表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/48

第32幕

 闇のなかに、レラは立っている。

 足元から水の流れる音が聞こえてくる。どうやら、ミューキプン城の地下全体に広がった水路施設のようだ。

 枯れ井戸は、いざというときの脱出路なのだろう。しかもご丁寧なことに、地下水路側からは開けられない仕組みになっていた。

 レラは目を閉じる。心を落ち着かせるために。

「足が動かない」

 他人事のように感じてしまった。我が事ながら信じられなかった。生まれて初めて、選択肢を与えられた気分だった。

 闇のなかで自らをかえりみる。

 デイジアの言葉通り、リヨネッタは自分に忘却の魔術をかけていたようだ。

 だがその魔術も、このまま先へ進めば解かれることになるだろう。忘れていたものを全て取り戻すことができるだろう。それは確信に近い予感だった。

 なのに、なぜ踏みだすことができないのか。これも魔術の影響なのだろうか。

「ラ……レラってば」

 肩を揺さぶられていることに、今更ながら気が付いた。

 いつの間にか、周囲が明るくなっている。

「あなたは……」

 松明を持ったユコニスが、心配そうに彼女の顔を覗き込んでいた。

 いったいどれほどの間、自分はほうけていたのか。これでは暗殺者失格だ。

「どうしてここに?」

「だって、君のことが心配で……」

「王のことはいいの?」

「もちろん父上には報せたよ。でも、これくらいで舞踏会を中止する訳にはいかないって。とりあえず警護は増やすみたいだけど」

「お気楽なものね。そんなに舞踏会とやらが大事なのかしら。自分の命が狙われてるっていうのに」

「そういうことじゃない……と思う」

「父親のことなのに、ずいぶん自信がないのね、王子」

「やめてよ、そんな言い方」

 ユコニスが悲しげに目を伏せる。

 レラの胸の奥で、ちりりと小さな火がぜるような音がした。

「気にさわったのなら謝るわ。私、人と会話の仕方がよく判らないの。それでいつも、シンシア姉様を怒らせてるし」

 ユコニスは苦笑せざるを得なかった。確かに先程まで演じていた貴族の令嬢の姿は、もう影も形もない。

「いいよ、気にしないで。実は父上とは、そんなにうまくいっていないんだ。でも……」

「でも?」

「君には、できればユコニスって呼んでもらいたいな。あの頃みたいに」

 ユコニスが松明を持っていない左手で、レラの右手を握った。彼女が震えていることに気付いたからだ。

「君こそ、リヨネッタ伯母さんたちのことはいいのかい? このままじゃ、その……捕まっちゃうかもしれないし」

「もちろん気になるわ。でも今は、こっちを確かめたいの」

 再び闇の奥に目をやる。松明の炎の先に、ひと筋の道が浮かんでいる。

 それでも動けなかった。

「無理しなくていいんだよ。君さえ良ければ、このまま安全な場所へ避難してもいいし。もちろん僕が守ってみせるから、今度こそ」

「……ありがとう、ユコニス」

 少年だったユコニスの、大きくなった手を握り返した。

「こうしてると安心する。たぶん、体があなたを覚えてるのね」

「それは嬉しいけど……」

 彼女に他意はないと判っていても、そんな言い方をされると赤面してしまう。

「行きましょう」

 レラが一歩を踏みだした。暗闇のなかに向かって。

 靴が乾いた音を立てる。

 かつてここを幼い自分が通った。今隣にいるユコニスではなく、あの人に手を引かれて。

『レラ……』

 暗闇のなかから、彼女の名を呼ぶ声が聞こえてくる。

 優しげな女の声が。

 この先に、あの人がいる。

『レラ……』

 そして、水路の一画に彼女はいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ