出会い
リタに呼ばれた男が、ミクのとなりにならぶ。
二十歳ぐらいの青年だ。リタと同じ年頃のように思える。
自分の占いを中断されたミクは、リタに不満をぶつける。
「ねえ、私の占いは?」
「ああ、すまない」
彼女は、いまきたばかりの青年に右手を向けながら話す。
「この人は、とても大事な運命を背負っているんだ」
優男と呼びたくなるような顔をした彼は、人々に害を及ぼす人間には見えない。
いまの時代、戦争やテロの危機は考えられないといってよく、平和を脅かすものはなにかというと主に疫病と災害が挙げられる。
彼の出現で、そう遠くない日になにかが起こるのを、リタは確信する。ひょっとして、急を要する事態が迫っているのかもしれない。
この青年はどういうことに関係してくるのか、占い師のリタはぜひにも調べてみたいと思った。
彼女は、ミクに申しわけなさそうに頼んだ。
「シスター、すまない。一旦、その手を外してくれないか」
ミクは、いわれたとおりに布の上にのせている右手をどける。
次に、リタは青年の顔を見上げた。
「シスターがやっていたように、そこに右手を置いてほしい」
青年は、彼女のいうとおりにする。占い師が下を向くと、白い布にふつうの人には見えない青い文字が浮き出てくる。文字というより、記号といった方がよいかもしれない。
そこに、思わぬ文章があらわれる。
──え?
リタは目を大きく見開いた。
──黙示録?
彼女が困惑していると、「まさか!」と思うようなことを青年が口にする。
「へえ、おもしろいね。なんて書いてあるの?」
リタはガバッと顔を上げ、驚愕した目で彼を見た。焦ったように青年に問いかける。
「あ、あなたには、この文字が見えるのか?」
青年は、当然のようにうなずいた。
「うん。でも、どこの国の文字かわからないから、読めないや」
しばらく呆然としていたリタは、ふたたび白い布に視線を移す。
──そういうことか。彼が……
ゆっくりと顔を上げた彼女は、青年に尋ねた。
「あなたは自分の先祖について、なにも聞いていないのか?」
「先祖? いいや、なにも」
「あなたは、人類絶滅の危機だったといわれる大災害を知っているか」
「ああ、かなり昔の話だね」
会話の途中で、ミクが割りこんでくる。
「私、知ってる!」
青年が、少女に顔を向ける。
「そうか、君はユリアナ聖団のシスターだね」
「うん!」
災害の話は、ユリアナ聖団に属する人間の方が、よく知っている。
「地球上のほとんどの人が死んだんだけど、ユリアナ聖団をつくったっていうシスターが助かって、そのシスターのおかげで人間はいまも生きているのよね」
十歳の年齢では、詳細な部分までは伝えられないらしい。だが、一般の人々も、これ以上に詳しいことはわからないのが現状だ。
リタは、ミクに訊いてみる。
「シスター。その話に出てくるシスターは、どうして助かったか知ってるかい?」
「ううん、わかんない」
予想どおりの答えだ。リタが少女に微笑み、やさしく教える。
「災害が起きたとき、『使者』という神様の使いがいたんだ」
「ししゃ?」
「そう。その使者が、シスターを救ったんだよ」
「本当?」
「本当だよ。このことは、ユリアナ聖団のマザーたちも知っていると思うけどね」
目をキラキラさせながらリタの話を聞いていたミクは、彼女に問いかける。
「ねえねえ、その使者っていう人は、どうなったの?」
少女の知らないことを、リタは話す。
「使者はね、シスターや他に生きのこった人たちといっしょに、毎日を過ごしたんだ」
「それから?」
「使者は、神様から人の病気を治す力をもらっていてね」
ミクの瞳が、一段と輝く。リタの話に、ますますのめりこんでゆく。
「使者に助けてもらったシスターは、使者から神様の力をいただく方法を学んだんだ。そしてシスターは、人々の病気を治していった」
ずっと黙っていた青年が、つぶやいた。
「そうだったんだ」
リタが青年の方に顔を向ける。
「そして、シスターを慕う人々が彼女のもとに集まり、ユリアナ聖団が誕生することになる。使者はどうなったかというと……」
リタは、意味ありげな視線を青年に送った。
「災害当時に、いっしょにいた預言者と結婚し、子供が産まれた」
「預言者?」
「そう、預言者である彼女は、私の一族だった」
青年と少女の目が点になる。
「彼らの子供の子孫は、現在も生きている。その名を」
次のひと言が、青年に驚愕をもたらす。
「『カヤシマ』といった」
青年は、彼女の口から出た言葉に対して反射的に右手を布からはなし、一歩あとずさるのだった。
呆然となっている彼に、リタは尋ねた。
「あなたの名前を教えてくれないか」
青年は、信じられないという顔で答えた。
「茅島……純司」
ミクが純司を見上げる。
──じゃあ、この人は……
少女の思考は、リタが続ける言葉によって断たれた。
「カヤシマ、あなたは私の一族よりも、使者の方の血が濃いようだ」
純司のかわりに、ミクが訊いた。
「どういうこと?」
「シスター、あなたには見えないと思うが、私が占いをするときには、白い布に青い文字があらわれるんだ」
「全然、見えないよ」
「ふつうの人ならね。でも、この人には見えた」
少女は、ふたたび純司を見上げる。占い師をじっと見つめている彼は、頭の中が真っ白になって、なにも考えられないようだ。
リタの話が核心に近づく。
「私の一族なら、この文字は読めるはずなんだ。しかし、彼は読めない。でも、文字は見える」
「…………」
「使者もそうだったんだ。私の一族の遺伝子よりも、使者の遺伝子の方が優ったようだね」
それを聞いたミクは、純司に顔を向けていった。
「じゃあ、人の病気を治せるの?」
純司は頭を左右にふった。
「いや、人の病気を治したことは、一度もないよ」
するとリタは、当然のように彼に話すのだった。
「やり方を教われば、あなたならできるだろう。だが、それよりも大事なことがある」
「大事なこと?」
「そう。あなたは、神から使命をあたえられているんだ。自分では気づいていないと思うが、それは……」
話が非常に重要なところにさしかかっているとき、邪魔をするかのように女性の声がひびいた。
「シスター・ミク!」
名前を呼ばれた少女は、焦ったように公園の方をふり向いた。




