廃屋にて
廃屋に銃声が響き渡っている。
銃を持つのは二人、一人は中肉中背で、もう一人は痩せ型ののっぽである。帽子とマスクのために顔は良く見えない。
発砲音がうるさいが、これでも最低限に抑えているつもりである。と言うのもバンバン打ちまくると付近の住民から苦情が来て、場合によっては属する組織の上層部から叱られるのである。また、経費削減のために弾丸も節約を強いられている。国民の血税が使われているのだ。
銃口の先には鏡のお化けみたいな、これは比喩であって比喩ではないのだが、一辺が一メートル半くらいの正八面体が床と天井の中間くらいにプカプカ浮いている。
表面はツルツルピカピカの鏡である。こう書くと何だか楽しげであるが、時々回転しながらこちらに高速で向かってくるので全く楽しくない。むしろ危ない。
鏡のお化けは発砲により元は和室だったであろう、畳が腐ってぶよぶよとした床の上をプカプカ漂いながら部屋の隅に追いやられた。
それを角に追い込んだ所で中肉中背の方が言った。
「今だ森田ちゃん!」
その声は通信機により森田と呼ばれた者の耳に届く。
すると、鏡のお化けの斜め上の天井が丸く切り取られ、一人の人物と共に落下してきた。小柄な体格からして女性のようだ。
その人物は木刀を垂直に構え、落ちざまにお化けを突き刺す。着地と共に刀を抜き、今度は横に振るうとそれは真っ二つになった。
「快ッ感!」
そう言い放った小柄は満面の笑みである。
老朽化した建物とは言え木刀で天井をぶち抜くのは容易なことではなかろうが、彼女にかかると赤子の手をひねるかのように見える。
鏡のお化けは裂けると同時に黒い霧を散らし、後には小さな手鏡が残ったのは誠にもって驚きである。
のっぽが金属でできた頑丈そうな箱にそれを収納する。
落ちて来た人物はアハハと楽しそうに笑っている。先ほど全く楽しくないと書いたが、誤りであった。この女性だけは弾け飛ぶような笑顔を浮かべているからだ。
「いっちょ上がりだね」
彼女は言った。
「森田ちゃんは新技習得に貪欲だなぁ」
中肉中背が言う。
「だっていつも同じパターンはつまらないでしょう。今回は廃屋だから、この機会を有効利用しないと。ある程度は壊してもいいだろうしね」
小柄が答える。
「森田さん今回も素敵でした」
のっぽが言う。森田と呼ばれた小柄は何も答えなかったが、無視したわけではない。毎度そう言われるため、それは「お疲れ様でした」と同義なのだ。
ちなみにこの二日後、廃屋の所有者より天井が抜けているのはどういうことかと苦情が来るのだが、この時の彼女はまだ知る由もない。
部屋の入り口に小柄たち三人の上司が立っている。中年のおっさんである彼は三人に声を掛ける。
「無事終わったようだな」
「森田さんの天井ぶち抜き攻撃が見事決まりました」
のっぽが答える。
「見てたよ。見事なウルトラCだったな」
おっさんはまず死語と共に小柄を褒め、続けた。
「森田、もう鏡の妖物の駆除に飽きたのはわかるが、相手がデータにない動きをする可能性もある。あまり無茶な動きはするな。中距離から徐々に削っていくのが確実だ」
たしなめるように彼は言う。
「すみません副長」
小柄は素直に謝り、ペコリと頭を下げた。
廃屋を出た後に皆マスクを下げたのでやっと三人の表情が見えた。
小柄なのは森田幸、二十二歳。
彼女は自分の名のユキという響きは気に入っているのだが、森田幸という字面が好きではないため、本人に配慮して「ユキ」と表記することにする。
大きなアーモンド形の目に鼻筋が通った美人で、色素が薄いのか色白の肌に、髪色は焦げ茶である。動きやすさを重視するためかショートカットだ。
今は作業着のような色気のない制服を着ているが、このままでもアイドルオーディションの最終選考まで残りそうな容貌である。
あまりに容姿が良いので、路上でスカウトされることも多い。うちの事務所に来ないかと初めて声を掛けられた際に事務所を社務所を勘違いし、「神社で何をするんですか」と答え相手の脳内を疑問符で埋め尽くした過去があるが、それはまた別の話である。
カラオケの十八番は炭坑節、刺身よりもそれに添えられたツマの大根の方が好き。
中肉中背は村尾徹二十二歳。
茶髪で切れ長の一見チャラ男であり、イケメン界にぎりぎりで在籍を許されそうな顔立である。例えばあと二ミリでも眉の位置が上すぎればイケメン界を追い出されるであろう。
髪は明るく今風にふわりとウェーブさせており、これは就業規則に抵触するぎりぎりの色である。髪をセットするため早起きが日課である。
このように髪にはこだわりがあり、中学ニ年の時には「男子はいかなる理由が有ろうが全員丸刈り」という校則を消滅させるためだけにわざわざ生徒会に入り、見事に頭髪自由化を勝ち取って男子児童のちょっとした英雄となった挙句、自由の意味を履き違え生徒指導の教師にきつく絞られたことがあるが、それはまた別の話。
ユキと交際しているのかと良く聞かれるが、そのような事実は微塵もない。
のっぽは墨の様に真っ黒で少し癖っ毛の頭の三白眼である。もさっとした頭と長身のせいで小学生の頃のあだ名はマッチ棒。
水沢啓二、二十歳。上で紹介した二人よりも二歳年下である。
目つきが悪く表情があまりかわらないので何を考えているのかわからないところがあり、中学一年の時にはヤンキーが多かった三年生にすれ違いざまに胸ぐらを掴まれた最高回数は一日六回だが、それはまた別の話である。
副長と呼ばれたおっさんは何の変哲もないおっさんである。通勤ラッシュの山手線の内部で石を投げれば、九十パーセント以上の確率でこのような風体のおっさんに当たるだろう。
篠崎拓実、今年本厄の四十一歳。
部下に理解があるがお金にうるさく割り勘は十円単位、ビニール傘にはでかでかとフルネームが書かれており、噂によると白い靴下にも記名しているらしい。年賀状印刷は今だにプリントゴッコ。ちなみに妻と二人の子どもがいる。