公園
翌日の日曜日は、おだやかな良い天気になった。
朝の十時ごろ、ミクは母親といっしょに公園に向かって歩いていた。二人とも私服ではなく、白い修道服を身にまとっている。
聞けば、祖母であるマザー・ミホも公園にくるという。祖母に会えるのはうれしいが、日曜日に白い修道服を着て外に出歩くのは、変な気分がする。
ミクとマザー・ミナが公園にたどり着いたとき、ユリアナ聖団のマザーたち五人はすでに到着していた。マザー・ミホの他に、昨日ユリアナ聖団の本部で少女の話を聞いていた幹部たちがいる。
マザー・ミナは彼女たちに頭をさげた。
「すみません、お待たせしてしまって」
総裁のマザー・ミホが、微笑みながら言葉をかえす。
「いいえ、私たちもいま到着したばかりです」
彼女は自分の孫娘の方へ視線を移し、少女と向きあった。
「シスター・ミク、占い師さんに会った場所は、どこですか?」
落ち着いて話す祖母の問いかけに、ミクはアーケードの入口を指さしながら答えた。
「あっちよ、おばあちゃん」
しかし、そこには誰もいなかった。アーケードを出入りする人の姿が、目にはいるだけである。
みんなは、しばらくの間その場所を眺めていたが、占い師が姿をあらわすような気配はない。
ミクは残念そうにつぶやいた。
「やっぱり、いないなあ」
すると、少女の後ろから声がひびいた。
「誰がいないの?」
予期せぬ声にミクがふり向くと、そこには見たことのある顔があった。ミクは、思わず叫ぶような声をあげた。
「あ、占い師さん!」
マザーたちが驚いたようにミクの方をふり返る。
彼女たちの知らない間に、ミクが話していた人物が、少女の背後に立っている。
二十歳ぐらいの若い女性だ。ウェーブのかかった黒い髪が、ふわりと揺れている。着ている衣装は独特のもので、まるで短いマントで身体をおおっているようだ。ひし形を鎖のようにつなげた模様は、とてもカラフルだ。
世間一般の人たちとは、見た目からしてかけはなれた人物であるのは、誰が見ても一目瞭然である。
神秘的な雰囲気を漂わせる彼女に、マザー・ミホは声をかける。
「あなたは、もしかしてルゼ様の……」
その言葉に、若い女性は首をゆっくりと縦にふった。
「私は、リタといいます。あなた方が聞き及んでいる預言者ルゼフィーヌは、私と同じノートルダムの一族です」
占い師リタは、マザー・ミホにそう伝えた。
肌が浅黒い彼女だが、一族の家系をさかのぼると、もともとはヨーロッパの貴族だったらしい。
その昔、ノートルダムは貴族の生活を捨てて、町からはなれた髙地に身を移した。そこではある民族が暮らしており、ノートルダムは現地の女性と結婚して、一族の子孫はいまに至る。
現地に住む人々は、あらゆる災害、災難をまぬがれてきた。
当時のノートルダムには、未来を見透せる能力が備わっていたのだ。疫病や戦争とは縁遠い、平和な日々を現地の人々とともに生きてきた生涯だった。
ノートルダム一族の人間は、その能力を代々ひき継いでいる。
ひょっとすると、大昔から有名なあのミシェル・ド・ノートルダム(ノストラダムス)と血縁関係があるのかもしれない。
マザー・ミホは、黙示録のことが気にかかる。それについては、鍵をにぎる一人であるリタに訊かなければならない。
「あなた様が、ここへ姿をあらわすということは、やはり使者様の子孫の方も」
深刻な表情をしているマザー・ミホに、リタは優しく微笑んだ。
「彼には、このまえ会いましたよ」
ミクが、大事な話の最中に、勝手に割りこんでくる。
「カヤシマって人のこと?」
リタは笑顔で「そうよ」と答えた。
ミクの幼い頭が考えを巡らす。ユリアナ聖団のマザーたちにとって、カヤシマという人物は非常に重要な存在であるらしい。
しかし昨日、彼を見た感じでは、ユリアナ聖団とはまったく関係のないように思えた。
祖母のマザー・ミホは、占い師のお姉さんのことを知っているようで、みんなはどういう関係があるのだろう?
──ぜんぜん、わかんない
ミクの頭がパンクしそうになる。そもそも、マザーたちがここへきたのは、なぜなのか。
ミクは、自分の思う疑問を占い師のリタに投げかける。
「ねえ、今日この場所でなにかあるの?」
リタは、ミクに目線を合わせながら答えた。
「黙示録が実現となる運命にあるなら、私たちは神に導かれる」
そういわれても、少女にはさっぱり意味がわからない。リタは言葉を続ける。
「シスターも、私も、そして」
リタはミクの背中ごしに視線を移した。
「ほら、彼も」
その言葉に、ユリアナ聖団のみんながふり返る。ひとりの青年が、すぐそばまで歩みよってきていた。
ミクが大きな声で彼の名を呼ぶ。
「あ、カヤシマさんだ!」
茅島純司は、優しい目をしてミクに微笑んだ。




