水沢の「森田さんノート」より一部抜粋②
水沢は相変わらず、ユキに関する情報を「森田さんノート」に記録している。
もはやそれは完全に彼の生活の一部となっている。
起きる、食べる、「森田さんノート」。
寝る、歩く、「森田さんノート」。
そんな感じだ。
5月某日 曇り時々雨
今日は夜勤明けだ。仕事帰りの森田さんを、いつものように尾行する。
今日はリュックで出勤していたので図書館へ行く日だろうと思っていたら、やはりその通りだった。
本日借りた本は以下の通り。
・妖物はどこへきえた?
・話を聞かない妖物、地図が読めない妖物
・窓際の妖物ちゃん
・限りなく透明に近い妖物
・ざんねんな妖物事典
・妖物の膵臓を食べたい
・グアニル酸は世界を救う
・椎茸! 椎茸! 椎茸!
・雑誌「きのこ生活」椎茸特集号 干し椎茸七変化! ~こんなに使える万能きのこ~
先日俺の勧めた「限りなく透明に近い妖物」を借りてくれたのが嬉しい。
その衝撃的な内容を彼女がどう受け取るか、感想を是非聞いてみたい。
5月某日 快晴
今日はブランコの妖物を駆除した。
児童公園内を四足歩行で逃げ回るブランコを俺と村尾さんとで挟み撃ちし、森田さんがとどめを刺した。
彼女がブランコを容赦無く完膚なきまで滅多斬りにした時には、見ていた小さな子ども達が大号泣していた。思い入れのある遊具だったのだろう。
森田さんは子供たちに「大丈夫、大丈夫、役場の人がまた発注してくれるから。工事費抜きで大体二、三十万だよ。税金で賄われるから大丈夫だよ」と、非常に現実的な慰め方をしていたのを、俺はとびきりクールだと思った。
6月某日 雷雨のち豪雨
森田さんの爆弾おにぎりが今日は少し小さかった。しかもいつもと違い色も白い。
聞くと、炊飯器のスイッチを入れ忘れてご飯が炊けておらず、仕方なく冷凍していたご飯で代用したそうだ。
彼女はそれに、椎茸せんべいを粉々にして、ふりかけ代わりにしてまぶして食べていた。
何事にも臨機応変に対処する彼女はとてもたくましくて、天変地異が起ころうともソツなく生き残りそうで頼もしい。
6月某日 雨
ある妖物についての資料を埼玉の妖滅署へ送るよう副長に言われ、森田さんがファックスで送ることになった。
しばらくファックスと格闘していた森田さんは、俺に「どうしよう。送っても送っても資料が消えない」と助けを求めた。
そしてその直後、「あっ、物質転送装置なんてこの世に存在しないよね」
と頬を染めた。恥ずかしがる森田さんもとても良い。
送付先の署に謝罪の電話をすると、「ファックスが延々と用紙を吐き散らかすので、妖物化したと思って駆除するところだった」と言われてしまったそうだ。
6月某日 天気 曇り
「これ、森田さんっていう女性の妖滅官の方に渡しといて下さい」と、出勤途中に若い男から手紙を託された。
これで何度目だろうか。
ほの字の女に直接手紙も手渡せないような軟弱な男に、森田さんを任せられるか。
俺は入念にそれを握りつぶし、さらに念を入れて村尾さんにライターを借り隠滅した。
彼女に近づく悪い虫は、俺が駆逐してやる! ……この世から! ……一匹残らず!!
以上、「森田さんノート」より一部抜粋した。
学校卒業と共に学生寮を出たため、水沢はユキの部屋の窓を監視出来なくなったが、彼は壮絶な努力の末にユキのアパートの近所に家を借りた。
水沢の二十代前半という人生で最もいい時期は、このようにして過ぎてゆくのであった。