茅島団司
「目が濁ってるぜ、おばさんシスター」
男はそう思いながら、くわえたタバコに火をつける。そして、マザー・アミコが乗った黒いセダンを横目で見すえる。
一七五センチの身長の割に、かなり痩せてみえる彼の身体は、とても不健康そうだ。だからなのか、非喫煙者から見れば不健康極まりないタバコが、その身体によく似合う。
名を茅島団司という、二十九の歳を数える彼は、道端に置かれた筒型の灰皿のそばで、空に向けて紫煙を漂わせながら思った。
──でも、女の子の方は可愛かったな
団司は、視線を車からシスターたちの方へ移す。だが、少女たちはすでに、団司の視界には映らない場所に移動していた。
──あの子たちは、なにも知らずに利用されているんだろうねえ
服の着こなしに無頓着な団司は、カジュアルなチェックのシャツも紺色のズボンも、ヨレヨレである。それはボサボサの髪に、ボロボロのスニーカーと相まって、彼が独身であることを見事に物語っている。
貧乏くさい身なりからして、非常にだらしない印象を受ける団司である。しかし、その見た目に反して、彼はマザー・アミコの企みをすべて読みとっているかのような鋭さを、その細い身体の内に秘めているのだった。
──さてと、いま何時かな?
思考を切り替える団司は、腕時計で時刻を確認する。夕食にはまだ早い時間であることを、アナログの針が教えている。
いま自分の部屋に帰ったところで、中途半端に暇をもてあます時間だ。
「晩飯までに、ちょっくら稼いでくるか」
団司は、お気に入りのタフソーラーの腕時計から目をはなすと、吸い終わったタバコを灰皿に落とした。
日々の生活をパチンコでしのいでいる彼は、ズボンのポケットに手を突っこむ。耳せん替わりのパチンコ玉が入っていることを確認すると、アーケードの方に向かって足を進めて行く。
横断歩道をわたってシスターたちが歩いていた歩道にたどり着くと、あとは少女たちの進んで行った道のりを追うようにして、彼もまたアーケードの通りに向かって歩きはじめた。
団司の体は、街の喧騒に呼び寄せられて吸い込まれるように、人混みのなかに消えて行くのだった。
それから十日が過ぎた。
シスター・マヤとメグの二人は、いつものようにお使いを頼まれる。郵便局での用事も無事にこなして、修道院へ帰ろうとしていた。
この日は、やけに人通りが多い。アーケードに立ちならぶどの店も「特売!」、「お買い得!」、「大安売り!」と派手に宣伝をしている。
どうやら、アーケード全体でなにかしらのイベントが行われているようだ。
メグは、落ち着きなく周囲をキョロキョロと見まわしている。シスター・マヤは、そんなメグの様子がちょっと気になるのだった。
もう少し歩けば、屋根のない広場に出る。そのまま真っ直ぐ進めば、ふたたび屋根のあるアーケードに続くが、直進せずに左へ歩けば中央公園が開けている。逆に右へ行けば、色々な店がズラリとならんでいる。
この辺りで、人通りはだんだんと、まばらになってくる。
そこでシスター・マヤは、始終キョロキョロしているメグに注意しなければと声をかけようとする。
「シスター・メグ、あまりキョロキョロしていると……」
メグの方に顔を向けて歩きながら話す彼女は、自分の前に立っている男の背中に、ドンッとぶつかった。メグに、あまりキョロキョロしていると人とぶつかると注意しようとしていたのに、自分が人にぶつかれば世話はない。
びっくりしたシスター・マヤは、ぶつかった彼にあやまった。
「ご、ごめんなさいっ」
男はふり向いて、その顔に笑みを浮かべた。
「いや、僕の方こそボーッと突っ立ってて、ごめんねえ」
なんとも軽いノリで、言葉を返してくる。その男はシスター・マヤから見れば、十才ほど年上に見える。
しかし、平日の真っ昼間のこの時間、ふつうなら仕事をしているのではないかと思うのだが……。
その男のボサボサの髪とヨレヨレの服装が、彼が無職だということを、おのずと教えてくれる。
茅島団司である。




