第6幕
貿易商の屋敷前には、たくさんの野次馬が集まっていた。
商業ギルドの幹部の一席で、この町で知らぬ者はない程の豪商である。そんな人物が暗殺されたのだから、騒ぎになるのは当然と言えよう。
主を失った屋敷には、捜査のため衛兵が何人も出入りし、使用人などから話を聞きだしていた。被害者が財界の大物なだけに、怠け者で有名な衛兵所長まで出張ってきている。
買い物帰りに寄ってみたレラだったが、特に収穫もなさそうなので、きびすを返した。
そんな彼女を呼び止める人物がいた。
「おや、そちらにいらっしゃるのは、麗しの我が姫ではありませんか」
くしゃくしゃの髪に素朴でにこやかな顔立ちの、どこにでもいそうな平凡な青年だった。
「……なんでここに、あなたがいるのよ」
朗らかに笑う青年とは対照的に、レラはあからさまに渋面を作った。
「こんな所で会うなんて奇遇だねえ。ううん、これは運命と言ってもいい」
彼の名はメイガス。普段は馬車で荷運びの仕事をしているが、本当の生業は情報屋だ。先代の頃から、リヨネッタとつきあいがあるらしい。
「気安く話しかけないで、メイガス。母様か姉様に見られでもしたら……あと、姫はやめてって言ってるでしょ。意味が判らないわ」
「それを言うなら、君こそ。二人っきりのときは、メイガスはやめて欲しいなあ」
「だって他の呼び名を知らないもの。それに、先代から受け継いだ大切な称号なんでしょ」
「そうなんだよねえ。おかげでおいらも、自分の本名忘れちゃったよ」
などと冗談めかして、メイガス青年は肩を竦めた。
「……じゃあ、そう呼ぶしかないじゃない」
「いいや、レラには特別、おいらのことを『お兄ちゃん』って呼ぶ権利をあげよう」
「邪魔だから消えてください。メ・イ・ガ・ス・さん」
「つれないなあ」
唇を突きだして拗ねるメイガス。
胡散臭いものを見るように、顔をしかめるレラ。
彼の仕草は自然体で、いかにもお調子者の青年といった風情だが、それらは全て計算なのだ。腹の奥では、何を考えているか判ったものではない。
それでもレラには唯一の、家族以外の知人だった。そして演技と判っていても、いや判っているからこそ、彼の表情豊かな仕草が羨ましかった。
感情表現が苦手な……そもそも、心というものがよく判らない自分にとって。
「じゃあ、また今晩ね。楽しみにしてるよ、君との逢瀬」
メイガスが、レラにだけ聞こえる程の小声で囁きウィンクした。
「質の悪い冗談はやめてください。メ・イ・ガ・ス・さん」
「はぁい」
「…………」
それから二人は、何事もなかったように別れた。