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第8幕
レラとメイガスが去ると、あばら家はたちまち静けさに包まれた。
「ったく、ツいてねえよなあ」
御者は愚痴をこぼす。
雇い主は殺され、自分も危うく死にかけた。命こそ助かったものの、職は失ったし、行く当てもない。
「いっそ、ここに住んじまうかな」
冗談めかして言ってみたが、虚しくなるだけだった。
「寝るか。明日のことは明日考えりゃいいさ」
ワインのおかげか、程よい眠気が襲ってきた。
そのとき風もないのに蝋燭の灯火が消えて、あばら家のなかが暗闇に包まれた。
「え……」
「心配しなくても、あんたに明日はないわ」
御者が振り返ったとき、目端に光る物が見えた。
体に異物が挿入したような、奇妙な感覚。ふと意識が遠くなって、御者は床に倒れた。
呑みすぎたのだろうか。
冷たい。床は知らぬ間に水浸しになっていた。
それが自身の血であることに、御者は最期まで気付かなかった。