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使者の黙示録  作者: 左門正利
第八章 もうひとつの黙示録
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ユリアナ聖団本部

 翌日、ミクはマザー・レイナといっしょに車の後部座席に座って、学校からユリアナ聖団の本部に向かった。


 ユリアナ聖団の本部は郊外のはずれにあり、黒いセダンのハンドルをにぎる運転手の話によれば、車だと三十分ほどかかるという。

 めったに乗ることのない自動車は、ミクの心をウキウキさせる。後部座席に座る少女は、次々に変わりゆく見たことのない景色にまったく飽きることもなく、本部に到着するまでの時間を満喫した。


 たどり着いたユリアナ聖団の本部は、かなり大きな建物だと思ったところが、そうでもなかった。

 二階建ての建物は、少女の通学する三階建ての学校の方がずっと大きく感じた。


 本部は横に長く、左端は奥の方へのびていて、上から見るとL字型の建物であることが認識できる。

 正面からだとわかりにくいが、L字形の内側に礼拝堂が建っている。      


 高さ二メートルの塀がこの建物をとりかこみ、門のところには屈強そうな男の警備員が、左右に一人ずつ立っていた。

 その警備員にマザー・レイナが自分の身分証を見せると、門のフェンスが左右に引っ張られるように開いて、車がゆっくりと中へ入ってゆく。


 本部の敷地内に入ると、ミクの母親であるマザー・ミナが、ミクたちを待ちかまえていた。


「ママ!」


 ミクは母親の胸に飛びこんでゆく。 


「よくきたわね、シスター・ミク」


 マザー・ミナはそういうと、ミクたちを連れて建物の真ん中あたりにある入口に向かって、歩を進める。本部にきたみんなを総裁のところへ案内するのが、彼女の役目なのだ。


 本部の入口に足をふみ入れると、通路が左右にのびている。その通路をはさんでいくつもの部屋がならんでいるのだが、部屋には窓がないため中の様子はわからない。


 みんなは通路を左へ歩き、突き当たりを右に直角に折れ、まっすぐ進む。外に面する壁には窓があるのだが、外をのぞいても見えるのは敷地をかこむ塀ぐらいなもので、あまりおもしろいとはいえない景色だ。


 突き当たったところが会議室となっており、総裁であるマザー・ミホがそこにいる。


 ドアの右側に静脈認証の識別センサーがあり、マザー・ミナがセンサーに右手をかざすと、ドアが自動ですべるように右に開いた。

 ミクは、はじめて見るシステムに驚いて目をぱちくりさせている。


 マザー・ミナが娘にやさしく言葉をかけた。


「さ、入るのですよ」 


 最初にマザー・ミナが会議室に足をふみ入れ、彼女のあとにミクがつづく。 

 さらにマザー・レイナが入ると、ドアが閉まる。


 マザー・ミナが後ろをふり向き、ミクの背中をささえるようにして前に出なさいと無言で導く。

 視界がひらけたミクの目に、祖母であるマザー・ミホの姿が映る。ユリアナ聖団の総裁である彼女は、長い机の向こう側、正面に座っていた。


「おばあちゃん!」 


 およそ半年ぶりに会う祖母は、やさしい笑顔で孫娘を迎えるのだった。


「よくきましたね、シスター・ミク」


 孫がきたことを喜ぶマザー・ミホの両横には、ミクの知らないマザーが二人づつ座っている。彼女たちも、ミクを歓迎するように微笑んでいる。

 もう一人、彼女たちから少しはなれた右側に、机を別にしてパソコンを前に座っているマザーがいた。


「さあ、その椅子に座りなさい」 


 マザー・ミホはそういって、ミクが部屋の中央にある椅子に座るの待った。そして、少し落ちついてから声をかけた。


「シスター・ミク、昨日あなたは占い師さんに会ったのですね」 

「うん」

「そのときのことを、私たちに話してちょうだい」 


 ミクは祖母の言葉に答えようと、昨日のことを思い出しながら話そうとする。


「えっと、アーケードのなかに入ろうとしたら、占い師さんに声をかけられて……」 


 本部のマザーたちは、ミクの話を興味深くききいった。

 少女が話し終えると、マザー・ミホは確認するようにミクに問いただした。


「その男の人の名前は、確かに『カヤシマ』といったのね?」

「うん」


 話を聞いていた五人のマザーたちは、ひそひそとよく聞こえない会話をはじめる。

 その間、ミクは彼女たちの背後の壁、上部にかけられてある絵を見ていた。ある人物の抽象画である。

 体をやや左に向け、とても優しそうな目でこちらを見つめているその顔からは、あふれんばかりの愛らしさが伝わってくる。


 ──セイント・マヤだ……


 直感的に、そう思った。生涯を独身でとおした彼女の、若き日のありし姿に、ミクは女神を見る想いがする。

 と同時に、なにか懐かしい感じがする。


 マザーたちの話に区切りがついたとき、祖母であるマザー・ミホがミクにいった。


「もういいですよ、シスター・ミク。話してくれてありがとうね」


 そして、マザー・ミナを先頭にミクたちが部屋から出ていくと、会議室にのこっている本部のマザーたちは、ふたたび会話をはじめた。彼女たちの顔つきは、真剣な表情に変わっている。


「マザー・ミホ、やはりこのことは、黙示録と深い関係があるのではないかと思います」

「そうですね、偶然とは思えません」

「マザー・ユキナがよく連絡してくれましたね」 

「ええ、本当に。とても大事なことなので、彼女が連絡してくれていなかったら……」     


 修道院のマザーたちは、本部から重要事項としてあらかじめ告げられていた。「カヤシマ」という人物に会うか、あるいはその名を耳にしただけでも、至急本部に連絡を入れるようにと。

 マザー・ユキナは、本部の指示に忠実にしたがったのだ。


 ここで、マザーの一人が表情をかたくしながら、マザー・ミホにたずねた。  


「黙示録が現実になる日が、近いのでしょうか」


 彼女がいう黙示録は、ユリアナ聖団本部でも限られたマザーしか知らない。    


 マザー・ミホは、彼女に答えた。 


「わかりません。ただ……」 


 肌で感じるものがあった。


「近いうちに、その青年に会うような気がします」 


 ふと思いついたように、みんなに告げる。


「明日、あの子が占い師と青年に出会ったという場所へ行ってみましょう」


 別のマザーが、総裁の顔をのぞきこむようにして問いかける。


「お孫さんのシスター・ミクも、いっしょに連れて行くのですか?」


 彼女の言葉に、マザー・ミホはピンとくるものがあった。


「ええ、そうしましょう」


 ミクを連れてくることに重要な意味がある。マザー・ミホは、そう思うのだった。



 

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