表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
使者の黙示録  作者: 左門正利
第八章 もうひとつの黙示録
39/44

出会い

 リタに呼ばれた男が、ミクのとなりにならぶ。

 二十歳ぐらいの青年だ。リタと同じ年頃のように思える。 


 自分の占いを中断されたミクは、リタに不満をぶつける。


「ねえ、私の占いは?」 

「ああ、すまない」


 彼女は、いまきたばかりの青年に右手を向けながら話す。 


「この人は、とても大事な運命を背負っているんだ」 


 優男と呼びたくなるような顔をした彼は、人々に害を及ぼす人間には見えない。

 いまの時代、戦争やテロの危機は考えられないといってよく、平和を脅かすものはなにかというと主に疫病と災害が挙げられる。


 彼の出現で、そう遠くない日になにかが起こるのを、リタは確信する。ひょっとして、急を要する事態が迫っているのかもしれない。

 この青年はどういうことに関係してくるのか、占い師のリタはぜひにも調べてみたいと思った。


 彼女は、ミクに申しわけなさそうに頼んだ。


「シスター、すまない。一旦、その手を外してくれないか」  


 ミクは、いわれたとおりに布の上にのせている右手をどける。 


 次に、リタは青年の顔を見上げた。 


「シスターがやっていたように、そこに右手を置いてほしい」  


 青年は、彼女のいうとおりにする。占い師が下を向くと、白い布にふつうの人には見えない青い文字が浮き出てくる。文字というより、記号といった方がよいかもしれない。

 そこに、思わぬ文章があらわれる。


 ──え?


 リタは目を大きく見開いた。


 ──黙示録?


 彼女が困惑していると、「まさか!」と思うようなことを青年が口にする。


「へえ、おもしろいね。なんて書いてあるの?」  


 リタはガバッと顔を上げ、驚愕した目で彼を見た。焦ったように青年に問いかける。


「あ、あなたには、この文字が見えるのか?」


 青年は、当然のようにうなずいた。


「うん。でも、どこの国の文字かわからないから、読めないや」 


 しばらく呆然としていたリタは、ふたたび白い布に視線を移す。


 ──そういうことか。彼が……


 ゆっくりと顔を上げた彼女は、青年に尋ねた。  


「あなたは自分の先祖について、なにも聞いていないのか?」 

「先祖? いいや、なにも」 

「あなたは、人類絶滅の危機だったといわれる大災害を知っているか」 

「ああ、かなり昔の話だね」 


 会話の途中で、ミクが割りこんでくる。


「私、知ってる!」 


 青年が、少女に顔を向ける。 


「そうか、君はユリアナ聖団のシスターだね」  

「うん!」 


 災害の話は、ユリアナ聖団に属する人間の方が、よく知っている。 


「地球上のほとんどの人が死んだんだけど、ユリアナ聖団をつくったっていうシスターが助かって、そのシスターのおかげで人間はいまも生きているのよね」 


 十歳の年齢では、詳細な部分までは伝えられないらしい。だが、一般の人々も、これ以上に詳しいことはわからないのが現状だ。


 リタは、ミクに訊いてみる。  


「シスター。その話に出てくるシスターは、どうして助かったか知ってるかい?」 

「ううん、わかんない」  


 予想どおりの答えだ。リタが少女に微笑み、やさしく教える。


「災害が起きたとき、『使者』という神様の使いがいたんだ」 

「ししゃ?」 

「そう。その使者が、シスターを救ったんだよ」 

「本当?」 

「本当だよ。このことは、ユリアナ聖団のマザーたちも知っていると思うけどね」 


 目をキラキラさせながらリタの話を聞いていたミクは、彼女に問いかける。 


「ねえねえ、その使者っていう人は、どうなったの?」


 少女の知らないことを、リタは話す。 


「使者はね、シスターや他に生きのこった人たちといっしょに、毎日を過ごしたんだ」 

「それから?」 

「使者は、神様から人の病気を治す力をもらっていてね」 


 ミクの瞳が、一段と輝く。リタの話に、ますますのめりこんでゆく。 


「使者に助けてもらったシスターは、使者から神様の力をいただく方法を学んだんだ。そしてシスターは、人々の病気を治していった」 


 ずっと黙っていた青年が、つぶやいた。 


「そうだったんだ」 


 リタが青年の方に顔を向ける。 


「そして、シスターを慕う人々が彼女のもとに集まり、ユリアナ聖団が誕生することになる。使者はどうなったかというと……」 


 リタは、意味ありげな視線を青年に送った。 


「災害当時に、いっしょにいた預言者と結婚し、子供が産まれた」 

「預言者?」 

「そう、預言者である彼女は、私の一族だった」 


 青年と少女の目が点になる。 


「彼らの子供の子孫は、現在も生きている。その名を」 


 次のひと言が、青年に驚愕をもたらす。


「『カヤシマ』といった」 


 青年は、彼女の口から出た言葉に対して反射的に右手を布からはなし、一歩あとずさるのだった。 


 呆然となっている彼に、リタは尋ねた。


「あなたの名前を教えてくれないか」 


 青年は、信じられないという顔で答えた。 


「茅島……純司」 


 ミクが純司を見上げる。 


 ──じゃあ、この人は…… 


 少女の思考は、リタが続ける言葉によって断たれた。 


「カヤシマ、あなたは私の一族よりも、使者の方の血が濃いようだ」 


 純司のかわりに、ミクが訊いた。


「どういうこと?」

「シスター、あなたには見えないと思うが、私が占いをするときには、白い布に青い文字があらわれるんだ」 

「全然、見えないよ」 

「ふつうの人ならね。でも、この人には見えた」 


 少女は、ふたたび純司を見上げる。占い師をじっと見つめている彼は、頭の中が真っ白になって、なにも考えられないようだ。 


 リタの話が核心に近づく。


「私の一族なら、この文字は読めるはずなんだ。しかし、彼は読めない。でも、文字は見える」 

「…………」 

「使者もそうだったんだ。私の一族の遺伝子よりも、使者の遺伝子の方が優ったようだね」 


 それを聞いたミクは、純司に顔を向けていった。 


「じゃあ、人の病気を治せるの?」 


 純司は頭を左右にふった。 


「いや、人の病気を治したことは、一度もないよ」 


 するとリタは、当然のように彼に話すのだった。 


「やり方を教われば、あなたならできるだろう。だが、それよりも大事なことがある」 

「大事なこと?」 

「そう。あなたは、神から使命をあたえられているんだ。自分では気づいていないと思うが、それは……」 


 話が非常に重要なところにさしかかっているとき、邪魔をするかのように女性の声がひびいた。


「シスター・ミク!」


 名前を呼ばれた少女は、焦ったように公園の方をふり向いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ