表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
使者の黙示録  作者: 左門正利
第一章 ユリアナ教団
6/44

計画実行

 マザー・アミコが「お使い」と称する教団復興計画は、まず、シスター・マヤとメグに人通りの多いアーケードを歩かせる。


 二人の愛らしい元気な姿を、まわりの人たちに見せつけることからはじまる。子供たちの育つ修道院は、虐待もなく健全であると無言でアピールするのだ。


 修道院の存在をインターネットで大々的に報じていた教団だが、そこで育つ少女たちを実際に見たという人は、存外すくない。

 修道院の近隣に住む人たちは確かに少女たちのことを知ってはいるのだが、街の人々が住んでいる住宅街は、修道院からみて礼拝堂とは反対の方角にある。


 住宅街に住む人々の多くは、仕事や買い物その他どこへ行くにしても、修道院のある方ではなく逆の方向へ進んで行く。

 アーケードへ向かうときでも、彼らはマザー・アミコが利用するルートとは別のルートに足を向けるのがふつうである。

 つまり、修道院や礼拝堂の前を通らない。


 修道院で暮らす少女たちは、祈りをささげるために礼拝堂へ行く以外は、ほとんど外出することはない。

 ゆえに、街の多くの人たちは修道院の存在を知ってはいても、そこに住む少女たちの姿を目にすることは、まずないといってよい。


 そんな人々にとって、白い修道服を身にまとう少女の姿は、目をみはるほどのインパクトを与えることは、想像に難くない。シスター・マヤがメグの手をとり、人がいっぱいいて賑やかなアーケードを歩けば、彼女たちは瞬く間にみんなの注目をあつめるにちがいない。

 あとは、そのまま明るい笑顔を周囲にふりまいてくれれば、なにもいうことはない。


 修道院の健全なイメージが徐々にみんなに植えつけられて、その修道院はわがユリアナ教団が擁する施設であると世間に理解されれば、計画は成功したといえよう。

 多少は時間がかかろうとも、教団は表ならびに裏の業務すべてにおいて、完全なる復活を果たすことができる。


 二人の少女は、マザー・アミコの指示に従いながら郵便局に行くことを目的として、同時に教団のもうひとつの目的をも果たすのだ。

 少女たちが書き留め郵便で送る手紙は、教団の寄付への御礼状かというと、実はそうではない。その大部分は、闇の仕事で得た仲介料の領収書なのである。


 だが、この計画は、最初からすんなりと思いどおりに進んだわけではなかった。



 マザー・アミコは計画を実施するにあたり、少女たちに同行してアーケードの真ん中を歩きながら、郵便局までの道のりを教えようとする。その際、少女たちを見るまわりの人々の反応を探る。


 通りを歩く男たちの目が、少女たちではなく自分の方に集まっていることに、マザー・アミコは戸惑った。徹底した自己管理を己に課している彼女だが、自分が強烈なフェロモンを周囲に放っていることに、まったく気づいていないのだ。


 しかも、彼女のフェロモンは抑制されることなく全開にして放出され、それに当てられた男たちの目は、無意識にマザー・アミコの姿を追いかける。

 マザー・アミコにすれば、そういう彼らの視線は邪魔で仕方がない。


 シスター・マヤとメグを使ったこの計画が、どのくらい効果をあげられるのか見極めなければならないのだが、こんな状態では正しい判断を下そうにも、なかなかそれがかなわない。

 実にやっかいな状況にあるなかで、マザー・アミコはこの計画の思わぬ落とし穴を発見する。

 シスター・マヤの様子がおかしい。


 シスター・マヤはマザー・アミコから一歩さがり、メグと手をつないでマザー・アミコの斜め後ろを歩いている。その表情はどんよりと暗く、目はいつもの輝きが失せている。

 ふだん、礼拝堂へ祈りをささげる以外に、めったなことでは外出しない彼女は、自分の知らない多くの人たちがいる場所が非常に苦手なのだ。


 対人恐怖症というほどひどくはないが、それに近い感覚がいま、シスター・マヤを怯えさせている。まわりの人たちがシスター・マヤに投げかける数多くの視線が、シスター・マヤをますます怯えさせ、彼女は身も心も萎縮している。


 マザー・アミコにすれば、予想外の事態だ。いつも修道院のなかに籠りきりの少女たちは、さぞかし外の世界に憧れているだろうと思いきや、シスター・マヤの反応は全然ちがう。


 こんな元気のない暗い表情を周囲の人たちに見せつけていては、「ユリアナ教団の修道院は健全です」と知らしめることは、とてもできない。

 逆に、あそこの子供たちは虐待を受けているのではないかと、そういうふうに思われかねない。


 マザー・アミコは焦った。計画のメインとなるシスター・マヤがこんなことでは、教団を救うどころか、計画自体が教団をますます窮地に追い込んでしまう。


 ──……一度、出直すか?


 頭の回転がはやいマザー・アミコは、素早く思考を巡らせる。これ以上、教団を不利な立場に沈めてはならない。


 アーケードの通りは、しばらく歩けば幹線道路が横ぎるために途切れるのだが、そこを左に曲がって少し歩けば、彼女たちが目的とする郵便局がある。


 ──とりあえず、郵便局までは行ってみるか


 マザー・アミコがそう思うと、闇からの導きは、どこまでもマザー・アミコの計画を支えようとする。

 もう一人のシスターである幼いメグの存在が、アーケードを歩く人々の思わぬ反応を呼び込んでくる。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ