驚愕
「いけない!」
ミクは慌てた。すっかり忘れていた。はやくもどらないと、マザーに怒られる。
占いどころではなくなったミクは、急いで公園の方に走っていった。
公園で少女を待っていたのは、両手を腰にあてて恐い顔をしているたマザー・ユキナだった。
「シスター・ミク、どこへ行っていたのですか」
「ご、ごめんなさいっ」
ヘタな言い訳をするとよけいに怒られるので、ひたすら謝るしかない。
だが、マザー・ユキナは容赦しない。
「どこへ行っていたのか、いいなさい」
「あの、占い師さんのところへ」
「占い師?」
「はい。民族衣装みたいな服をきた人に呼ばれて」
マザーが怪訝な顔をする。ミクは正直に話そうと思うのだが、焦るあまり舌がうまく回らない。
「わ、私の占いの途中で、男の人が呼ばれて、その人の占いをはじめたら長くなって、えっと」
マザーは、この少女が、またとるに足らない言い訳をしているのだろうと思った。
ところが、そうではなかった。
「ユリアナ聖団をつくったっていうシスターを、『使者』っていう人が助けたっていって……」
それを聞いたマザー・ユキナが、少女の両肩をガシッとつかむ。
「そ、その話は、誰に聞いたのですか!」
マザーのすごい剣幕に、シスター・ミクはびびった。
「あ、あの、占い師さんです」
まわりのみんなが、こちらを見ている。マザーが震えるような声でミクに問いかける。
「他には、どんなことを聞いたのですか」
「えっと、使者っていう人が預言者と結婚して、子供はまだ生きていて……」
いや、当時に産まれた子供は、すでに寿命を迎えているはずで、ミクは「子孫」という言葉を省いてしまっている。
しかしマザーは、そのあたりは混乱することなく理解できた。
少女は話を続ける。
「占ってもらってた男の人の名前が、えっと、なんだっけな。使者っていう人と同じで……あ、そうだ、カヤシマだった」
マザー・ユキナが愕然となり、ひどくショックを受けているのが顔にあらわれる。
ただ事ではないことが、その表情から伝わってくる。ミクは、不安な気分になってくる。
「マザー・ユキナ?」
ミクの呼びかけにハッとした彼女は、自分自身に冷静さを強いるような声で少女に問いただした。
「その占い師さんは、どこにいますか?」
少女は、占いをしていた場所を教えようとふり返り、右手の人差し指でその場所を示そうとする。
「あそこに……あれ?」
占いをしていたはずの場所には、誰もいなかった。机までがなくなっている。
「おかしいな、確かにあそこにいたのに」
夢でも見ていた気がする。これが嘘だと勘違いされると、お仕置きは強烈なものになる。少女はマザーに説明しようと、そちらへふり返る。
すると、マザーはどこかに電話をかけようとしている。
「もしもし、本部ですか。あの、大事なお話が……」
ミクは、マザーが電話で話し終えるまで、じっと待った。
「はい、わかりました。では、明日そちらに向かわせます」
話が終わったマザーは、ミクに告げる。
「あなたは、みんなのところにもどりなさい。いま話したことは、誰にもいわないように。いいですね」
「はい」
返事をしたミクは、みんなのいる場所に歩を進ませる。
青白い顔をして帰ってきた少女を、他のシスターたちが、わらわらと取り囲んだ。
「シスター・ミク、あなた、なにをしたの?」
「マザー・ユキナ、すごく怒ってたじゃない」
ミクは、みんなにつられるように話しかけた。
「私、うら……」
マザーに、誰にもいわないようにと釘をさされたばかりなのに、もう忘れるところだった。
「うら?」
「いや、なんでもない」
「いってよう」
「ダメよ。マザー・ユキナに怒られるっ」
もう罰を受けることは決定的であり、そのうえさらにマザーのいい付けを守らなかったら、お尻を何十回ぶたれるかわからない。
ミクは、頑としてなにがあったのかみんなに話すことはなかった。
修道院へ帰る時間になったとき、ミクはマザー・ユキナに呼ばれる。
「シスター・ミク」
「はい」
少女は、また怒られるのではないかと思ったが、そうではなかった。
「シスター・ミク。明日、あなたはマザー・レイナと本部へ行くことになったので、そそうのないようにするのですよ」
「本部?」
「ええ、ユリアナ聖団の本部です。あなたは、はじめてですね」
本部にまで行って怒られなければならないほど、自分は悪いことをしたのか?
そう思い、愕然となるミクにマザーは告げる。
「本部のえらい人たちに、あなたが私に話した今日の出来事を伝えるのです。今日、あなたが経験したことは、わがユリアナ聖団にとって非常に重要なことなのですからね」
「…………」
「シスター・ミク、なにも心配はいりません。本部の人たちは、ただ話を聞くだけです。明日は、あまり緊張しないようにするのですよ」
罰とは無関係のようだが、ミクは変な気分になった。占いが、そんなに大事なことだろうか。
その日は、覚悟していたお仕置きもなく、ホッとしたミクだった。
自宅に帰ったミクは、いつものように台所の棚の中から、おやつのお菓子を取り出す。修道院の中等部であるシスターの姉は、まだ帰っていないようだ。
マザーである母親は本部で仕事をしているのだが、今日は本部に泊まり込みで、自宅には帰らない。彼女の仕事は、こういうことが月に数回ある。
父親は、ふつうの会社勤めだ。晩ご飯はすでに母親がカレーを作ってあるので、それを温めるだけでよい。
ミクはお菓子をかじりながら、今日の出来事を思い出す。なぜか「カヤシマ」という名前を、一生忘れられない気がした。
やっぱり明日が不安になる。本部に行ったら、ママやおばあちゃんに会えるといいなと少女は思うのだった。




