53.風(フウ)
あんでっと化スキルを受けて腹の傷が塞がったアラクネクイーンがゆっくりと起き上がった。
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
アレ、これは俺が初めに喋らないといけない感じ?
イヤ、挨拶は新人が先にするべきだ、それが礼儀ってもんだ。
ん?体育会系の思考だって?良いんだよ。俺たちサクラ組は体育会系なんだから。
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
頼む、頼むから何か言ってくれ。
別に挨拶じゃなくても良いから、お願いだから何か言ってくれ。
気のせいかサクラさんの機嫌も悪くなっている気がする。
新人には厳しかったか。
自分を殺しに来た相手に意識が覚醒した瞬間に挨拶するなんてハードル高いよな。
少なくとも何処かのゴブリンやオークみたいに襲い掛かって来ないのだから合格だろう。
ただ、ここまで無言を貫いたのに俺からいきなり話すのは無理だ。
え?新人には挨拶を強要したのに先輩が何を言ってるんだって。
強要はしてないぞ。
現にハードルが高いって反省してるじゃないか。
よし作戦を考えたぞ。
今まで無言だったのに急に俺が話すのが自然に見える作戦を。
アラクネクイーンの名前を考えるんだ。
そして今まで名前を考えていたから沈黙していたのを理由にして自然と話し始める。
フ、完璧。
俺の知能はスライムになっても全く衰えていない。
『旦那の知能についてはどうでも良いっす。早くこの重苦しい空気を何とかするっす。』
珍しくヤスと意見が一致した。
俺もこの空気を何とかしたい。
ふと疑問に思うのはスキルであるヤスがどうやってこの重苦しい空気を感じているんだ。
『名付けのセンスがないのはどうしようもないっすけど、早く考えるっす。』
前言撤回、ヤスと意見は一致していない。
俺のセンスに疑問を呈するなら是非ともヤスに素晴らしい名前を考えてもらおう。
『・・・黙秘権を行使するっす。』
なぜに黙秘権?
ここは警察署でも裁判所でもないぞ。
それにこの世界に黙秘権ってあるのか?
まぁ、黙秘権があるにしろないにしろヤスは役に立たないってことだな。
う~ん、仙も水仙から取ったしアラクネクイーンも花から名前を考えようか。
俺の知っている花の名前はチューリップ・朝顔・山茶花・彼岸花・・・。
どれも蜘蛛と関係ないな。
こんなときインターネットが有れば簡単に検索できるのに!
ネットに繋がってないからグー○ル先生にも教えてもらえない。
何処かに、何処かに、Wi-Fiス○ットは有りませんか!
何ならWi-Fi付き自動販売機器でも問題ありません。
『そんな科学的なものはこの世界にはないっす。ちなみにオイラは風蝶草って名前の花を聞いたことがあるっす。』
だ、騙されんぞ。
俺がこの世界に来たと同時に生まれたヤスが花の名前を知っているんだ。
どうせ適当な名前だろう。
『オイラは案内人っすよ。旦那と話ができるように旦那の前世の常識もビジアンヌ様から受け取ってるっす。』
な、なんだと!
ヤスが俺の前世の常識を知っている。
風蝶草の名前は常識なのか。
そして俺はその常識である花の名前を知らなかったのか。
い、いや、常識の定義があやふやだ。
ガーデニングが趣味の人の常識かもしれないし、花屋の常識かもしれない。
『オイラの常識の定義に関する知識は持ってないっす。ちなみに風蝶草は海外ではスパイダーフラワーって言われるらしいっす。』
何でそんなピンポイントな知識が常識としてヤスは知っているんだ。
ズルイぞ!
なぜその知識を俺にはくれなかったんだ!
お蔭で黙秘権を行使したヤスにお情けで花の名前を教えてもらうことになったじゃないか。
『ドンマイっす。』
お前に慰められても嫌味でしかないわ!
しかし、背に腹は変えられない。
俺自身の知識では良い名前が思いつかない。
それにはヤスはもともと案内人という俺のスキルだった。
つまり俺の自身の力と言えなくもない・・・なんか嫌だな。
ハァ、アラクネクイーンの名前を決めないとな。
え~と、風蝶草ね。
となると風かな。蝶は食べられる側だから違う気がするしな。
「アラクネクイーン、お前の名前は今日から風だ。」
「ワカリマシタ。マスター。」
え、なんか片言でロボットみたいな喋り方だな。
せめてもう少し生き物っぽい喋り方はできないのか?
仙だってあんでっと化スキルを使った後、流暢に話していたぞ。
『そりゃ旦那、仙は旦那が顔を再構成したじゃないっすか。それに対してアラクネクイーンは元のままっす。話し方が変わるはずがないっす。』
え、つまり仙は俺が顔を再構成したから、もととは顔の構造が変わって言葉が喋れるようになったのか。
確かに元々は豚っぽい顔で言葉を話してなかったな。
ック、風は元々顔の構造が良かったからそのまま使うことにしたから話し方も元のままってことね。
上半身を無傷で倒したことがこんな形でアダになるとは。
「風、アンタには裁縫につかう糸を出してもらうよ。」
「・・・・。」
「なんとか言いな!」
風が返事をしないので今までの無言に対するイライラも合わさってサクラさんの怒りが爆発しそうです。
押えてくださいサクラさん、折角仲間にできたアラクネクイーンを失いたくないんです。
「ふ、風。サクラさんが言うように糸を出してくれ。」
「リョウカイシマシタ。マスター。」
コレってもしかして喋り方だけじゃなくて性格もロボットなのかも。
「風、この人はサクラさん。俺もお世話になっているから風もできるだけサクラさんの頼みを聞いてあげて。分かったらサクラさんに挨拶して。サクラさん、風も悪気はないので許してください。ただ変わった性格をしているだけなんです。」
「サクラ。ヨロシク。」
「ハァ、アタイも大声だして悪かったよ。アンタはアレだね、使い魔みたいに主人の命令に忠実な性格なのは分かったよ。アタイこそよろしくな。」
ハァ、良かった。
サクラさんと風がケンカしたら風が粉微塵になっていたかもしれない。
『旦那、進化できるようになってるっすよ。』
お、ついに進化できるのか。
アレ、進化って勝手にするんじゃないのか?
今まで勝手にしてたよな?
『さぁ、旦那が無意識で進化してたんじゃないっすか?』
無意識に進化って。
よっぽど俺ってスライムから脱したかったんだな。
・・・今はスライムで良いと俺が思ってるってことなのか?
誤字脱字報告ありがとうございます。




