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使者の黙示録  作者: 左門正利
第六章 破滅の刻
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生き残りし者

「う……ん……」


 シスター・マヤが、ひとときの眠りから覚めて目を開ける。


「シスター・マヤ!」


 いきなり、メグの顔が、元気な叫び声とともに飛びこんでくる。


「気がついたようだね、良かった」


 その声は、占い師ルゼの声だ。彼女もシスター・マヤのそばにいる。


 自分の置かれている状況が把握できていないシスター・マヤは、ゆっくりと上半身を起こすと、まわりの情況を見わたした。

 その悲惨なありさまに、声も出せないほど愕然となる。


 一瞬、なにも考えられない状態となった彼女だが、自分になにが起きたのか必死で思い出そうとする。彼女は混乱している頭で、己の記憶をたどりながら思考を巡らせる。

 いま、なぜ自分のそばに占い師のルゼがいるのかわからないが、礼拝堂のなかで気を失う直前に団司を見た気がする。

 彼女はルゼに尋ねた。


「あの、使者様は?」


 ルゼが、にっこりと微笑む。


「ああ、彼なら食料などの備品をさがしに出かけているよ」


 それを聞いたあと、シスター・マヤは大事なことを思い出した。


「マザーは、マザー・ミドリはどこに?」


 ルゼの顔から笑みが消え、彼女は言葉の代わりに悲痛な面持ちをした顔を左右にふる。

 シスター・マヤは、慌てたように礼拝堂の方へ視線を移した。彼女たちがいる場所は礼拝堂からそれほどはなれてはいないのだが、その場所には、もはや礼拝堂といえる建物は存在しない。


 マザー・ミドリは、崩壊した瓦礫の下で、もう二度と目を覚ますことのない眠りに落ちていた。


「そんな……」


 シスター・マヤにとって受けいれがたい現実が、彼女に大きなショックをもたらす。

 そんなシスター・マヤに、ルゼは優しく声をかける。


「シスター、ちょっと話をしよう」


 ルゼはそういって、団司がここへきた経緯を話しはじめる。


「今日は昼を過ぎてから、なにか不吉なことが起こる予感がしたんだ」


 シスター・マヤは、ルゼの特異な能力に驚かされる。うす紫の雨や冥界の門など、現実ばなれした彼女の話に、なかなか理解が追いつかない。

 

「やはり使者様も、この災害が起こることを?」

「彼は、災害のことは最初からわかっていたようだね。ただ、今日がその日だとは思っていなかったらしい」

「その、冥界の門というのは?」

「冥界の門とは……」


 シスター・マヤは、ルゼの語る話に人類の運命に対する悲嘆な想いが、こみ上げてくる。


「シスター、私たちはこの災害で、よく生きのこれたといっていい」


 それは、まぎれもない事実だった。シスター・マヤは、せつない想いを顔に浮かべながら、ルゼに問いかける。


「人類は、神様から罰を受けたのでしょうか」

「…………」


 おそらく人類を創られた神が、この事態を誰よりも嘆いているにちがいない。

 ルゼは神に心を寄せたとき、神がそういう想いを抱いているような気がして、ならなかった。


 シスター・マヤがルゼの話にひきこまれ、一心に耳をかたむけていると、車が走る音が聞こえてくる。一台のバンが、彼女たちからはなれた場所に、ぎごちない動きで停車する。


 車の中から出てきたのは、団司だった。彼はシスター・マヤを見るなり、その顔をほころばせる。


「あ、シスター、気がついたんだね。良かった!」


 団司はそういいながら、なにかが入ったビニール袋を左手に下げながら、シスター・マヤたちの方へ近づいて行く。

 彼女たちのそばまできた団司は、しゃがみこんで右手をビニール袋に突っこむと、一本のペットボトルの水をとり出し、シスター・マヤに差し出した。


「はい」

「ありがとうございます」


 団司は、もう一本のペットボトルをキャップを開けてからメグに手渡し、さらにもう一本をルゼに与える。

 そして、空になったビニール袋をまるめて、ジャンパーのポケットに突っこんだ。

 それを見たルゼが、団司に尋ねる。


「使者よ、あなたの分は?」

「ああ、車の中にある。自分は、あとで飲むよ」


 本当は、団司が自分で飲むはずだったペットボトルの水は、シスター・マヤが目を覚ましたので彼女にわたしたのだろう。

 それを正直に話すと、シスター・マヤが気にかけると思い、彼は適当に答えたのではないか。


 ──この男は、そういう男なのだ


 ルゼは団司の言葉に、さりげない優しさを感じた。そんな彼女は、余計なことはなにもいわない。


 メグはよっぽどのどが渇いていたらしく、なかなか凄まじい飲みっぷりである。

 しばらくして、水を口にしていたシスター・マヤが団司に問いかける。


「修道院のみんなは無事でしょうか?」


 一瞬、ギクッとした表情を見せた団司は、彼女に訊かれたことには答えずに、修道院のある方とは逆の方向を指さした。


「ここは危険だ。余震が起こるかもしれないので、あっちに移動しよう」


 団司はそういったが、ルゼにはわかる。


 ──余震は起こらない


 破滅の刻は過ぎさり、冥界の門が完全に閉じたいま、この世の地獄を思わせる災害がふたたびぶり返す不安は、すっかり影をひそめている。

 地質学的には、まだしばらく余震が起こると考えるのがふつうだろうが、今回の災害は一般的な常識の外にある特殊な災害だった。もはや、わずかな異変も起こる恐れは感じない。


 しかし、ルゼはなにもいわずに沈黙を貫く。使者である団司も知っているはずなのだ。


「あの、私は修道院が……」

「あっちの方が安全だよ、シスター」


 シスター・マヤは修道院の様子が知りたいのだが、団司は必死で話をそらそうとする。

 シスター・マヤは立ち上がるとメグの手をとり、幼いその顔を見ながらいった。


「修道院へ帰りましょう、シスター・メグ」


 そして二人は、修道院へ向かって歩いて行こうとする。


「シスター、そっちは危ないんだ」


 焦って話す団司の声を、シスター・マヤは無視する。


「シスター、これから安全なところへ……」


 彼女は、団司の言葉に聞く耳をもたない。


「わかった、シスター!」


 その声に、ようやくシスター・マヤの足が止まる。彼女がこれほど頑固な性格だとは思わなかった団司は、観念するように口をひらいた。


「いっしょに行こう、修道院へ」


 ルゼの顔に困惑の色が浮かぶ。


「いいのか、使者よ」


 ルゼは、団司がもどってくる間にシスター・マヤと話していたが、修道院のことについては、なにも触れてはいなかった。


「仕方ない。いづれわかることだ」


 団司の顔には、やるせない想いが滲み出ている。



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