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第18幕

 ミューキプンの町が浮き足立っている。

 パン屋はいつもよりふっくら焼き上がり、果物屋は昨日より瑞々しい。花屋の軒先は雨上がりのように華やかに。子供たちは楽しい歌を欠かさない。

 陽気な光が、町に降り注いでいる。

 それもそのはず。もうすぐ始まるのだ。

 年に一度の、ミューキプンの収穫祭が。

 その日は、城で絢爛けんらん豪華な舞踏会が開かれる。また城下では、パレードや音楽会などが催され、人々は夜通し呑んで踊って豊穣ほうじょう言祝ことほぐ。

 元々収穫祭は小規模な祭事だったが、九年前に現王の即位一周年にあやかって、盛大に開いたのが始まりだった。今では国をあげての一大イベントである。

 しかも今年は、王の即位十周年という節目の年だ。国民の期待は、いやがうえにも高まっている。

 ただ、レラはこの収穫祭に一度も参加したことがなかった。

 それどころか養母も義姉たちも、この日はなぜか家に閉じ篭り、一歩たりとも外に出ようとしなかった。

 シンシアは幽鬼のように青白い顔をして、ずっと一点を見つめているし、お祭り騒ぎが大好きなデイジアでさえ、文句どころか軽口ひとつ叩かない。

 養母は黙々と占い道具の手入れをしているが、全てを拒絶するような近寄りがたい雰囲気を放っている。

 収穫祭の日だけ、この家は冥府めいふのように沈むのだった。

 不思議だとは思いつつ、レラはあえて追究しなかった。この日ばかりは、義姉たちもレラに無体な注文を寄越さなかったからだ。

 彼女自身もお祭り体質ではなかったこともあり、収穫祭は年に一度の休養日と言い換えてもよかった。

 だが今年は勝手が違った。

「舞踏会に行きます」

 夕餉の席で、リヨネッタがおごそかに言った。

 シンシアとデイジアの肩が、ぴくりと動いた。

「ついに……この日が来たんですね、母様」

 シンシアが固い口調で呟いた。自らに言い聞かせるかのように。

「いよいよなんだね」

 デイジアが不敵な笑みを浮かべた。

「舞踏会に行く……とは?」

 レラだけは言葉の意味が理解できず、鸚鵡おうむ返しに尋ねてしまった。

 城の舞踏会は、自他国の貴族や豪商など上流階級の者だけが招待される。いわば社交界の集いだ。庶民が楽しむのは、あくまで城下の収穫祭である。

「言葉通りの意味です」

 だがリヨネッタは、答えにならない答えを返してきた。

 なおも首を傾げるレラに向かって、信じられない言葉が告げられる。

「今度の標的は、舞踏会のなかにいるのですから」

「えっ!?」

 それはつまり城に潜入して、何者かを暗殺するということだ。偉大なる王のおわしますミューキプン城に。

 衛兵所に押し入るのとは格が違う。あまりにも大それた行為だ。

「いったい、誰を……」

 レラは最後まで言えなかった。聞いてはいけない気がしたからだ。

 だがリヨネッタは何のためらいもなく、最も口にしてはならない名を口にした。

「もちろん、ミューキプン王です」

「!」

 動揺するレラを、リヨネッタが精査するように見つめる。そして、

「あなたは結構です」

「え……」

 冷たく言い放った。

「あなたは来る必要がないと言ったのです、レラ」

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