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ラブホの決闘

 目的のホテルまであと三百メートルを切った時、突然ユキの端末が偽池崎の声を拾い始めた。


「マユミちゃん着痩せするタイプなんだね」だとか「暴れると危ないから後ろ手に縛っとくね」だとか、その他文字にしづらい卑猥なことが聞こえてくる。


 それをイヤホンから聞いた三人は、そうかそうか、彼女は着痩せするタイプなのかと頷きながら必死に走った。


 ようやくホテルにたどり着く。派手な外見ではなくこじんまりした縦長の建物で、部屋数はそれほど多くないようだ。


 奥の「スタッフルーム」と書かれたドアを「たのもー!!」と勢いよく開けた副長が間髪入れず、

「東妖滅署の者だ! 和室の部屋のキーを渡せ!」

 と、妖滅官の手帳を見せハァハァ言いながら怒鳴った。


 すると机で何か作業をしていた初老の男性が驚いた様子でこちらを見た。

「わ、私は社員じゃないのでよくわかりません、責任者に連絡していいですか?」

 と狼狽えている。


「渡さないと全身の皮を剥いで蜂の巣にして八つ裂きにした挙げ句の果てに海の藻屑にするぞ!」

 水沢がこれもまたハァハァ言いながら血走らせた目で男の胸ぐらを掴んだので、男はヒィと小さく悲鳴をあげる。

 そして「301号室と302号室です」とすぐさま白状した。


「これだな」

 村尾もハァハァ言いながら勝手に壁からその部屋のスペアキーを選び取った。階段を駆け上がる。


 三階の廊下で、皆一瞬ためらった。

「どっちだ?!」

「どっちスかね?!」

「どっちでしょう?!」

 和室の部屋は二つ、確率二分の一。


「どっちでもいい、とにかく開けるぞ」

 副長が先に301号室の部屋を開けたが、すぐに「大変失礼いたしました!」と言って出て来た。


 もう一方の部屋を開けた副長が叫んだ。

「ビンゴだ!」


 明らかに妖物である何かがユキの体に馬乗りになっている光景が、目に飛び込んできたからだ。それはかろうじて人の形を保ってはいるが、ぼわぼわと黒い影のような見た目となっている。


 複数の人間がいきなり駆け込んで来たので、妖物は顔らしき部位をこちらを向け硬直した。そして「びっくりしたナァ、もう!」と叫んだ。


 副長が駆け寄り、その顔面と思われる辺りを思い切り殴ると妖物は吹っ飛んだ。予想していた通り、戦闘力は低そうである。


 村尾と水沢はユキの元に走る。ユキはショーツだけの姿にされ手首を縛られていたが、穏やかな寝息をたてていた。見たところ怪我などは無いようだ。


 村尾はユキの体に急いで毛布をかけ、手首を縛っている紐を解く。


 水沢はユキの裸を見るのは正規の手順を経てからと決めているので、彼女のことは村尾に任せることにした。彼のことは信頼しているのである。


 副長が妖物の腕っぽい部分を背中っぽい部分に回して抑えつけると、「タンマ、タンマ」とそれは叫んだ。


 そして副長はまずこう聞いた。

「何故和室にこだわる?」

 余程気になっていたのだろう。

「いや、単に畳の匂いが好きで……」

 妖物が答えると、

「大した理由じゃねぇじゃねぇか!!」理不尽にまた一発殴った。


 横からさらに水沢が妖物の髪の毛っぽい部分を掴み、床に顔っぽい部分を押し付け聞いた。いつものポーカーフェイスではなく、さすがに眉が釣りあがっている。


「森田さんに何した!? 正直に答えないと本体を破壊するぞ!」

 ある一定以上の物理的刺激を受けると妖物は元の単なる物体へと戻ってしまう。さらにその本体に衝撃を加えると、二度と妖物化することはない。


「そ、それだけはやめてくれ。ちょっと触っただけで……」

「キスはしたのか?!」

「だからちょっと触っただけで……」

「閉じた質問に対して文章で答えるな!」

「まだしてない」

「何が『まだ』だ!」

 と、それの頭っぽい部分を思い切り殴り、結局やっつけてしまった。黒い霧が飛び散り、本体が姿を現す。


 ひしゃげたトンガリ靴だった。男性同士にはウケるが女性ウケが悪い、革靴の先端がツンツン尖ったアレである。

 三人は納得したようなしていないような、微妙な表情になった。


 全力疾走の後でさらに一仕事を終えたせいで、お互いしばらく口を聞く余裕もない。胸郭(きょうかく)内にて心の臓がサンバのリズムを刻んでいる。


 副長は、流暢に人語を話す妖物を生け捕りにすれば良い研究材料になったんだがと考えたが、水沢がいなかったら大事になっていただろうから黙認することにした。


「あの……終わりましたでしょうか?」

 部屋の入り口でそう声をかけたのは、先ほどスタッフルームにいた男である。様子を見に来たらしい。三人を見て明らかにひるんでいる。女性の寝ている布団の脇で、複数の男達が座り込み肩で息をしているのだから当然だろう。


 村尾はラブホテルの狭い和室で男三人がハァハァ言いながら座り込んでいる光景を客観視しかけ、慌ててやめた。


 副長が簡潔に事情を説明すると、しばらく部屋を使わせてくれると言う。ただしもちろん、副長が最も憎む「有料」でだ。

 副長は領収書の発行が可能かを男に確認した。


「森田ちゃん、よく寝てんな」

 やっと息が整った村尾が、ユキの寝顔を見て言った。

「薬を飲まされているからすぐには起きんだろう。目を覚ますまで待つか」

 と、副長。


「おいおいおい!」

 村尾は慌てて水沢の手を押しとどめた。スマホのカメラでユキの寝顔を撮ろうとしていたからだ。

「待ち受けにしようと思っただけですけど」

 水沢は一体それのどこに問題があるのだとばかりにムッとした顔で言い、

「そうだ村尾さん、マイ椎茸持ってませんか?」

「……ん?」

「匂いを嗅がせたら起きるかなと思いまして」

「持ってるわけねぇだろ!」


 もしかして、俺の方がおかしなことを言っているのだろうか、と村尾は頻繁に錯覚しかける今日この頃。疲れが溜まっているのかもしれない。


 二人が軽口を叩いている間に副長が自販機の缶コーヒーを買ってきて、村尾達に手渡した。それはドケチの彼にしては大変珍しいことで、通常の金銭感覚を有する者が回らない寿司屋で時価の寿司ネタを複数の大食漢にご馳走するのと同等かそれ以上の行為に相当する。


「水沢のお陰で大事にならずすんだ、ありがとう。二人とも疲れただろう。先に帰って休んでいいぞ」

 副長が言うが、村尾も水沢も首を振った。

「ここにいます」

 ユキが心配だし、副長と言えども男性と二人きりにするのは少々危険に感じられたからだ。


 水沢は「森田さんの体内にGPSを埋め込んではどうでしょう」と提案して副長から却下され、ユキの隣に横たわろうとして村尾に注意されたりしていた。


 その後も五分おきにユキの様子を確認したり、彼女が寝返りを打つたびに何事かと寝顔を窺ったりと、忙しない。


「あの二人といるとチャラ男のお前がまともに見えるな……」

 副長が村尾に同情したように言う。

「よく言われます」

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