯者だぞ。」

「もう。お腹は柔らかいくせに頭は硬いんだ。」

そう言いつつ、俺のビール腹を突きながら、年相応に発育した体を寄せてくる。

「それにその制服、黄泉学園だろ?お嬢様に手を出して社会的に死ぬのはごめんだよ。」

「なーんだ、そんなこと心配してたんだ笑笑。大丈夫。だって、おじさんはもう、」

そう言って、その香澄と名乗る女子高生は俺の耳元で、低い声で囁いた。


「死んでるから。」


理解が全く追いつかない。死んだ?俺が?寝てただけで?混乱して脳がバグる。

「はい?」腑抜けた返事が漏れる。

「もー。おじさん、テンパリすぎ。一回外の空気吸お?」

香澄はいつものトーンでそう言い、俺を車内から外に引っ張っていく。


ホームに踏み出してすぐ、俺は雑草に足を取られる。

雑草?俺の最寄り駅は今年改築されたばかりだが?

そう思いつつ周りを見渡すと、見知らぬ廃墟が広がっていた。

雑草に支配されたプラットフォーム。朽ち果てた跨線橋。建築途中で放棄された駅舎。

思考が追いつかない。何が起こってるんだ。

すがるような思いでホーム上の駅名標識を見る。そこには彼の最寄り駅の名前ではなく、「黄泉」と書かれていた。


黄泉鉄道・黄泉駅


その言葉の意味が頭を駆け巡った刹那、かつての記憶が蘇り、俺は戦慄した。

俺の戦慄に拍車をかけるように、香澄が後ろからいきなり抱きついてくる。

「気づいた?おじさんが今どこにいるか。そして今、おじさんに抱きついて誘ってる悪―いJ Kが誰か。ふふ。」

気づいた。だが認めたくない。

認めたらそれこそ、死そのものだ。

「不慮の事故で女子高生を犠牲にしたのに、大した保証もしないで、のうのうと生きてでっぷり太ったおじさんには、やっぱり私と一緒に遊んで欲しいなー?」

トーンが変わらないのが、逆に恐ろしい。

俺は声の震えを抑えて尋ねる。

「・・お、お前、草薙くさなぎ香澄か?」

「ほーら、やっぱり香澄のこと、知ってたんだ笑笑。元・黄泉鉄道黄泉駅改築責任者、榊弘明さん♪」

体が凍ったように動かない。どうか二日酔いの悪夢であってくれ。

「おじさんの怠慢のせいで、私、鉄骨に潰されちゃったんだよ?あれ、絶対風のせいじゃないよねー笑笑。もーさー、せっかく彼氏とイチャイチャする予定だったのにさー?」

そうだ。忘れもしない。6年前。

俺が監督を務めていた駅の改修工事で、鉄骨が地面に落下。女子高生が下敷きになり、即死。その時事故現場にいた俺の責任も問われたが、事件の瞬間は突風が吹いたということで、俺の責任は結局不問となったのだ。

仕方がないこととは言え、その事件はいまだに、俺の良心を痛めて止まない。

「もう許してくれ。頼む。」

彼女の明るい声が、より一層俺の内側をえぐる。

「しかもその事故の後、何かやばい事件めっちゃ起きたよね。投身自殺とか、脱線とか。しかも黄泉駅構内で。」

「そうだ。そのせいでこの駅は廃止された」

彼女の死後、人為的理由では説明のつかない事件が多数発生した。それらはマスコミの格好の餌食となり、結果としてイメージを重視する私鉄である黄泉鉄道は、黄泉駅の廃止に踏み切った。

「私の左遷とセットでな。」

彼女はクスッ、と含み笑いをした後、

「それやったの全部、わ・た・し。笑」

あっけらかんと言い放った。

今度の戦慄は、以前の比ではなかった。

「お前が、やったのか?」

必死に声を絞り出す。

「さっき言ったじゃーん笑。せっかく黙示録になってあげようと思ったのにさー。」

そう言いながら、彼女は俺の前に立つ。

「でもね、聞いちゃったんだ。おじさんが私のニュースを見た感想」

俺の顔を覗き込むようにして、彼女は続ける。

「だから、私とおんなじ体験をしたら、おじさんがさっき言ったこと、許してあげる」

その刹那、彼女は俺をホームから線路に引き込んだ。

「自分の発言には気をつけた方がいいよ、おじさん。壁に耳あり障子に目あり、ってね♪」

足をすくわれ、俺は抵抗する術なく、また後悔する暇もなく、そう楽しげに囁く彼女に引き込まれていく。

いつの間にか、列車は消えていた。


気がついた時、俺はレールの上にいた。

草薙香澄は消えていた。

一体何だったんだ、あれは。悪夢にしては質が悪すぎる。

そして、むっくりと起き上がったところで、ふと、自分が黄泉駅ではない場所にいることに気がついた。

また、自分の右半身が光に照らされ、その光が急速に近づいていることも。


榊自身が自らの再起をかけて設計した特急列車。

それが彼の生涯最後の風景となった。


暗闇の中で、香澄の声が響く。

「電車の中で寝てたもう一人のおじさんね、あれ、私。笑」

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