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使者の黙示録  作者: 左門正利
第六章 破滅の刻
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破壊の王

 ズドンッ!


 突然、礼拝堂の床が大きく沈む。不意をつく異変は、それで終わらない。

 激しい縦揺れが彼女たちを襲う。シスター・マヤは床にしゃがむと、メグをギュッと抱きしめる。

 後ろにいるマザー・ミドリの方へ目を向けると、彼女は最初の巨大な揺れで転び、頭を打って気絶している。


 ──マ、マザ……


 自分の意識までどこかに飛ばされてしまいそうな強烈な振動に、シスター・マヤは声を出すことすらかなわない。

 単なる地震とは思えないこの激しい揺れは、シスター・マヤの身体の芯まで恐怖を伝えてくる。


 女神の像に亀裂が入る。その「ピキッ」という音を、憤怒の叫びとも思えるような地響きが、かき消した。

 ハッと気づいたシスター・マヤが女神像に目を向けたとき、女神像は爆発したように、大小様々な塊となって飛び散った。それはまるで、怒れる正義が偽りの女神を粉砕すべく、巨大なハンマーで叩き潰したかのごとく、女神像は跡形もなく砕け散った。


 直撃すれば重症になりかねないほどの大きな塊もあったのだが、それが少女たちを避けるように飛び散ったのは、不幸中の幸いであった。

 だが、地獄の恐怖は、まだはじまったばかりである。


 ビシッと、壁にクラックが走る。次から次へと連鎖反応を呼び起こすようなヒビ割れは、瞬く間に四方の壁を、縦にのびる傷で埋めつくす。


 地中にひそむ悪魔の胎動を思わせるような巨大な揺れと地響きは、止まる気配がない。

 神に祈りをささげるための神聖な場所は、まったく身動きができないまま、ひたすら恐怖にうち震えるだけの空間に豹変する。


 ちょっとやそっとの揺れでは簡単に倒壊することのない礼拝堂ではあるのだが、耐震設計をはるかに上回る激しい振動に、もはや礼拝堂が崩れ落ちるのは時間の問題となってくる。


 礼拝堂の扉が、シスター・マヤの耳にはとどかないところでメキメキッと悲鳴をあげる。ひときわ強い揺れが襲ってきたとき、礼拝堂の扉は、鍵がかかったままの状態でダダンッと倒れこんだ。


 このままでは、崩れ落ちる礼拝堂の下敷きになるのを待つばかりだ。

 シスター・マヤはメグを強く抱きしめ、心の中で必死に叫んだ。


 ──神様!


 すると、ゴゴゴ……ゴゴッ……ゴ……と、激しい揺れと地響きが徐々に鳴りをひそめてゆく。

 シスター・マヤの祈りが神に通じたのか、はたまた単なる偶然か。いずれにせよ、シスター・マヤはこの時ほど神に感謝したことはなかった。


 逃げるなら、いまだ。シスター・マヤは、メグを連れて一刻もはやくこの場をはなれようと、外が見える状態となっている出口に目を向ける。

 立ち上がろうとしたとき、地獄の底からひびいてくるような不気味な声を、シスター・マヤは胸の内に感じた。その声が、逃げようとする彼女の動きを止める。


『自ら絶滅することを選んだ、愚かな人類よ』


 得体の知れない悪寒が、シスター・マヤの全身を突き抜ける。それは、彼女の身体に鳥肌を立たせた。


『われが力を貸してやろう。望みどおりに……』


 静かなる恐怖のひびきは、シスター・マヤを心の底から震えあがらせた。


『滅び去るがいい』


 直後、悲惨きわまりない光景が、シスター・マヤの心に映し出される。

 いま、彼女を危機に陥れている桁外れの災害は、礼拝堂のあるこの地域だけで起きているのではなかった。日本全国どころか世界中の国々が、過去に例をみない大惨事にさらされている。


 かつてないほどの甚大な被害をもたらす激しい地震はもとより、尋常ではない集中豪雨が洪水を呼び起こし、すべてを水のなかに沈めてゆく。

 死火山であるはずの山が噴火し、火砕流や土石流が、山のふもとの人々を巻き込んでゆく。

 巨大な竜巻が人も車も宙へ吹き飛ばし、勃発した火災はあっという間に広範囲にわたって火の手をのばし、すべてを焼きつくす。

 怒り狂ったように轟く落雷、予期せぬ突発的な雪崩。


 ありとあらゆる災害が全世界に襲いかかり、人類の終末を演出する。それがシスター・マヤの胸の中で、映像として次々と流れて行くのだ。


 彼女は感じる。己の胸の内で起きていることは、夢でもなければ幻覚でもない。現実に起きていることだと。

 そして、この災害には意思がある。人類が造りあげてきたすべてを破壊し、人類を絶滅させるという、ゾッとするような意思が。

 シスター・マヤは、胸の中で繰り広げられる人類の終末に、心の目が釘付けになる。


 自然という天の営みが、人類にどれほどの恩恵をもたらしてきたか。だが、いまや人類はそういう自然の恵みに感謝することはなく、とどまるところを知らぬというほどに自然を破壊しつくし、空も海も大地も汚し続けてきた。

 ものいわぬ自然は大いなる破壊の意思に従い、いまこそ思い知れとばかりに様々な災害を起こし、魔王の手足となった兵隊のごとく人類を打ちのめしている。


 不意に、シスター・マヤの心に、泣きながら母親をさがす子供の姿が映る。その子に向かって、十メートルをはるかに超える巨大な津波が、幼い命を飲みこもうと目前まで迫ってくる。


 ──ダ、ダメッ!


 彼女は、もはや形を成していない女神像へふり向き、素早く正座する。即座に両手を組んで、必死の想いで神に祈った。


 ──神様、お願いです、世界中で起きている災害を鎮めてくださいっ。そのために神様、私の命をお使いくださいっ!


 シスター・マヤは、いま世界中を襲っている災害が鎮まり、多くの人々が救われるのであれば、自分は命を失ってもかまわないと本気で思った。


 そのときだった。


「シスター!」


 シスター・マヤの背後で、叫ぶような声がとどろいた。

 彼女がふり返ると、そこには団司が立っていた。



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