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第9幕

『女を探してるみてえだったな。口封じがどうとか言ってたから、けっこうヤバいやつだと思うぜ』

 御者の言葉を頭のなかで反芻はんすうしながら、レラは帰途に就いた。

 考え事をしながら歩いていたせいか、思った以上に遅くなってしまった。

 戸口をわずかに空けて、足音を立てないように家のなかへ滑り込む。暗殺の技術が、こういうところで役立つとは皮肉なものだ。

「ふぅ」

 レラの口から、自然と溜め息が漏れた。

「こんな夜更けに、どこへ行っていたのですか」

「!」

 口から心臓が飛びだすかと思った。

「か、母様……」

 リヨネッタが暗闇のなかに立っていた。昨夜と丸っきり同じ状況だ。

「その、朝食のパンを買い忘れてたので……」

 レラは、用意しておいたパンと言い訳をテーブルの上に置いた。まさか、これが役に立つことになるとは。

「こんな時間にパン屋が?」

「ちょ、ちょっと寄り道してたんです。星が、あまりに綺麗だったから」

「そうですか」

 納得してくれたようで、レラは小さく安堵の息を吐いた。

「遅くなってごめんなさい、母様」

「レラ」

 安心したせいか、リヨネッタに名を呼ばれ、レラは無防備に顔を上げてしまった。

「あ……」

 レラの思考は、その瞬間に凍りついた。

 魔女の眼が、瞳を突き刺し、脳を食いやぶった。

「御者から何を聞いたのですか?」

「なん、の……」

 頭のなかに、白いもやがかかる。

 レラは咄嗟とっさに五感を断ち、意識を保つことに集中した。

 だが靄は徐々に、彼女の心を侵していく。自分が何を考え、何をしようとしていたのか、果ては己れが何者なのかさえ、靄のなかに埋もれていく。

 魔女の問いに、使い慣れた声で、誰かが答えている。

「そう、その程度でしたか」

 安堵したような、リヨネッタの声。

 彼女は誰と話しているんだろう。

「忘れなさい、可哀想なレラ。あなたの今まで通り、わたくしの言うことだけを聞いていればいいのです」

「わかりました、かあさま……」

 レラの声で、レラではない誰かが返事をした。

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