第30幕
「え……」
自らの傷を凝視するデイジア。
そこから溢れる血を、呆然と見つめるレラ。
「レラ、あんた……」
デイジアの体が頽れた。冷たくて柔らかい芝生の上に。
「ねえ…さま……?」
レラが、か細い声で呟いた。
「デイジア!」
「……デイジア姉様!?」
ユコニスの叫び声で我に返ったレラは、慌ててデイジアの体を抱き起こした。
「やってくれたわね……」
デイジアが痛みに顔をしかめ、苦笑いを浮かべる。
「油断してたわー。にしても、やっぱ強いね、あんた」
「私、なんてことを……」
「すぐに医師を呼んでくる」
そう言って駆けだそうとしたユコニスを、デイジアが引き止めた。
「バカじゃないの? あたしは、あんたを殺しにきた賊なのよ」
「でも君は……」
「いいから、ちょっと黙ってて。レラと……話をさせて」
どうせもう助からないしね、とデイジアは小声で付け足した。ユコニスは言う通りにするしかなかった。
「ねえ、レラ」
「デイジア姉様……私は……」
「あんた、どこまで思いだしてんの?」
「……もしかして私は、母様や姉様たちとこの城で暮らしてたんですか?」
「それと、あんたの本当のお母さんもね。レラ姫」
「……!」
息を呑むレラ。
「まだその程度しか、思いだしてないんだ。でも咄嗟に、このバカ王子は守っちゃったと。あれあれ、愛の力って、やつ?」
「私……夢中で……」
頭のなかがグチャグチャだ。何をどうしていいか判らない。
すると彼女のそんな様子を見て、デイジアがおかしそうに笑った。
「あんた、そんな顔もするんだ。知らなかった」
「デイジア姉様……」
「知らなかったなぁ」
そして小さく息を吐く。その瞳から、急速に光が失われていくのが判る。
「別に、気にしなくてもいいわよ。今まで散々、あんたを苛めてきたんだしさ……その報いってやつでしょ」
「そんな……デイジア姉様は、私の料理を美味しいって言って食べてくれました」
思わぬ言葉に、デイジアの頬が綻んだ。レラには、そう見えた。
それからデイジアは、弱々しい手付きで腰の小袋から砂糖菓子を取りだし、口に含んだ。
「もう味もわかんないや……」
がくりと、その体から力が抜けた。
「デイジア姉様!」
「もう一回、サンドラおばさんのカボチャのタルト食べたかったなぁ……」
そして目を閉じて、息をしなくなった。




