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第11幕

 殺人鬼。強盗。強姦魔。詐欺師。通り魔。美人局つつもたせ。悪徳商人。不正役人。ごろつき。乱暴者。いじめっ子。

 今までレラたちが、ゴミ掃除の標的にしてきた人種である。

 標的の選別は、いくつかの情報を元にリヨネッタが独断で決めていた。それに従いさえすれば良かった。

 大半が殺されても仕方ないような連中だったためか、なかには事件そのものが大っぴらにならないこともあった。

 ただし、毎回すんなり片付くとは限らない。

 一人で複数を相手にしたり、相手も腕に覚えがあるような猛者もさだったり、何時間も潜伏しなければならないような過酷な状況だったり。

 おかげで何度も命の危険にさらされ、心身ともに摩耗まもうする日々が続いた。

「よくできました。次も頼みますよ」

 リヨネッタは、決まってそう短くねぎらうだけ。

 母に心酔しているシンシアなどは、それだけで天にも昇るような心地のようだったが。

 デイジアは、多少の不満は漏らしているものの、お小遣いさえ貰えるなら満足のようだった。

 レラはとにかく、山積みの仕事を片付けなければならなかった。

 ゴミ掃除が深夜まで及んだときは、眠る間もなく朝食の支度したくをしなければならない。

 リヨネッタは小食だが味にうるさくて、デイジアは健啖家けんたんかだった。ちなみに、シンシアは滅多に家で食事を摂らない。

 作り直しやおかわりの要求に応じていると、レラが食事にありつける頃にはスープもすっかり冷めている。それをパンの切れ端といっしょに流し込むのである。

 その日も手早く朝食を済ませ、日課の家事に勤しんでいると、おめかししたデイジアが二階の自室から下りてきた。

「毎日よくやるわねー」

 つぎはぎだらけの粗末な服で、一心不乱に床を磨いている義妹の姿を見て、デイジアは信じられないとばかりに肩を竦めた。

「あたし、ちょっと出かけてくるから。お・と・こ・と」

 美人で愛嬌もあるデイジアは、異性に大層おモテになるらしい。町で見かけるときは、たいがい男をはべらせていた。ただし、いつも違う男だが。

「それ終わったら、あたしの部屋も掃除しといて」

「はい」

「あっ、そうだ。あたし、カボチャのタルトが食べたいなあ」

「判りました」

「んじゃ、よろしくねー」

 そう言い残すと、デイジアは後ろ手を振りながら、鼻歌交じりに出かけていった。

 少しすると、シンシアが下りてきた。レラを一瞥してから、不機嫌そうにフンと鼻を鳴らす。

「あの、シンシア姉様」

「何よ?」

「カボチャのタルトを作ってもいいでしょうか。デイジア姉様が食べたいと……」

「好きにすれば。私はいらないけどね……何か文句でもあるの?」

「いえ」

「フン、辛気しんきくさい顔。真面目に掃除しときなさいよ」

「はい」

「でも、前みたいに勝手に私の部屋に入ったら、絶対許さないからね」

「あれは、母様がシンシア姉様の部屋も掃除しておけと……」

「はァ!?」

「……ごめんなさい」

「誰に口答えしてんのよ」

 シンシアは苛立たしげに舌打ちすると、乱暴に戸を閉めて出かけていった。

 床磨きが一段落つくと、戸をノックする音が聞こえた。

 リヨネッタの占い客だった。今日は中年の、暗い目をした男だ。

 さりげなく客の様子を観察する。武器の類いは持っていないようなので、二階のリヨネッタの元へ案内した。

 階下に戻ると、再び戸がノックされた。

 戸の向こうにいたのは、情報屋のメイガスだった。

「やあ、レラ。今日も一段と輝いてるね」

「…………」

 レラは無言で戸を閉めた。

「ちょいちょいちょいちょい」

 閉まりかけた戸に足を挟みこんで、その隙間からメイガスが情けない声をあげる。

「何の用?」

「冷たいなあ。せっかく友達が遊びにきたんだから、もっと歓迎してくれたっていいじゃないか」

「友達なんてどこにもいないじゃない」

「……真顔で言わないでくれるかな。ホントにヘコんできちゃうから」

 らちが明かないので、渋々、メイガスを家に招き入れる。

「で、何の用?」

 面倒そうに、レラが訊く。

 メイガスが苦笑しながら、小脇に抱えていた緑色の手土産をテーブルに置いた。

「いいカボチャが手に入ったから、おすそ分けにと思ってさ。タルトにしたら、きっと美味しいと思うよ」

「…………」

 無言で睨みつけるレラ。

 メイガスが降参とばかりに手を上げる。

「デイジアに頼まれたんだよ。美味しいカボチャを届けておけって。作るんでしょ、カボチャのタルト」

「ええ」

 レラは家事の手を止めて、カボチャの品定めをした。確かに、良い代物のようだ。

「いいなあ。レラの作るカボチャのタルトって、ほんとに美味しいもんね。おいらの分もよろしく」

「……いいわよ。余ってたらね」

 褒められて悪い気はしなかったのか、レラは少し面映おもはゆそうに頷いた。

 珍しいものを見た気がする。

「なに?」

「べっつに」

「用事が済んだら帰ってもらえるかしら」

「うわ、冷たいなあ。だいたい君たちは、姉妹揃って、おいらのことを便利に使い過ぎてやしないかい。そもそも……」

 メイガスが愚痴をこぼしだしたが、レラは無視してカボチャを厨房に持ち運んだ。

「カボチャのタルトか」

 デイジアの大好物だ。リヨネッタもこの料理は気に入っているのか、たくさん食べてくれる。

 逆にシンシアは、断固として口にしない。家族でこうも好みに差が出るものなのかと、レラは毎度不思議に思う。

「カボチャのタルト……」

 記憶の端に、何かが引っ掛かる。

 大事なことを忘れているような感覚。

 そういえば、どうして私はカボチャのタルトの作り方を知っているのだろう。誰に教わった訳でもないのに。

「レラ、もしもーし、聞いてる?」

 耳元でメイガスの声がして、レラはふと我に返った。

「何か言った?」

「……やっぱり君たちは姉妹だね」

 メイガスが肩を落とす。

「私たちは、ちゃんと姉妹に見える?」

 レラがぽつりと呟いた。メイガスが、あっ、と申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「ごめん。ちょっと無神経だったね」

「いえ、違うわ。他人からどう見えるのか、ちょっと気になっただけだから」

「珍しいね。君がそんなことを気にするなんて」

「……そうね。なんでかしら」

 考え込むレラを見て、メイガスは少し寂しげに目を細める。

「ところで、あの御者の件なんだけど」

 突然、小声になったメイガスに、レラは怪訝けげんな顔をした。

「御者って……何の話?」

「……やっぱり覚えてないんだね」

「?」

「いいかい、君は……」

「あら、メイガス。来ていたのですか」

 突然声を掛けられて、レラとメイガスは飛び上がらんばかりに驚いた。

 階段の上にリヨネッタの姿があった。その後ろには、先程の占い客がいる。

「ど、どうも、こんにちは。リヨネッタさん」

「レラ。お客様のお帰りです。お見送りして」

「はい」

 レラは慌てて戸を開け、丁重に客を送りだした。

 その後ろでは、リヨネッタを前にメイガスがしきりに恐縮している。

「すいません、お邪魔しちゃって」

「かまいませんよ。二人でどんな話をしていたのですか?」

「いやあ、カボチャを届けにきたついでに、ちょっと世間話をしてただけでして」

「そうでしたか。でもあの子は性格も暗いし、あまり物を知らないから、話をしていても面白くないでしょう」

「いいえ、そんなことは……」

「まあ、あなたと違って、余計な知識を得る必要もないのですが」

「……ハハ」

 リヨネッタが、わずかに目を細める。

「あなたには、いつも世話になっていますね。また良い情報があったら、届けてください」

「もちろんです。じゃ、じゃあおいらはこの辺で」

 そそくさと帰るメイガス。去り際に、一瞬だけレラを見たようだったが。

 メイガスがいなくなるや否や、リヨネッタがレラを呼びつけた。

「彼と何を話していたのですか?」

「いえ、特に何も。取り留めのない話です」

「本当に?」

「はい……あの、どういう意味でしょうか」

「何でもありません」

「あの、母様」

「何でしょう?」

「メイガスが持ってきてくれたカボチャで、タルトを作ってもかまいませんか?」

「カボチャのタルトですか」

「デイジア姉様が食べたいと言ってたので……」

「かまいませんよ。あなたに任せます。それより、お茶を淹れてもらえますか」

「はい、母様。すぐに」

 いつもと変わらぬ光景だ。

 だが何かがすっきりしなかった。いくら丹念たんねんに掃除しても、暖炉だんろの隅に残ってしまう灰のように。

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