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使者の黙示録  作者: 左門正利
第四章 身辺調査
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予想外の事態

 翌朝──


「あの男か」


 団司が部屋から出てくるのを待っていた梨田は、団司の姿を確認すると、そのあとを静かに追う。

 腕時計に目を移すと、パチンコのホールが開店する時刻が迫っている。


 グレーのスーツに身をつつむ梨田の姿は、なんの変哲もないサラリーマンにしか見えない。

 こざっぱりとセットされた髪型に、ありふれたネクタイ、適度に手入れされた靴で身をかためるその姿は、上から下まで全体的に印象がうすくて目立たない。


 手ぶらでメガネもかけていない梨田が人混みにまぎれると、霧のなかですべてを見失うがごとく、その存在がかき消されるように隠れてしまう。


 団司の行き先はパチンコ店であることはわかっているが、行きつけの三つのホールのうち、どこを目当てにしているのかは予想できない。

 梨田は団司を見張るために雇った人間を、三つのホールすべてに、二人ずつ向かわせている。


 ──それにしても


 梨田は団司の歩く後ろ姿を、じっくり確認しながら思う。


 ──本当に、ただの庶民としか見えない男だ


 闇の世界に手を染める者なら、どこか歪んでいて、うす汚れた感じが漂ってくるものだ。だが、この男からは、そういうものが全然伝わってこない。

 一般人にはわからずとも、裏社会に生きる人間であれば、それとなく感じるものだ。


 これまで調査した結果だけを見れば、団司はパチンコでどうにか日々を食いつないでいる社会の落ちこぼれとしか思えない。

 しかし昨日、梨田の部下の尾行をかわした団司は、ただの一般人とはいいがたい。


 そもそも団司の調査をするにあたり、団司は一般人とはかけはなれた要注意人物だと、最初の段階で認識させられた梨田である。


 団司という男を調べるにつき、梨田はまず部下に団司の住所を調べさせ、その住居から出てくる男の姿を何枚か写真にとるように指示した。

 梨田は団司の写真を携え、団司と面識があるというボディーガードのところへ行き、彼らに確認をとる。

 ボディーガードたちが団司の写真を見た瞬間、彼らの顔が引きつるようにこわばる。その様子に、梨田はいささか驚いた。

 続いて、彼らの口から出てくる思いもよらない言葉に、梨田は絶句する。


「この男には、二度と会いたくない」


 裏社会で命がけの仕事をこなしてきた彼らに、そこまでいわせるこの男は、いったいどういう人間なのか?

 梨田は団司の写真を見ながら、とんでもない化物を相手に、仕事を進行させなければならないと覚悟をきめる。


 ──今回は、かなりヤバそうだ


 そう思いながら、ここまで調査を続けてきた梨田であった。

 しかし、調べれば調べるほど裏社会からどんどんはなれて行く団司の素性に、梨田は困惑の渦に巻きこまれ、そのただ中にいる。


 ボディーガードたちの話や、自分の部下が尾行をまかれた事実と、これまで調査したデータが上手く噛み合わない。


 ──この違和感はなんだ?


 いま、団司の後をつけている梨田は、なにかがズレているような気がしてならない。


 やがて、パチンコのホールが開店する時刻が訪れる。団司は「ショック・イン」という店のなかに入って行った。

 それを確認した梨田は、ホールに待機している二人の見張り人のうち、一人に連絡を入れる。数回の呼び出し音のあと、相手が応答に出る。


「もしもし」

「俺だ。例の男がその店に入った。なにか動きがあれば連絡をたのむ」

「了解」

「そこにいる、もう一人の仲間にも伝えてくれ」

「わかりました」


 連絡を終えた梨田は、パチンコのホールから道路をはさんだ正面にあるコンビニに向かう。

 店の外に置かれている灰皿のところで、タバコを取り出す。そこで一服しながら、これからの団司の行動を予測する。


 この日は、修道院のシスターがお使いで郵便局に向かうことを、マザー・アミコから前もって知らされている。

 団司は少女たちと二度にわたって接触している。アーケードから公園に続く広場が、ポイントのようだ。


 ──あの男が少女たちにどうやって近づいて行くか、だな


 今回の尾行では、その現場を抑えることがもっとも重要なのだが、簡単に事が進むとは思えない。


 ──きのうの今日だからな


 梨田はタバコを吸いながら、自分の部下が団司に尾行をまかれたことを思い出す。

 べったり貼りつくように後をつけるのは、避けた方が良いかもしれない。団司にあまり動きがないのであれば、公園の近くで待機して、団司が姿を見せるのを待つという手段もある。


 しかし、団司が必ず少女たちに接触をはかると決まっているわけではない。

 団司はそっちの方へは行かずに、まったくちがう場所で団司のバックにいる組織の人間に会いに行くのかもしれない。


 ──やはり最初の予定どおり、あまりヤツから距離をおかないようにするべきか


 梨田は吸いおわったタバコを灰皿にすてて、スマートフォンを取り出す。とりあえず、他の二つのホールに待機している者に、団司は別の店にいることを告げる。

 そして自分は、団司がしばらくはホールから動かないだろうと見越して、近くの喫茶店に足を運ぶのだった。



 数時間が経過する。団司は、まだパチンコのホールにいる。

 彼の座っている椅子の後ろにドル箱一杯分の出玉が置かれ、そういう状態で団司の時間はずっと流れたまま、いまは昼を過ぎている。


 その間、梨田はホールの最寄りの喫茶店や本屋、ドラッグストアなどをぐるぐると廻りながら、団司が動くのを待っている。


 ──昼メシも食べずに打ち続けるのか?


 毎日、朝からパチンコに出向く人間にすれば、珍しいことではない。

 ときおり、梨田からホールにいる見張り人に連絡を入れるが、別段かわった様子はないようだ。


 喫茶店で一服している梨田は、腕時計に目を移す。修道院の少女たちが「お使い」に出発する時刻が近づいている。


 ──あの男も、そろそろ動きを見せてもよさそうなものだが……


 そう思った梨田は、ホールにいる見張り人に連絡を入れようと、スマートフォンを手にする。

 異変に気づいたのは、そのときだった。


「?」


 梨田のスマートフォンは、いつの間にか電源が落ちた状態になっている。いくら起動させようとしても電源が入らない。

 こういうときのために、梨田はもう一台の携帯電話を備えている。


 ところが──


「バカな!」


 その携帯電話も電源が落ちたまま、再起動することがかなわない。

 二台の携帯電話は最新型であり、バッテリーは昨夜充電している。故障でもしない限り、電源が落ちる心配はないはずだ。


 ともあれ、梨田は喫茶店を出て、急いでアーケードに向かう。もし自分が団司であれば、昨日に続き、今日も尾行されているのではないかと警戒するだろう。だとすると、自分のバックにいる組織との接触は避けるところだ。

 そうであれば、アーケード近隣の公園で待機していれば、少女たちに接触をはかろうとする団司をとらえることができるかもしれない。


 ──おそらく、それが正解だろう


 自分の考えに自信をもち、まだ間に合うと思いながらも内心焦っている梨田は、息を切らしながらアーケードに到着する。

 アーケードの通りを、修道院の少女たちが歩いてくる方向とは逆方向から足を進ませてきた梨田は、団司の姿を確認することはなかった。


 広場までやってくると、そこから右手にある公園に向かい、灰皿のある場所を見つけ出す。いま、無性にタバコが吸いたい梨田は、一本のタバコを手にすると携帯電話が故障したことに思考を巡らせる。


 ──あれは偶然か?


 所持する携帯電話が二台とも原因不明の故障に陥る事態に、これが偶然だとすれば、彼なりに思うことがある。


 ──そういう状況を呼び込んでくる人間を相手に、絶対に勝ち目はない


 哲学的に考える梨田である。いまなら、ボディーガードたちが話していたことが、なんとなくわかるのだった。


 ──得体の知れない男だ……茅島団司


 梨田は顔を左へ向けてアーケードの方へ目を移すと、団司がきていないか確かめる。

 くるのかどうかわからない団司だが、どちらにしろまだ時間が早いようだ。


 梨田はタバコを口にくわえると、左手に持っているライターで火をつけようとする。

 そこで、ふたたび異変にみまわれる。


「!」


 いままでふつうに着火していたのに、いくら火を起こそうとしても着火しない。

 携帯電話に続き、ライターまでが同じように故障する運命にあったかのようだ。


「いったいどうなってるんだ、今日は?」


 明らかに異常なことが、わが身におきていると感じる梨田。このままではヤバいという予感が、梨田の全身を駆け巡る。

 不安と恐怖が、胸の奥からジワジワと迫ってくる。しかし、なにをどうすれば良いのか全然わからない。


 そこへ、不意に梨田の目の前に、ライターをにぎる手がスッとあらわれる。

 知らない間に近くにきていた人物は「どうぞ」というように、手にするライターをシュボッと着火させた。


 ──誰だ?


 顔を見ようと、親切な人物の方へふり向いた梨田は、心臓が止まるかと思うほど驚いた。


 茅島団司が、そこにいる。



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