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東京東妖滅暑

 巷では昭和の中頃から、妖物(ようぶつ)と呼ばれる不可解なものが、悪さをしたり治安を悪化させたりと大変問題になっていた。


 妖物とは物体が何らかの感情を持ったもので、その正式名称は「意識起因性変化物体」なのだが、長ったらしい名前なのでもっぱら「妖物」と呼ばれている。


 例えば近年よくある例では、先程のように鏡が妖物化しピカピカふわふわ浮遊したり、爪楊枝(つまようじ)が妖物化し高らかに歌いながら珍妙な踊りを踊り出したりする。


 物が妖物へと変化する原因は人間の意識ではないのかというのが有力な仮説であり、研究者達の見解は概ねこの説で一致している。人口の少ない地方より都市部での出現報告が圧倒的に多いこともその仮説を支持する。


 政府は妖物への対策として新しく専門の職業を作り、その専門家は妖滅官(ようめつかん)と命名された。


 妖滅官となるには、まず公務員採用試験に合格した後、妖滅官養成学校に二年間在籍し卒業する必要がある。


 そこでは妖物に関する知識や法律、一般教養、線形代数からお茶に裁縫、美味しいつゆだく筑前煮の作り方まで様々なことを教わりつつ武術や射撃訓練も行われ、卒業後は本人達の希望が考慮され全国各地に振り分けられる。


 妖滅官とその属する組織は「意識起因性変化物体対策委員会」という、これも新しく作られた機関が統括する。警察や消防の内部に対策室を作る案も出たが、最終的には完全に独立した機関として誕生した。


 これは天下り先の確保のためだとか、また政府高官の愛人やら賄賂やら土地買収問題やら談合やら癒着やら、世の中のありったけの黒い部分が絡んでいるとのもっぱらの噂だが、この部分を掘り下げると上中下巻分の分厚い本が書けるほど話が長くなる上、物語に微塵も関係がないため割愛する。


 人間の方が妖物よりもよっぽど恐ろしいのである。


 長ったらしく説明した挙句に話が逸れてしまう前に、新米妖滅官であるユキ達三人の話に戻ろう。




 四人の乗った車は東京東妖滅署へと到着した。彼らはここの妖物対策一課に所属しているのである。


「どうぞ、森田さん」

 車を降りた水沢は、すかさずドアを押さえユキをエスコートした。

「ありがとう」


 水沢が上司よりも同僚であるユキを優先するのはいつものことなので、副長も村尾も特に何も思わない。もはやその行動は周囲の者にとって、夜になったら日が沈むがごとく当たり前の現象として認識されている。


「報告書の作成、今日は水沢の番だよな」と村尾。

「はい」

 水沢が相変わらずの無表情で答える。


「いい加減、任務に関係ないことは書くなよ」

 副長が釘を刺す。


 水沢は『本日の森田さんは、昨日散髪したことでよりいっそうの輝きを放っていた』だとか、『森田さんの本日のおにぎりの具は一つが梅ゆかりプラス鮭ちりめん、もう一つが半熟煮卵だった』だとか余計なことを報告書に記載し、毎回書き直しを命じられていた。


「お疲れ様、丁度いいところに帰って来ましたね」

 玄関を入ってすぐの廊下で、声をかける者があった。


 隣の課である妖物対策二課の課長である柴山だった。五十過ぎの顔が長く吊り目の男で、バツイチ子持ち。隣に署のトップ、署長の姿もある。


 柴山は平均的な身長だが、署長の方が縦も横も大きいため親子みたいに見える。


「君達は先に行っていいですよ」


 柴山はユキ達の顔も見ずに、シッシッという風に手で三人を追い払った。村尾はムッとしながらもユキと水沢を促し、三人の部下達は廊下の先へと消えていった。


 柴山が副長の持つ水筒に冷ややかな一瞥(いちべつ)をくれ、言う。

「今署長と話していたんですが、一つ仕事をお任せしようと思ってまして」

「はぁ……」

副長は嫌な予感がした。


 署長は「私は仕事があるから、柴山くん後はよろしく」と立ち去り、残された柴山と副長は廊下に立ったまま話を続ける。


「実はこの案件はうちに回って来たんですが、おたくの課の方がぴったりだと思いまして。署長に許可を取ってそちらに振ることになったんです」

 柴山は封筒をぞんざいにバサリと副長に渡した。


 副長は慇懃無礼な柴山が苦手だ。いや、苦手というと語弊がある。大嫌いである。上の前歯が突出していてビーバーを連想させるため、副長は密かに柴山をビバ山と呼んでおり、時々本人にそう呼び掛けそうになって焦ることがあった。


 柴山はユキ達が去った方を顎でしゃくり、

「おたくの課、新しく女の子が入ったでしょう。その子が(おとり)役に適任かと思いまして」

 そしてろくに説明もせずスタスタと行ってしまった。封筒の中身を読めばわかるということであろう。


 篠崎副長の上司の白羽(しらは)課長は現在出張で不在。もし白羽がいれば柴山はこちらに仕事を押し付けないだろうし、もしそうなっても飄々とした性格の彼が上手く断っただろう。


 自分は舐められているのかもしれない、と副長は溜息をついた。クソビバ山転べ、転んで後頭部を強打しろと柴山の背中を睨みつける。


 そして水筒のどんぐり茶を一気に飲み干し、言った。


「やっぱりちょっと苦いな」

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