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使者の黙示録  作者: 左門正利
第七章 希望
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未来へ

 ルゼの目に映る、ものいわぬ残骸が、彼女にいま現在の心境を語らせる。


「私たちは、よく生きのびれたな」

「そうだね。でも」


 団司は決して楽観的ではない。


「生きのこった自分たちの方が、地獄かもしれない」


 しばらくの沈黙のあとで、ルゼがふたたび口をひらいた。


「昨日、あなたに訊きそびれたのだが」

「なんだい?」

「修道院の跡地からここへくるまでに、道端で何人か倒れていただろう」

「うん」

「外傷のないまま息をひきとったようで、まるで突然死の状態だった」

「そうだね」

「彼らに、なにが起きたのだろう?」


 ルゼが眉をひそめる。そのことについて、彼女はよほど疑問に思うらしい。

 団司は、ルゼの疑問に「それはね」といって説明をはじめる。


 今回の災害は特殊である。なぜ特殊かというと、災害が勃発したときに、人類にとって致命的な現象が起きたからだ。

 わかりやすくいうと、人間の脳や心臓に直接的な影響を与える波動が、地球の中心から発生したのだ。

 この災害で死亡した人々の多くは、これが原因で命を落としている。その波動は車の中でも作用をもたらし、車内で命を失った人もいる。


 この突然死のような現象は全世界で起きており、人類絶滅のための、ひとつの仕組みであったといえそうだ。

 ルゼの身体に冷や汗が流れる。「私はよく死なずにすんだものだ」と、改めて思う。


 自分たちがこうして生きているのは、人類再生のために神に選ばれたからであろう。

 しかし団司の話によれば、必ずしも愛の心で満たされた人間ばかりが、生きのこったわけではないらしい。


「例えば、欠点のない人間ばかりが集まると、なかなか成長できないものなんだ」


 団司の話すことは、わかる気がする。その一方で、ルゼの不安はかき立てられるようにふくらんでゆく。


「もし、人類がふたたび悪と欲にまみれて、虐殺の歴史をたどるようなことになれば……」


 団司は、いうまでもないと伝えるように無言でうなずいた。そのときは、人類は本当に滅亡するだろう。

 ルゼは、これから先の人類の未来が心配になってくる。

 そんな彼女に、団司は余裕の笑顔を見せる。


「大丈夫だろう」


 ルゼは団司に「なぜ?」と問いかけると、団司はあっさりと答えた。


「シスターがいるからね」


 昔から人間は神の子といわれてきたが、その神の子は、神と悪魔の両方の資質を兼ねそなえて産まれてくるようだ。

 たとえ悪の道をゆく人間でも、ひとたび神の愛に触れれば、いままで眠っていた神の資質を開花させる場合もある。以降、神の心に沿った人生を歩んで行く人もいる。


 そのためにこそ、救世主となるべくシスター・マヤの存在があるのだろう。


 神と交流する方法を知っている団司が、シスター・マヤにそれを伝授すれば、彼女は救世主としての道を徐々に進み行く。

 神は、真心から神を信じて求める人間には、その愛を、力を、光を惜しむことなく与えるということを、ルゼも団司も信じている。


 これから救世主の道を歩むシスター・マヤは、心からの神への祈りにより、さまざまな困難や苦難をのり越える(すべ)を、神から授かるだろう。

 そして彼女について行く人々は、彼女の言葉に従いながらあらゆる危機をのがれ、神に導かれるように人類の新たな歴史を創ってゆくのだ。


 ──それが、神の描くシナリオか


 不意に、ルゼが団司に尋ねた。


「あなたは、救世主にはならないのか?」


 神と交流することが可能な団司であれば、救世主となる資質も十分に備えているはずだ。

 しかし、団司は首を横にふる。


「神が選んだのはシスターだ。俺じゃないよ」


 ルゼは、あくまで神の意志にしたがおうとする団司に感銘をうける。

 神の力でラドレア病をも治せるなら、そういう自分がカリスマ的存在になろうと考えても、おかしくはない。

 しかし団司が求めるのは、人間の内にわき上がる欲望ではなく、神なのだ。


 ルゼが何気なしに、団司に訊いてみる。


「あなたは、これからどうするんだ?」

「しばらくは、あの子たちのそばにいるよ」


 団司の返事を聞いたルゼは、その顔にイタズラっぽい笑みを浮かべた。


 これまで団司と話していたルゼは、これから先の未来が少しずつ見えてきている。

 団司の未来にしても、完全に見通せるとまではいかないが、ある程度はとらえることができる。団司は、実際には「しばらく」ではなく、ずっと少女たちのそばにいて、己がこの世を去るまで少女たちを見守り続けることを、彼自身が選ぶのだ。

 もっとも、いまの団司には、そういう未来の輪郭さえ見えていないが。


 ──それが、いまの私に感じとれる彼の未来……


 ルゼが団司の行く末に思いを馳せていると、ふと団司が声をあげる。


「あ、起きたようだね」


 団司の視線をルゼが追う。その先に見えるのは、車の中で寝ていたシスター・マヤとメグが、手をつないでこちらへ向かって歩いてくる姿だ。


 メグにむりやり起こされたシスター・マヤは眠たい目をこすり、メグは大きなアクビをしながら二人いっしょに団司たちの方へ近よってくる。


 団司とルゼが笑顔で少女たちを迎える。シスター・マヤが口をひらく。


「おはようございます」


 その声に、団司もルゼも安堵の胸をなでおろす。


 シスター・マヤは修道院の悲劇を目の当たりにしてから、おし黙ったまま、なにも話そうとはしなかった。団司たちは、彼女がいつまでも悲しみを引きずり、もうなにも話してくれなくなるのではないかと心配していたのだ。


 いまのシスター・マヤは、まだ悲しみを抱えてはいても、昨日にくらべるといくぶん落ち着いている様子である。


 ──良かった


 ルゼはホッとして「おはよう」と挨拶をかえせば、団司も「おはようさーん」と明るくふるまう。


 ルゼがシスター・マヤに優しく話しかける。


「シスター、いま使者といっしょに、あなたのことを話していたんだ」


 シスター・マヤはルゼの目をじっと見つめて、彼女の次の言葉を待つ。


「シスターはこれから救世主となり、あなたが中心となって人類を再生させてゆくんだ」

「わ、私が救世主?」


 驚き戸惑っているシスター・マヤを、ルゼは安心させるように諭す。


「大丈夫。シスターには使者がいるし、神様があなたを救世主となるように導いてくれる」


 なんといっても、救世主となる彼女のために、使者としての団司の存在があるのだ。

 夜の時間は完全に終わり、太陽がゆっくりと顔を出す。

 燦々とふりそそぐ光は、まるで明るい希望をのせて、シスター・マヤたちのもとへと送りとどけているようだ。


 シスター・マヤの顔を照らす太陽の光は、彼女の純粋さを輝かせる。

 ルゼは、まさに神の子を思わせるシスター・マヤの横顔を見ながら思う。


 救世主としての道を歩んでゆくシスター・マヤは、世界中に散らばる別の救世主たちと、巡り会うことになるだろう。彼らが一同に会する機会を、いつの日か神から与えられるにちがいない。

 ルゼの心の目には、救世主たちの中心に立つシスター・マヤの姿が見える。


 彼ら救世主たちにより、神との交流を主とした宗教が自然に立ち上がる。「ユリアナ聖団」と呼ばれるその宗教は、シスター・マヤを柱として運営され、世界中の人々に広まってゆく。

 そんな未来を、ルゼは感じる。


 ユリアナ聖団の中心に立つシスター・マヤは「セイント・マヤ」と呼ばれるようになり、彼女は後の世代に「伝説の救世主」としてその名をのこすだろう。人類の歴史が続くかぎり、彼女の名は世界中の人々に語り継がれるのだ。


 ──シスター、人類は本当にあなたを中心として再生するんだ


 ルゼの心に感じる未来は、時間が経つにつれて霧が晴れてゆくように映し出される。

 いま、目の前に広がる廃墟の奥に自分たちを待っているのは、生きる厳しさを思い知らされるような現実かもしれない。


 ──しかし、神は……


 団司とルゼは確信している。神は、厳しい境遇をのり越えようと努力する人間を、絶対に見捨てたりはしない。


 神は、人類がさまざまな苦境をのり越えて、愛の遺伝子に目覚めることを望んでいるはずだ。

 神の心に沿った人生を歩んでゆく人々は、人間としての生を全うしたときに、その魂はきっと神の世界に迎えられて、永遠の幸せが約束されるにちがいない。


 神は、この地球上に生きのこった人々を、いや、地球上に存在するすべてのものを、慈しむ想いで見守り続けてゆくだろう。

 未知なる時代へ足をふみ入れる人類は、同時に新たな歴史を、自ら創りはじめるのだ。


 ルゼが団司に尋ねた。


「使者よ、今日はどうするんだ?」

「そうだね、今日は……」


 この日から、人類の新たな一歩がはじまる。



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