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私が担うもの  作者: syo
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私たちが忘れたこと

 次第に彼らは彼女に関して同じことを考えるようになる。彼女の夢がもたらしたこの気高さを処理する、というよりも気高さの作法として彼女の夢を処理する。彼女に対する偉大さ、悲しみ、痛ましさがそうさせる。


 彼らの、彼女への言及は漠然とし、消えていく。彼らはこうして訳されることのなかった言葉をどうにかしようとする。


 それはごくありきたりな話かもしれない。


 しかし部屋で一人、彼ら一人一人忘れていくことを懸命に努める。



 私たちが忘れたことは:彼女の髪を忘れる。夏に遊んだ海水浴の太陽がどれだけ輝いていたかを忘れる。


 冬のときにまっさらな雪に付けた彼女の掌の形を忘れ、私たちが若い頃に熱中したアニメキャラクターを彼女がそっくりそのまま真似して懐かしませたことを忘れる。


 彼女の乳白色の肌つやがどんな化粧水と保湿液で出来ていたかも、その腕に浮かぶ柔らかでしなやかな血管を忘れる。彼女の首筋を小さく覆う粉状のうぶ毛を忘れ、それをちょっと気にする仕草をしていたことも忘れる。


 彼女のお気に入り水着に収められた小さな胸を忘れる。町の公園で行われた小さな徒競争のスタート地点で彼女が取ったクラウチングの曲線的な筋肉の引き締まりを忘れる。近所に住む太っちょでこっけいな兄について語った話を忘れる。


 いつも私たちが朝虹を見られるようにと彼女がみんなの寝室の窓に貼って回ったストライプカラーのセロファンを忘れる。彼女が家に走り帰ったときの彼女の髪の生え際に滲んだ汗と掌の温かみを忘れる。


 私たちが退屈し何かぼうっとしているときに彼女が教えてくれた秘密の遊びを忘れる。彼女が酢豚を頼むときいつも、いつも、豚肉を取ってソースと野菜だけを食べたことを忘れる。彼女が何か試みると必ず額の髪を押し上げたことを忘れる。その髪を結ぶヘアゴムをよくなくすことも。


 彼女が子供の頃大好きで、今もときどき歌っている歌を忘れる。彼女が9歳のときに家族と行った海で集めた乳白色の貝殻を忘れる。


 彼女がいつも使っていた歯磨き粉の味を忘れ、そのキャップをちゃんと戻さずに家を出たことを忘れる。勉強部屋にあるごみを捨てずにそのままにするという呆れた癖も忘れる。


 私たちは彼女の好きなテレビ番組と同じ時間帯にお気に入りの映画がネットで放送されていると二ついっぺんに見て結局ストーリーが頭に入っていないとわかっているのに見ることを忘れる。彼女が好きなドラマについて話すと決まって忘れてしまったシーンを適当に作り替えて皆に教えてくれたことを忘れる。そしてそれを指摘されて微笑んだことも忘れる。



幸せになるために忘れる。


悲しまないために忘れる。

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