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使者の黙示録  作者: 左門正利
第一章 ユリアナ教団
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小さな救世主

 メグはシスター・マヤとちがって、修道院の外の世界に興味津々である。アーケードでは、見るものすべてが珍しい。

 修道服を着た幼いメグが、無垢な瞳でキョロキョロとまわりを見まわす様子は、アーケードを歩く女性たちの心をくすぐらずにはいられない。


「かわいい!」


 メグを見る女性たちの黄色い叫び声が、次々に聞こえる。メグのあどけない顔と仕草は、アーケードを行き来する人々の、愛ある微笑みを誘いだす。


 ──ふむ……


 マザー・アミコは、メグに対するまわりの反応に確かな手応えをつかんだ。

 どちらかというと、シスター・マヤの「おまけ」として連れてきたメグであるが、そのメグがこの計画に予期せぬ収穫をもたらしてくれる。


 ── 一応、最後まで進めてみよう


 マザー・アミコは、そのまま計画を実行する。郵便局に到着したマザー・アミコは、少女たちを窓口まで連れて、シスター・マヤにどうすればよいかを教える。


 ──これでよし。あとは……


 ひと仕事終われば、修道院にまっすぐ帰るだけである。郵便局を出た彼女たちは、ふたたびアーケードにもどり、幹線道路をわたってアーケードの続きをさらに進んで行く。


 やがて彼女たちは、屋根のないちょっとした広場に出る。

 アーケードは再度そこで途切れるのだが、広場の右側には数々の店がならび、左側には公園がひらけている。この場所は、彼女たちが四方八方から、もっとも注目される地点といってよい。


 マザー・アミコは、ここで周囲の様子を確かめる。シスター・マヤの表情は相変わらず冴えないが、まわりの人たちはそんな彼女に温かい目で見守るような視線を送っている。


 ──やはり、この子は運命の申し子だ


 マザー・アミコの抱える不安は杞憂に終わることを、みんなの反応が教えてくれる。

 メグはメグで、この少女はアイドルなみの人気を確立しようとしている。


 ──よし、いける!


 マザー・アミコは、この計画が成功する確信を胸に、アーケードの通りを最後まで歩いて行くのだった。


 アーケードを出れば、車道が左右に伸びている。信号が青になれば向こう側にわたれるのだが、そこは地下道を通って安全にわたれるようになっている。

 わたり終えたところを右に向かってそのまま五分ほど歩けば、彼女たちの修道院が少女たちの到着を待っているのだった。


 街なかで車をおりてから計画完了まで、約二〇分。はじめてにしては、なかなかの出来といえる結果である。


 しかし、やはり不安要素をそのままにしては置けない。シスター・マヤの暗い表情を、どうにかしなければならない。

 マザー・アミコは、シスター・マヤにもっと明るい顔でアーケードを歩くように注意する。


 自分たちは、一般の方々の尊い寄付のおかげで生活しているのだと説明する。それならば、自分たちが健やかに育っていることを笑顔で証明しなければならないと、マザー・アミコはもっともらしく話して聞かせる。

 現実は、シスターたちは教団の闇の仕事で得た収入で育っているのだが、少女たちはそんなことなどまったく知るはずもなかった。


 そして、この計画はまだ改善しなければならない部分がある。外界をろくに知らない子供二人だけでアーケードを歩かせるのは、やはり不安が先立つのは当然である。

 ただでさえ、少女たちは一般の人たちとはちがう格好をしているだけに、変な輩がちょっかいを出して、あらぬ事件に巻き込まれないとも限らない。


 ──ボディーガードが必要だ


 マザー・アミコは当たりまえのように、そういう考えに行き着く。この計画において最優先すべきなのは、シスター・マヤとメグの安全を確保することに他ならない。


 また、少女たち二人が計画を遂行する際に、危害をおよぼす恐れのない一般の人たちが、少女たちに話しかけてくることも十分に考えられる。

 そのときは、訊かれたことに対してこう答えるのだと、問われた場合に応じたさまざまなパターンを、シスター・マヤに刷り込むことが必要だ。


 そこで、キーワードとなる「ユリアナ教団」の言葉を巧みにおりまぜて「わがユリアナ教団は、孤児を育成する健全なる宗教団体です」と、シスター・マヤの言葉で誘導し、世間に認識させてゆくのだ。


 そうして、マザー・アミコが望むシスター・マヤが、完璧にでき上がる。



 マザー・アミコは、少女たちをお使いに行かせる時間にも神経を配る。教育プログラムを考慮して、おやつの時間を過ぎたあとをメインにしているが、別の時間にも行かせたいと考える。


 お使いに行く時間をきっちりと固定してしまうと、アーケードを歩く人たちの顔ぶれがだいたい同じになることは、想像に難くない。

 お使いの時間をずらして、ちがう人たちにも少女の存在を知ってもらおうと、マザー・アミコはそのように考えを巡らせる。


 少女たちをお使いに行かせる回数は、ボディーガードを毎日手配できるわけではないために、月に数回と限られるのは仕方がないことだった。


 最終的な準備を整え、本格的に開始されたマザー・アミコの計画は、シスター・マヤとメグの二人が「お使い」の回数を重ねるたびに、確実に成功へと近づいていった。


 少女たちを守るために、裏社会の信者から派遣された二人のボディーガードは、危険な人間とそうでない人間を鋭く嗅ぎわけられる。

 裏社会で命がけの任務を全うする彼らに任せておけば、少女たちの身は安全だ。もっとも、見るからに強面で屈強な男たちが少女たちの近くにいれば、なかなか人が近づいてこない。


 シスター・マヤとメグの二人は、それ以来ずっとマザー・アミコの指示に従い、教団のイメージアップのためにがんばってくれる。

 悪魔の胎内で育った天使たちは、教団の小さな救世主としてその片棒を担ぐように、しっかりと自分の役割を果たし続けている。



 省みる過去から現実の世界に立ちもどったマザー・アミコは、不気味な笑みを浮かべながら、その目に黒い炎をたぎらせる。


 ──あの子たちがいれば大丈夫。恐れるものは、なにもない


 マザー・アミコはそう思いながら、郵便局に向かうシスター・マヤとメグの背中を見送るのだった。



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