イケメン俳優似の男・終
結局ユキが目覚めたのは、六時間以上が経った午前四時だった。
小さく唸り、上体を起こそうとしている。
「まずは服を着ろ、枕元にあるだろう」
副長が慌てて声を掛ける。
「体調はどうだ?」
「頭がガンガンします……ここどこですか?」
とユキは頭を押さえて言った。
「T駅そばのホテルだ。薬と酒飲まされて寝てたんだ」
すかさず水沢が、
「大丈夫、キスはされていません。居酒屋で薬を盛られて誘拐されてパンツ一丁にされた挙句、手首を縛られてあちこち触られただけです。大丈夫、キスはされていません」
と言った。
副長と村尾は果たしてそれを大丈夫と解釈して良いのかと疑問に思ったが、疲れていたので受け流した。
「水沢君がそう言うなら大丈夫なんだろうね」
と、ユキは服を着ながら他人事みたいに言う。
「頭が痛むならまだ寝てていいぞ」
と副長。
「いえ、なんとか歩けそうです」
ユキは答え、「私、ラブホに来るの初めて」とキョロキョロと部屋の中を見回している。
「今度は俺と二人で来ましょうね」
水沢はあくまで真顔である。
「水沢君が言うと冗談に聞こえないね」
とユキは笑う。
冗談じゃねぇんだもんな……と村尾は心の中で呟いた。
四人はホテルを出た。副長はもちろん領収書を忘れない。忘れるわけがない。
車の駐車場所まで歩きながら、副長が経緯をかいつまんでユキに説明した。
「ラブホテルの予習までしてくれてたなんて、水沢君ありがとう」
状況を知らない者が聞けば完全に誤解されそうなセリフである。
「当然のことをしたまでです」
水沢は満更でもない様子。
「悪かったな森田。嫌な思いをさせてしまった」と副長。
「あの妖物が飛ぶなんて知らなかったですし、不可抗力です。私、寝てただけですから何も覚えてないですよ。むしろ楽でした。まぁ頭が痛いのは参りますが」
ユキは微笑んで答えた。
「あと、椎茸が早く食べたいです」
前にも書いたが、ユキは椎茸を一定時間摂取しないでいると禁断症状が発現するのである。
「……それにこの仕事選んだ時に、いろんな覚悟はできてますから」
ユキが小さく呟いたのを、水沢は聞き逃さなかった。
「空飛んだのなら、意識があった方が楽しかったかもしれませんね……あ、どっちか報告書を書く順番代わってくれない? 詳しく書けそうにないから」
後半は村尾と水沢に言った。
「俺が書く」
村尾が即答する。今回自分は何もしていないように感じたし、水沢じゃどうも客観視して書けそうにないと思ったからだ。
副長は、ユキが動揺してないどころか楽しそうであるのを頼もしく思い、見直すと同時にどこか危うさを感じた。
次の出勤日。
副長がユキ達を会議室に呼び出した。
「これを見てくれ」
紙の束をバサリとデスクに置いた。
見ると、先日読むよう言われた妖物についての資料のようである。
「俺たちもう読みましたよ」
村尾が言うと、
「最後のページだ」
副長は紙をめくり一番下の一枚を差し出す。
「あ」
三人は資料に見入った。初めて見るページだった。
「俺は朝からこの件を回してきた警察署に寄って、こっちに送ってきたものと同じものをもう一部ずつ貰って来たんだ」
そのページには、ホテルの部屋で目が覚めた女性二人は男が黒い化け物に見えたので必死に逃げたこと、ホテルの入り口で目が覚めた女性は男に抱えられ空を飛んだような感覚があり、殴ったとたん男は黒い影の様になったと話していたことが記載されていた。
空を飛ぶのは目撃されやすくリスクが大きい。失敗に失敗を重ね、にっちもさっちもいかない状況だったのであろう。
警察は最初、被害者達が泥酔していたため話を真に受けなかったが、複数の同じような証言が集まったことから妖物の犯行を疑い、妖滅署に仕事を回したのであった。
ご丁寧に時候の挨拶と共に、「飛行する可能性がありますのでこの点には十分留意して下さい、検討を祈ります」と顔文字まで添えてある。副長は警察が少し好きになった。
しかしこれ一枚に重要な情報を集約し過ぎだろ、一体どんな構成だよと三人は思った。
「俺は先日資料を二課のビバ……いや柴山課長に渡された。柴山は恐らくわざと大事な部分を抜いてたんだろう。俺たちが失敗するよう仕向けてたんだろうな。今回の妖物は攻撃的でもないし完全に油断していた。すまなかった」
ドケチだが素直で良い上司である。
水沢が椅子から立ち上がり、
「ちょっと殴り込んできます」
と物騒なことを言うのでユキが慌てて制止し、
「向こうもうっかりしてたんじゃないんですか? どこかに落としたとか」
と副長に聞いた。
「恐らく問いただしてもこっちの不手際だと言われるのがオチだ。お前たちもどこかで耳にするだろうが、二課とはいろいろあるんだ。これからも嫌な思いをすることがあるかもしれないから、一応頭に入れておいてくれ」
副長はため息をついた。
足の引っ張り合い。組織は一枚岩ではないのだった。