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使者の黙示録  作者: 左門正利
第六章 破滅の刻
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神に抱かれて

「使者様……」


 団司を見て、ポツリとつぶやくシスター・マヤ。


 彼女がこの場を避難しようともせずになにをしていたのか、団司には胸が痛むほどよくわかる。

 しかし、団司はシスター・マヤに伝えなければならなかった。

 彼女にとって、残酷な事実を。


「シスター。君のその祈りは、神様にはとどかない」


 シスター・マヤは、団司の言葉に愕然となる。自分のちっぽけな命では、神様は願いを叶えてはくれないのか。

 これほど真剣な祈りであっても、神様は災害に巻きこまれている人々に、救いの手を差しのべようとはしてくれないというのか。

 彼女の目が絶望の涙で潤む。


 団司は、いつになく深刻な表情で彼女に語る。


「自分の命を捨ててでも、世界のすべての人々を救いたいと祈っているんだよね、シスター。でも、……っ!」


 話の途中で、いきなりゴゴゴッという地鳴りとともに、グラッと地面が揺れる。その揺れは、まるで団司に「はやくしろ!」と、急かしているようだ。

 団司は、途切れた話の続きを落ち着いて進める。


「救われるのは、シスターが助けたいと願う多くの人たちじゃないんだ」


 団司は、じっと自分を見つめるシスター・マヤに、神から与えられた真実を告げる。


「救われるのは、君なんだ。シスター」


 団司の話に唖然となるシスター・マヤは完全に言葉を失い、彼女と団司との間に静寂が漂う。

 しかし、その時間は長くは続かなかった。


 巨大な揺れが、抑えつけられていた束縛から解放されたように、ズズンッと静かな時間と空間を引き裂く。

 座っていながらバランスを崩しそうになったシスター・マヤは、後ろに倒れそうになる。


 そのとき、彼女は自分の正面斜め上に、小さなきらめきを放つ光を感じた。

 光といっても、目に見える光ではない。だが、彼女は感じる。自分を見守っているような光が、確かにそこにあると。


 ──この光、どこかで……


 シスター・マヤがそう思った直後、その光はライフルから発射された弾丸のごとく、彼女の胸を貫いた。


「うっ」


 胸から全身にほとばしるショックが、シスター・マヤの意識を奪ってゆく。だが、彼女の胸に広がるのは痛みではない。

 まるで、母親に抱かれて眠る赤ん坊の寝顔を思わせるような安心感が、シスター・マヤの心にどこまでも広がってゆく。


 薄れてゆく彼女の意識は、人間の世界とは次元の異なる世界へ足をふみ入れる。


 ──ここは?


 心地よい温かな空間が、シスター・マヤを迎え入れる。

 平和な時間が永遠に流れているような真っ白な世界は、そこにいるだけで至福の想いに満たされる。なぜか、とても懐かしい感じがするとともに、自然に涙があふれてくる。

 彼女の命が覚えている。自分はここで愛の遺伝子を授けられ、そして人間の世界に産まれたのだと。


 不意に、シスター・マヤの前方に、先ほどの小さなきらめきを放つ光があらわれる。その光は徐々に輝きを増しながら、シスター・マヤをゆっくりと包んでゆく。

 光の中から、慈しみにあふれた声が聞こえてくる。


『わが子よ……』


 ひとつの想いが、シスター・マヤの心の奥からわき上がる。


 ──やっと会えた


 その相手は、自分に愛を授けてくれた、生きとし生けるものすべての創造主。

 シスター・マヤの命が、歓喜の想いに打ちふるえている。あふれる涙が止まらない。


 人間の愛をはるかに超えた、どこまでも広く深く大きな愛が、シスター・マヤを優しく包んで抱きしめる。


 いつまでも、こうしていたい。彼女の心が、そういう想いでいっぱいになったときだった。


「シスター!」


 遠くからの叫び声に、彼女の意識は人間の世界に呼びもどされる。気がつけば、倒壊寸前の礼拝堂のなかに自分がいる。


 ──ここは……


 シスター・マヤの意識はもうろうとしている。団司が必死になって彼女の方へ向かってくる。


 シスター・マヤは、虚ろな目で団司の姿を確認すると、その後は夢の続きに誘われるかのように、しばしの眠りに入って行くのだった。



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