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使者の黙示録  作者: 左門正利
第八章 もうひとつの黙示録
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驚愕

「いけない!」


 ミクは慌てた。すっかり忘れていた。はやくもどらないと、マザーに怒られる。 

 占いどころではなくなったミクは、急いで公園の方に走っていった。


 公園で少女を待っていたのは、両手を腰にあてて恐い顔をしているたマザー・ユキナだった。 


「シスター・ミク、どこへ行っていたのですか」 

「ご、ごめんなさいっ」 


 ヘタな言い訳をするとよけいに怒られるので、ひたすら謝るしかない。


 だが、マザー・ユキナは容赦しない。


「どこへ行っていたのか、いいなさい」  

「あの、占い師さんのところへ」  

「占い師?」 

「はい。民族衣装みたいな服をきた人に呼ばれて」 


 マザーが怪訝な顔をする。ミクは正直に話そうと思うのだが、焦るあまり舌がうまく回らない。  


「わ、私の占いの途中で、男の人が呼ばれて、その人の占いをはじめたら長くなって、えっと」 


 マザーは、この少女が、またとるに足らない言い訳をしているのだろうと思った。 

 ところが、そうではなかった。 


「ユリアナ聖団をつくったっていうシスターを、『使者』っていう人が助けたっていって……」 


 それを聞いたマザー・ユキナが、少女の両肩をガシッとつかむ。  


「そ、その話は、誰に聞いたのですか!」  


 マザーのすごい剣幕に、シスター・ミクはびびった。 


「あ、あの、占い師さんです」 


 まわりのみんなが、こちらを見ている。マザーが震えるような声でミクに問いかける。 


「他には、どんなことを聞いたのですか」 

「えっと、使者っていう人が預言者と結婚して、子供はまだ生きていて……」 


 いや、当時に産まれた子供は、すでに寿命を迎えているはずで、ミクは「子孫」という言葉を省いてしまっている。 

 しかしマザーは、そのあたりは混乱することなく理解できた。 


 少女は話を続ける。


「占ってもらってた男の人の名前が、えっと、なんだっけな。使者っていう人と同じで……あ、そうだ、カヤシマだった」 


 マザー・ユキナが愕然となり、ひどくショックを受けているのが顔にあらわれる。 

 ただ事ではないことが、その表情から伝わってくる。ミクは、不安な気分になってくる。


「マザー・ユキナ?」 


 ミクの呼びかけにハッとした彼女は、自分自身に冷静さを強いるような声で少女に問いただした。 


「その占い師さんは、どこにいますか?」 


 少女は、占いをしていた場所を教えようとふり返り、右手の人差し指でその場所を示そうとする。 


「あそこに……あれ?」 


 占いをしていたはずの場所には、誰もいなかった。机までがなくなっている。 


「おかしいな、確かにあそこにいたのに」 


 夢でも見ていた気がする。これが嘘だと勘違いされると、お仕置きは強烈なものになる。少女はマザーに説明しようと、そちらへふり返る。 

 すると、マザーはどこかに電話をかけようとしている。 


「もしもし、本部ですか。あの、大事なお話が……」 


 ミクは、マザーが電話で話し終えるまで、じっと待った。


「はい、わかりました。では、明日そちらに向かわせます」 


 話が終わったマザーは、ミクに告げる。


「あなたは、みんなのところにもどりなさい。いま話したことは、誰にもいわないように。いいですね」  

「はい」 


 返事をしたミクは、みんなのいる場所に歩を進ませる。 

 青白い顔をして帰ってきた少女を、他のシスターたちが、わらわらと取り囲んだ。 


「シスター・ミク、あなた、なにをしたの?」 

「マザー・ユキナ、すごく怒ってたじゃない」


 ミクは、みんなにつられるように話しかけた。  


「私、うら……」 


 マザーに、誰にもいわないようにと釘をさされたばかりなのに、もう忘れるところだった。 


「うら?」 

「いや、なんでもない」 

「いってよう」 

「ダメよ。マザー・ユキナに怒られるっ」 


 もう罰を受けることは決定的であり、そのうえさらにマザーのいい付けを守らなかったら、お尻を何十回ぶたれるかわからない。

 ミクは、頑としてなにがあったのかみんなに話すことはなかった。


 修道院へ帰る時間になったとき、ミクはマザー・ユキナに呼ばれる。


「シスター・ミク」

「はい」


 少女は、また怒られるのではないかと思ったが、そうではなかった。


「シスター・ミク。明日、あなたはマザー・レイナと本部へ行くことになったので、そそうのないようにするのですよ」  

「本部?」     

「ええ、ユリアナ聖団の本部です。あなたは、はじめてですね」 


 本部にまで行って怒られなければならないほど、自分は悪いことをしたのか?

 そう思い、愕然となるミクにマザーは告げる。  


「本部のえらい人たちに、あなたが私に話した今日の出来事を伝えるのです。今日、あなたが経験したことは、わがユリアナ聖団にとって非常に重要なことなのですからね」 

「…………」 

「シスター・ミク、なにも心配はいりません。本部の人たちは、ただ話を聞くだけです。明日は、あまり緊張しないようにするのですよ」 


 罰とは無関係のようだが、ミクは変な気分になった。占いが、そんなに大事なことだろうか。

 その日は、覚悟していたお仕置きもなく、ホッとしたミクだった。



 自宅に帰ったミクは、いつものように台所の棚の中から、おやつのお菓子を取り出す。修道院の中等部であるシスターの姉は、まだ帰っていないようだ。


 マザーである母親は本部で仕事をしているのだが、今日は本部に泊まり込みで、自宅には帰らない。彼女の仕事は、こういうことが月に数回ある。

 父親は、ふつうの会社勤めだ。晩ご飯はすでに母親がカレーを作ってあるので、それを温めるだけでよい。  


 ミクはお菓子をかじりながら、今日の出来事を思い出す。なぜか「カヤシマ」という名前を、一生忘れられない気がした。

 やっぱり明日が不安になる。本部に行ったら、ママやおばあちゃんに会えるといいなと少女は思うのだった。



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