神に抱かれて
「使者様……」
団司を見て、ポツリとつぶやくシスター・マヤ。
彼女がこの場を避難しようともせずになにをしていたのか、団司には胸が痛むほどよくわかる。
しかし、団司はシスター・マヤに伝えなければならなかった。
彼女にとって、残酷な事実を。
「シスター。君のその祈りは、神様にはとどかない」
シスター・マヤは、団司の言葉に愕然となる。自分のちっぽけな命では、神様は願いを叶えてはくれないのか。
これほど真剣な祈りであっても、神様は災害に巻きこまれている人々に、救いの手を差しのべようとはしてくれないというのか。
彼女の目が絶望の涙で潤む。
団司は、いつになく深刻な表情で彼女に語る。
「自分の命を捨ててでも、世界のすべての人々を救いたいと祈っているんだよね、シスター。でも、……っ!」
話の途中で、いきなりゴゴゴッという地鳴りとともに、グラッと地面が揺れる。その揺れは、まるで団司に「はやくしろ!」と、急かしているようだ。
団司は、途切れた話の続きを落ち着いて進める。
「救われるのは、シスターが助けたいと願う多くの人たちじゃないんだ」
団司は、じっと自分を見つめるシスター・マヤに、神から与えられた真実を告げる。
「救われるのは、君なんだ。シスター」
団司の話に唖然となるシスター・マヤは完全に言葉を失い、彼女と団司との間に静寂が漂う。
しかし、その時間は長くは続かなかった。
巨大な揺れが、抑えつけられていた束縛から解放されたように、ズズンッと静かな時間と空間を引き裂く。
座っていながらバランスを崩しそうになったシスター・マヤは、後ろに倒れそうになる。
そのとき、彼女は自分の正面斜め上に、小さなきらめきを放つ光を感じた。
光といっても、目に見える光ではない。だが、彼女は感じる。自分を見守っているような光が、確かにそこにあると。
──この光、どこかで……
シスター・マヤがそう思った直後、その光はライフルから発射された弾丸のごとく、彼女の胸を貫いた。
「うっ」
胸から全身にほとばしるショックが、シスター・マヤの意識を奪ってゆく。だが、彼女の胸に広がるのは痛みではない。
まるで、母親に抱かれて眠る赤ん坊の寝顔を思わせるような安心感が、シスター・マヤの心にどこまでも広がってゆく。
薄れてゆく彼女の意識は、人間の世界とは次元の異なる世界へ足をふみ入れる。
──ここは?
心地よい温かな空間が、シスター・マヤを迎え入れる。
平和な時間が永遠に流れているような真っ白な世界は、そこにいるだけで至福の想いに満たされる。なぜか、とても懐かしい感じがするとともに、自然に涙があふれてくる。
彼女の命が覚えている。自分はここで愛の遺伝子を授けられ、そして人間の世界に産まれたのだと。
不意に、シスター・マヤの前方に、先ほどの小さなきらめきを放つ光があらわれる。その光は徐々に輝きを増しながら、シスター・マヤをゆっくりと包んでゆく。
光の中から、慈しみにあふれた声が聞こえてくる。
『わが子よ……』
ひとつの想いが、シスター・マヤの心の奥からわき上がる。
──やっと会えた
その相手は、自分に愛を授けてくれた、生きとし生けるものすべての創造主。
シスター・マヤの命が、歓喜の想いに打ちふるえている。あふれる涙が止まらない。
人間の愛をはるかに超えた、どこまでも広く深く大きな愛が、シスター・マヤを優しく包んで抱きしめる。
いつまでも、こうしていたい。彼女の心が、そういう想いでいっぱいになったときだった。
「シスター!」
遠くからの叫び声に、彼女の意識は人間の世界に呼びもどされる。気がつけば、倒壊寸前の礼拝堂のなかに自分がいる。
──ここは……
シスター・マヤの意識はもうろうとしている。団司が必死になって彼女の方へ向かってくる。
シスター・マヤは、虚ろな目で団司の姿を確認すると、その後は夢の続きに誘われるかのように、しばしの眠りに入って行くのだった。




