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消えた欲張りサン

 ユキと水沢は過去に偽池崎の現れた、S駅前の小さな広場にいた。


 ユキは真新しい服を着てベンチに座り、ターゲットをひたすら待っている。もう二時間以上になる。


 人通りの多い場所で、ユキに話しかけてくる男は多くいたが、それはなかなか現れない。

 水沢に言われた通りできるだけ寂しそうに座っているつもりだが、なにせ長丁場なので退屈してくる。腰も痛い。木刀を持っていないユキは何だか落ち着かない。


 落ち着かないながらも、退屈を紛らわすために図書館で借りた「パパッと簡単! 誰でも出来る一年間作り置きおかず」「椎茸栽培の極意」などの本を読んだりしていた。


 その様子すべてを水沢はじっと見守っていた。

 村尾と水沢は交代でユキの見える位置にあるベンチに待機することにしたのである。今は水沢の番だ。


 ユキが声をかけられるたびに水沢が「八つ裂きにしてやろうか」とか「何様のつもりだ」などと呪詛の言葉を小さく呟くせいで、彼を中心とした半径二メートル以内には無人の空間ができている。


 しかし彼がいつもしているユキの尾行と違って、仕事で堂々とユキを見ていられることに水沢は感謝していた。


 時折村尾から様子をうかがう電話が入るが、「森田さんがひたすらモテています」としか報告すべきことはない。副長や村尾とは偽池崎が出現し、飲み屋なりバーなりに入ったら合流する予定だ。


 午後八時時を回り、今日は空振りかと思い始めた時、ユキに向かって男が一人歩いて来た。ユキがちらりと見ると俳優の池崎面太に似ている。


 ユキはついに来たかとさりげなく本をバッグの中にしまい、端末の通信をオンにした。端末が拾う声は水沢達の持つ端末へ送信される仕組みである。


 男はユキの隣に座りじっとユキの横顔を見つめ、言った。

「ねぇ、この辺でおいしいコーヒーを飲めるところ知らない?」


 ユキは昨日の村尾と水沢のやり取りを思い出し思わず吹き出してしまったが、すぐにまずいと思い下を向き顔を覆った。


 すると男は肩の震えからユキが泣いていると勘違いしたようで、

「ど、どうしたの? 俺で良かったら話聞こうか?」

 と言ったため、ユキはこれ幸いとマユミに成りきった。

 そして「実は失恋しちゃって……」と下を向いたまま答え、誘われるまま男の後をついて行く。


 水沢も立ち上がり、副長に報告するため電話をかけた。

「副長、大変です」

「何だ?! 日経平均でも大暴落したか?!」

 人手不足で働き詰めの副長は、仮眠中に叩き起こされ混乱している。彼は先月デイトレードを始めたばかりなのだ。

「ターゲットが現れたんです。今からつけます」


 水沢は適当な距離を取りつつ歩き出した。普段から頻繁にユキの後をつけているので、その尾行スキルは探偵並みである。


 ユキ達二人は十分ほど歩いた後、居酒屋チェーン店「焼き鳥劇場」に入っていきテーブル席についた。


 平日だからか席の埋まり具合は半分といったところである。水沢は二人を監視出来るが偽池崎からはこちらが見えない席に腰掛けた。もう既に、ユキ達の席には飲み物が置かれている。


 アルコールの入ったユキは名前を聞かれフルネームで答えようとしたが、水沢の原稿上ではマユミの名字が設定されていなかったのでつい、

「田中マユミです」

 と言ってしまった。


 そうすると不倫相手の名字と同じになってしまい、ますます混乱した。ユキはアルコールに弱い。ユキの様子と端末から聞こえる声とに水沢はハラハラした。


 ユキは飲みながら、ナンパスポットに座ることになった経緯を、水沢の設定通りに懸命に説明した。


「田中さん? あぁ、相手も同じ名前なんだね。ふんふん。ひどい奴だね。……ええとそれはどの田中?」

 などと相手はよく飲み込めていないようだったが、目的はユキをホテルに連れ込むことだからか、ただうんうんと話を聞いている。


 水沢のスマホに、副長と村尾が店の前に到着したという連絡が入った。


 その内にユキは強烈な眠気に襲われた。懸命にこらえ手洗いに立ち、副長に電話をする。

「副長、指示下さい。私盛られたみたいです。コップに青い薬を入れるのが見えました。もう寝ます……」


「大丈夫だ、後は俺たちがやるから寝てていいぞ」

 副長が言うと「はい」と返事があり電話が切れた。

 副長は薬入りと分かっていてよく飲んだなと半ば感心し、薬の入手経路についても調査が必要だとも思った。


 ユキは席に戻るなりテーブルに突っ伏して寝てしまった。偽池崎はユキの隣に移り、体を揺すったりしてユキが熟睡していることを確認している。


 一部始終を見ていた水沢はコーラを飲み干し、みしりとコップを割れる寸前まで握りしめた。

「森田が完全に寝たようです。今席を立ちました」

 副長と連絡を取る。


 偽池崎が会計を済ませ、ユキを器用に背負い歩き出した。使ったのは以前に被害者から盗んだ金なのだろう。


「了解。お前もバレないように出てこい。領収書忘れるなよ。絶対にだ。忘れると大変なことになるんだからな」

 指示が細かい。水沢はコーラ一杯だけのために領収書を貰うのは気が引けたし時間もかかるので、会計を済ませると急いで外へ出た。


 表へ出ると予想外のことが起こっていた。ユキ達の姿が見えず、副長と村尾が走る背中だけが見える。水沢も急いで追いかけた。

「どうしたんですか!」


「あいつ、飛びやがった! 資料にはそんなデータなかった!」

 副長が偽池崎に声を掛けた瞬間、相手は「ドロンします!」と叫び宙に浮かび上がったという。


 ユキを抱えたそれの姿は都会の明るい夜空に消え完全に見失ってしまった。空高く飛ぶ妖物の報告件数は極端に少ない。


 今回の妖物はリアルなヒト型をしているので、そこに全エネルギーを注いでいると思われた。ヒト型の上に空を飛ぶことは完全に想定の範囲外であったのだ。


 人型で喋って女好きで空飛んで、どんだけレアなんだよこの欲張りさんめ! と三人は胸中で絶叫した。


 ユキの端末から届く音はヒュウウという風の音だけである。

「ちくしょう!」

 このままではユキが危ない。今回は帯刀していない上に熟睡しているのだ。

「しらみ潰しにこの辺りのホテルを調べるしか……」

 立ち止まって副長が言う。


 すると水沢が副長を制してこう言った。

「こんなこともあろうかと、俺はラブホテルについて予習して来ました。まず、これを見てください。この周辺のホテルに印を付けた地図です 」


 鞄から折り畳まれた紙を取り出し広げている。ラブホテルの予習をしたりファッションについて調査したり泥沼不倫劇を執筆したりと、大変忙しい男である。


 副長と村尾はラブホの予習とはなんぞやと思ったが、緊急事態なので大人しく水沢の地図に見入った。


「結構あるな」

 都会だからか二十箇所近くものマークが付けられている。マークは二色に色分けされ、さらに星と丸の形の二種類がある。


「資料にあったホテルは五件ともナンパ場所から半径三キロメートル以内です。なので今回もその範囲だという前提で予想します」

 水沢は早口で続ける。確かに人一人背負って行くのに遠くの場所はきつい。


 イヤホンに聞こえてくる風の音が喧騒に変わった。踏切の音も大きく聞こえる。ついで静かになり、カバンの中で端末がぶつかっているらしき音だけとなった。建物内に入ったようだ。


「過去の五件は全て、フロントを通らないタイプの自動精算型のホテルを利用しています。このタイプは赤色でマークしています。加えて今踏切の音が聞こえました。つまり線路の直ぐ側です」

 地図上にて線路から離れた場所のホテルに、胸ポケットから取り出したペンでバツをつける。完全に水沢の独壇場である。


 村尾の肩に通りすがりのサラリーマン風の男がぶつかり、舌打ちをして去って行く。俺達はこんな所で一体何の会議を開いているのだろうな、と脳の片隅で囁く声を、村尾は即座に打ち消して、水沢の言葉に耳を傾けた。


「また、五件とも違うホテルを使用していますので相手はおそらく慎重なタイプです。今回も違うホテルを選ぶでしょう。さらに、部屋まで連れ込んだ四件は和室を使用しているという共通点があります。残りの一件も和室のあるホテルでした。和室のあるホテルは星マークです。つまり……」


 村尾の物事を理解しようとする力がほとんど消失しかけた時、水沢の指が一つのホテルを指差した。

「ここです! ホテル『インマイルーム』!!」

 叫びながら一人走り出す。

 目的地は北にこの通りをまっすぐ二キロ弱!


 副長と村尾も続いて駆け出した。乗って来た車まで戻って渋滞の中を進むよりも、走った方が断然早い。本当は種々様々な部分にありとあらゆる疑問を呈したかったのだが、そんな暇はなかった。


 水沢の、一見筋が通っているようでいて支離滅裂のように見えてもその実理路整然とした予想に賭けるしかない。


 副長は息を切らしつつも村尾に「何故和室なんだろうな?」と疑問を投げかけたが、村尾はそんなこと、どうでも良かった。


 ただ、何この展開、と果てしないこの都会の夜空へ大声で叫びたい気持ちを全力で抑えていた。


 そして漠然と、妖滅官になった以上、これからも様々な感情が徐々に死んでゆくのだろうと思いつつ、ただひたすら人混みをぬって駆け続けた。

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